第七話 恋敵

「ようやく本番と言ったところですね。毎度思うんですけど、何故団長は始めから本気で戦わないんでしょう?」


 シルとジャックの決闘を、練兵場の周囲を囲む観覧席から眺めていたリナはふと思いついた疑問を零した。

 戦場などのいつ戦闘になるかわからない場面なら、戦力を温存しておくのも理解できるが、今回の様な一対一の決闘でそれをする意味はあまりないのではないか。


「かぁ~リナは男心ってもんがわかってねぇなあ。せっかくの決闘を一瞬で終わらせるなんてもったいないだろ?」


 リナの疑問に初めに答えたのは、ちょうど隣に居たルートだった。


「貴方みたいな戦闘狂と一緒にしないで」


「ヒドイ」


 誰にでも礼儀正しく、常に敬語を使うリナであるが、何故かルートの扱いだけは雑である。


「まあ、シルのことだからね。頭の中で色々シナリオを考えてるんだろうさ」


 即否定されたルートを不憫に思ったのか、ルートの隣で決闘を見守っていたレイも自分の考えを述べた。


「「シナリオ?」」


 今しがたの不仲な様子はどこへやら。今度は仲良く声を揃えて、二人は同時に質問を返した。


「そう。どうやって勝てば、騎士団に私達のことを認めさせられるかというシナリオさ」


「なるほど。それでシルは自分が戦うって言い出したわけね」


 レイの発言に答えたのは、先の餓食戦において【餓食】の動きを止めるという大きな貢献をした少女、ノルノであった。

 ノルノも言葉にはしなかったが、普段はこの手の決闘はルートに任せるシルが、珍しく自分から決闘に立候補したのが疑問だった。


「あたしは戦い方に華がないし、レイは開けた場所での一対一での決闘は相性が良くない。リナはそんなことを考えて戦えるほど器用じゃないし、ルートはバカってことね」


「そういうこと。団長であるシルが上手く勝利すれば、その評価は必然団員である私達にも及ぶ。そうやって後の交流に角が立たないようにと言ったところだろうね」


「――俺だけシンプルに悪口だったよね?」


 レイの推測はほぼ正解だったと言っていい。

 現在の【竜と猫】にほとんどの騎士が抱いてるイメージは概ね、偶然の破竜討伐を機に王国にすり寄ってきている身の程知らず、といった具合だろう。


 救援を受けて参戦し、破竜討伐に貢献したのは事実。しかし、助けられた当事者達以外からすれば、騎士団のおこぼれに与ったと見られてもおかしくはない。

 この決闘で勝利すれば、アルカス騎士団とは肩を並べて戦うことになる。よってこれ以降の交流で角が立つのは出来る限り避けたい。

 そのために最終的な印象がなるべく良くなる流れを考えて、シルはこの決闘を進めているのだった。


「確かにそれなら団長が適任だな」


「そうですね。私達では、観戦者のイメージ改善まで考えて決闘を進めるなんて真似は出来ませんしね」


 各々がシルの狙いに納得し、会話が止まったその時、全員の背後から新たな声が掛けられた。


「皆さん、シル君を信頼していらっしゃるんですね」


 見知らぬ声に四人全員が一斉に振り向き、そして先刻の賑やかな会話が嘘だったかのように四人とも声を発さなかった。

 その話しかけてきた銀髪の女性が、童話から抜け出して来たかの如くあまりにも美しかったが故に。

 期せずして訪れた静寂を破ったのは、原因となったシューネ自身だった。


「はじめまして……ではないですが、こうして名乗るのは初めてですね。シグルズ騎士団ミラー隊副隊長、シューネ・アンゴラです」


「――これは失礼。つい見惚れてしまいました。【竜と猫】副団長を務めています。レイ・ヴァレンと申します。今朝はしっかり挨拶も出来ず申し訳ありませんでした」


 数秒遅れて一番始めに動いたのはレイだった。


「いえいえ! 今朝の事はどちらかと言うとシル君の暴走ですし……」


 今朝の団長及び団員の不祥事を謝罪するレイに、シューネはあくまで謙虚に返事を返した。

 しかし、その態度を面白く思わない人物が約一名。


「はじめましてシューネさん。団長とは約八年の付き合いのリア・フィーシヲです。ところでシューネさんは団長とはどれぐらい一緒に過ごしていたのですか?」


 いつも通り礼儀正しいリナの自己紹介。しかしそれも後半に目を瞑ればの話である。

 ついにリナの目の前に現れた恋敵。


(この女が団長に相応しいかどうか、私が見極める……!)


 恋敵の実力を測る絶好の好機。この機会をむざむざ逃す手は、リナにはなかった。


「はい、はじめまして。えっと、私達が一緒に居たのは一年半ぐらいだけど……シル君から聞いてない?」


 もちろんリナはシルがシューネを探している理由や、数年前に二人が共に過ごした日々をシル本人からそれは嫌というほど聞いている。

 普段は余所行きの笑顔が多いシルは、シューネの話をする時は必ず心からの笑顔を見せてくれる。その笑顔が見れることが嬉しい反面、自分ではそのシルの本当の笑顔を引き出せない不甲斐ない想いも抱きながら、リナは毎回愛しい人が口にする恋敵の話を聞いていた。


「ええ、もちろん団長から聞いていますよ? お二人の馴れ初めは。団長があなたに一目惚れしたこととか」


 そう、何度も聞かされた。最初はシルの好意を意に介さなかったシューネが、とある出来事をきっかけに少しづつシルの想いに答えてくれるようになったことを。

 その話をする時のシルは、まるで夢を見ているような目をしていた。実際にシルにとってはシューネと過ごした日々は、まさに夢心地だったのだろう。


 正直シルの一番が自分じゃないのは腹立たしいが、リナにとって最重要なのはシルが幸せでいてくれることだ。だから、シルが幸せを感じてくれているのなら、その隣に居るのが必ずしも自分である必要はない。

 そんな考えのリナであるからこそ、シルから何度も聞いた昔話の結末を受け入れる事は出来なかった。


「え? 知ってるなら何で……」


 シューネの疑問には答えず、リナは続ける。


「そして、散々団長の気持ちを弄んだ末に、貴族である叔母から迎えが来るや否や、団長の静止を振り切ってほいほいそれに付いていったことも。団長から何度も聞いていますよ?」


「っ……それは! それは……」


 緩やかな声のトーンとは裏腹に、親の仇を睨む様な目を向けて、リナはシューネの次の言葉を無言で待った。


「まったく、とんだ悪女ですね。それで? 何も釈明の言葉は無しですか?」


「――ごめんなさい」


 数秒待ってようやく発された言葉がただの謝罪だったことに苛立ちを募らせ、リナは更に追及を強める。


「そんな陳腐な謝罪しか出てこないのですか? では今は団長の事をどう思っているのですか? 仮にもう団長の事を何とも思っていないのなら、そもそもこの決闘の意味がなくなってしまいますからね。」


「はあ……リナ、そこまでにしなよ」


 そろそろリナが冷静さを失ってきたことを察し、ノルノはため息交じりに、暴走するリナを止めに入った。


「リナの気持ちはわかるけど、それ以上はシルとシューネさんの問題。あたし達が踏み入っていい領域じゃないでしょ?」


「ノル姉……でも!」


「でももへったくれもない。そもそもシルがシューネさんの事悪く話したことなんて一度もないでしょ?」


「それは……そうだけど……」


 普段のリナは常に冷静かつ理論的に行動し、私情から他者に食って掛かることなどほとんどない。唯一リナが感情的なるのは、シル関係の案件の時だけだ。

 だから、自分が個人的な感傷からシューネに八つ当たりしていることが理解できているからこそ、リナはノルノに言い返すことが出来なかった。


「あの……リナちゃん。一つだけ聞いてもいい?」


「はい? 何ですか?」


「シル君は私のこと、どんな風に言ってたの?」


「――それは、」


 ここでシルがシューネのことを恨んでいる、などと嘘をつくほどリナは子供ではないけれど、真実を恋敵に直接語れるほど大人でもなかった。


「そりゃあもう蜂蜜より甘いドロドロの惚気話をしこたまですよー」


 黙りこくってしまったリナの代わりにうんざりした表情を浮かべて答えたのは、その心中を察したノルノだった。


「本当に聞く方の身にもなってほしいものだね。とんだ初恋拗らせモンスターだ」


「惚気てる時の団長って絶対普段より頭悪くなってるよな」


 ノルノに乗っかって、レイとルートも普段の鬱憤をここぞとばかりに吐き出した。

 シルと普通に話す分には何も問題はないのだ。むしろ話していて全く不快感を感じさせないその話術には、目を見張るものがある。

 しかし、シューネの話となるとその話術はどこへやら。ただ惚気話を語るだけのもはや何かの怪物へと変貌してしまうのが常であった。


「もう……シル君の馬鹿……‼」


 かつての恋人が赤裸々に惚気話をしていることを知らされ、シューネは真っ赤になった顔を覆わざるを得なかった。


(まさか現在進行形で黒歴史を生成されていたなんて……)


 衝撃の事実を聞かされ、顔を覆った指の隙間から当の本人のシルの方へ恨めし気に視線を向ける。


「え……? シル君!」


 シューネの叫びに反応し、その場の全員が向けた視線の先、そこには膝をつくシルの姿があった。

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