第六話 決闘
「何と言えばいいか……脳筋な王様ですね」
「はっはっはっ、やはり貴公もそう思うか」
ライアンの案に従い、一同は王城に隣接している練兵場に移動していた。
日々騎士たちが研鑽を積み、お互いを高め合うことを目的とした練兵場は、決闘を行うにはうってつけの場所であった。
その練兵場の真ん中で、決闘相手の騎士の準備が整うまで、シルは暇つぶしに立会人を申し出たキルブライドと雑談を始めた。
「ですが、自然と惹きつけられる何かをお持ちの方ですね。さぞ仕え甲斐のある事でしょう」
一国の王としては正直どうかと思うが、あのさっぱりした性格は、シル個人としてはかなりの好印象だった。
「ふむ……意外にも貴公とは気が合いそうだな。どうだ? この後一杯付き合わないか?」
「おや、これからお仲間の騎士さんと一戦交えるというのに、そんな提案をしてもよろしいので?」
「その程度別に構わんだろう。それにもし貴公がこの決闘に勝利すれば、同じ主君に仕える身となるのだから」
かなり遠慮がないキルブライドの態度に、ならばとシルも少しだけ態度を柔らかくすることを意識した。
「そういうことなら是非ともご一緒しましょう。ですが、俺は結構飲みますよ?」
「奇遇だな。私もだ。では、負けた方が奢りだな」
「望むところです……っと、準備ができたみたいですね」
いよいよ遅れて姿を現した件の騎士に気付き、シルはそちらに目を向けた。
「申し訳ない。お待たせした」
「お気になさらず。キルブライド騎士団長にもてなしていただけましたので」
「それはよかった。待ちきれなければ、帰っていただいても構わなかったのだが?」
やはり、あからさまに騎士の言葉にはトゲがある。
傭兵に親でも殺されたのだろうか。実際その可能性も十分考えられるので、間違っても口には出さないが。
「あはは、そういうわけにもいきませんので。さて、キルブライド騎士団長、役者は揃ったようですが?」
他のギャラリーも集まり切ったこともあり、騎士の挑発には一切乗らず、シルは決闘の開始を促した。
「うむ。それでは両者中央へ!」
キルブライドの指示に従い、シルと騎士は練兵場の中心にお互い歩を進めた。
余裕を浮かべた表情の傭兵と、不機嫌な表情を浮かべた騎士。 相反する二人は、ついに正面から相まみえた。
「始める前にルールの確認を行う」
立会人がいる場合の決闘は、始める前に事前に決めた条件の確認を行うことが多い。今回もその例に漏れず、事前に広間で決めたルールをキルブライドが読み上げる。
「武器はお互いに訓練用の木剣を使用する。それ以外は、自身の能力であれば何を使用しても構わない。ただし、再起不能の負傷を与えるのは禁止とする。異論はあるか?」
「「特にありません」」
特別異論を挟むこともない。報酬を決めるいざこざで命を懸けるわけにはいかずとも、お互いに全力を出せるルールだ。
あれだけシルの願いに反発を示した騎士も、このルールを決めた時には一切文句を言わなかった。
「よろしい。確認は以上だ。では、二人のタイミングで始め――」
すべてのルールの確認が終了し、いよいよあとは剣を交えるのみ。となるやいなや、練兵場に木剣を打ち合わせる高温が響き渡った。
両者はキルブライドが話し終わるのも待たずに、目にもとまらぬ速さで木剣を打ち合わせたのだ。
「シグルズ騎士団スオルツ隊所属、ジャック・シェイファーだ」
「傭兵団【竜と猫】団長、シル・ノースです」
激しい鍔迫り合いを行いながら、完全に順序が逆になっている名乗りを終えて、ついに決闘は始まった。
「名乗る前に奇襲というのは、正々堂々を謳う騎士としてはどうなんでしょうか?」
「言いがかりはよしてもらおうか。私は君の動きに反応しただけだ」
「これは奇遇ですねぇ! 俺もですよ」
確かにちょっとした腕試しのため、シルはキルブライドが開始宣言をした瞬間に仕掛けたのは事実だ。だが、動き出したのは明らかに同時だったと思うのだが。
どうやら、お互いに開始早々に決着をつけることを狙っていたらしい。
「くっ……」
どこの馬の骨ともわからない傭兵とは言え、相手はたった数人で破竜を追い込んだ傭兵団の団長だ。正面から戦っても問題なく勝利できるなどと思えるほど、ジャックも自惚れてはいない。
だから多少卑怯と自覚はあれど、決闘開始の瞬間に渾身の一撃を叩き込むつもりだった。
しかし、奇襲の不発、そしてたった数秒の鍔迫り合い。その数秒でジャックは理解する。
(この男……なんて馬鹿力だ……!)
自分が対戦相手の実力を測り損なっていたことを。
「くそっ……!」
ジャックが魔力による全力の身体強化を施して、木剣を押し込んでいるにもかかわらず、対するシルは、どこ吹く風とすまし顔で剣を受け止めている。
肉体はいくらでも鍛えられるが、生まれ持った魔力量は、どんな手を使っても生涯変わることはない。
魔力量は完全に先天的な才能であり、生まれ持った魔力量は大きく人生を左右する。
故に騎士や傭兵の様な高い戦闘力を要求される職業には、多くの魔力を持つ人間が多いのだ。
魔力に依る身体強化の恩恵は途轍もなく大きい。それこそ今回の様にほぼ同じ体格でありながら魔力量に大きな差があれば、こうなるのは当然の話であった。
「よいしょっと!」
まるでちょっとした荷物でも持ち上げるかのようにシルが軽く木剣を振り払った瞬間、ジャックの体は大きく背後に吹き飛んだ。
「ぐっ……」
あらゆる才能に恵まれた猛者が集まるアルカス騎士団。その中でもジャックの魔力量は、かなり上位に位置する。
剣の技量などで後れを取ることは多々あれど、純粋な力勝負で負ける事はほとんどなかった。
故に何とか両足で着地する事には成功したものの、いともたやすく吹き飛ばされたジャックのショックは大きなものだった。
「おやおや……これは失礼を。まさかあのアルカス王国の騎士様の力がこの程度とは思わなかったもので」
折角相手の体勢を崩したにもかかわらず、追撃を加えずにシルは挑発を口にする。
シルの経験上この騎士の様なプライドの高い相手は、精神を揺さぶる手が有効に働く。心の弱い人間ほど自分を強く見せようとするのが世の常だ。
「図に乗るなよ……傭兵風情が!」
どうやらシルの予想は当たったらしい。
まんまとシルの挑発に乗り、即座に体勢を立て直して目の色を変えて突進してくるジャックを迎え撃つため、シルも木剣を構え直す。
(取ったな)
木剣を振りかぶったあまりにも隙だらけの突進。身体強化で大きく勝っているシルに対処できない要素はない。
それも本当にジャックが冷静でなかった時の話ではあるが。
「は?」
勝利を確信し、その無防備な体に一撃を加えようと構えたシルの顔色は、すぐに驚愕に染められた。
シルが迎撃態勢を取った瞬間、ジャックの体は加速し、その間合いが急速に縮まったからだ。
「言った筈だ。図に乗るなと」
(やべ)
完全に予想外の動きで間合いを詰められたシルにできたのは、たった二文字を胸中で呟くことだけだった。
「はぁあああ!」
今度こそジャックの渾身の一撃が、ノーガードだったシルの頭上に叩き込まれた。
「痛ぁあああ!」
たったコンマ数秒で決闘の状況は一変。結果的には、シルが思い描いた展開とは真逆の状況となってしまった。
しかし、見事シルとの読み合いを制し、痛みで地面をのたうち回るシルを見るジャックの心境は穏やかではなかった。
もちろんそれは読み勝ったことによる高揚感からではない。それはとある違和感からのものだった。
今しがたジャックがシルの脳天に叩き込んだ一撃は、決闘開始直後に繰り出したものとは比べ物にならない一撃だったはずだ。
最初の一撃は、魔力の動きで奇襲を悟られないように身体強化を最低限に抑えてから放ったものだった。
しかし、今回は違う。今回はこちらの怒りをアピールするために全力で身体強化を行い、木剣にも全力の魔力を注いで放った全身全霊の一撃だ。
木剣とはいえ、まともに受ければそれなりの強者でも気絶させるには十分だった。
それをノーガードで受けておいて、何故この男は元気に地面を転がっているのか。その理由は本人に聞くしかあるまい。
「――おい。貴様、一体何をした?」
「え? 何の話で?」
「とぼけるな! どんな手を使って私の攻撃を軽減したのかと聞いているんだ!」
当然のことながら素直に答えるはずもなく、シルは答えを濁した。
「とぼけるなと言われましても……俺は普通に戦っていただけですよ?」
「そんな妄言を信じるとでも……え? 本当に?」
「本当に」
全く嘘の気配を感じさせないシルの言動に、内心ジャックは頭を抱えた。
(仮にこの男が虚言を吐いていないとするなら、つまり魔力での身体強化だけで攻撃を受けきったということか?)
「この魔力バカが……!」
「ちょっとちょっと、少しは言葉を選んでもらっても?」
あまりの衝撃に肩を落としながらジャックの漏らしたストレートな暴言に、さすがのシルも苦言を呈した。
しかし、それも無理はない。
何かしらの固有魔力や技術なら、抜け道も模索できるかもしれない。が、それも魔力量で想定以上に後れを取っているのなら話は別だ。
身体強化抜きの純粋な身体能力では、他種族の追随を許さない獣人族ならいざ知らず、やや人族の平均以上の身体能力と魔力量を持つだけのジャックでは、この怪物に勝てる見込みは薄い。
だが、薄いだけである。
「それで? まだやりますか……っと危な」
ジャックが自分との埋められない差を痛感したことを悟り、降伏を勧めるシルにジャックは木剣での突きで返した。
「当たり前だ」
当然ジャックも理解はしている。
勝機は皆無。このまま決闘を続けても敗北は必至。
それでも、勝負を諦める理由にはならない。
「この程度の理不尽、何度も味わってきた。言っておくが、私が今まで模擬戦で地面を舐めさせられた回数は一度や二度じゃないぞ……!」
「そんなこと自慢されても反応に困るんですが……」
前述した通りシグルズ騎士団には、数多の強者が所属している。
何の変哲もない農村で少しだけ一般人より多い魔力だけを持って生まれたジャックが、シグルズ騎士団に入団するにはそれなりの努力を必要とした。
暇さえあれば剣の教えを請い、身体を鍛える事も一切怠らず、その過程で相手に完膚なきまでに叩きのめされることなど日常茶飯事。
(キルブライド団長は手加減しないから、何度も殺されかけたな……)
物理的な強さで負けているのなら、せめて心意気だけでも負けるわけにはいかない。
全力の一撃でも大したダメージを与えられないのなら、相手が倒れるまで攻撃を続けるまで。
絶体絶命の状況に直面しようとも、騎士であるからには諦める選択肢は選べない。騎士の後ろには、常に守るべき人々がいるのだから。
「認めるよ。貴様は強い。けれど、どれだけ戦力差があろうとも降参などしない。どうしてもと言うのなら、力尽くで跪かせるんだな!」
目を輝かせながらそう吠えたジャックに、シルもまた今日一番の笑顔で答えた。
「――見事見事、実にお見事。それでこそ戦い甲斐があるというもの。ところで参考までに貴方の序列を聞かせてもらえませんか?」
「ほう、序列の事を知っているのか?」
「ええ、風の噂に。シグルズ騎士団には強さに応じて序列が存在していると」
シルが傭兵仲間から聞いた話によると、競争力を高めるためにシグルズ騎士団では、騎士を序列化しているらしい。
(確か現在のシグルズ騎士団に所属する騎士は、約九百人。さっき大広間で見渡した感じ、五十位辺りからが人外の入り口って感じか。それより下なら、能力の相性が悪くなければ勝てるな)
「――特に数字を答えたところで何が変わるとも思わないが、聞かれたからには答えよう。私の騎士団内の序列は十一位だ」
「マジで? 高過ぎだろ」
想像よりもはるかに高いジャックの序列に、シルは天を仰いだ。
多民族国家であるアルカス王国に仕えるシグルズ騎士団には、様々な種族が騎士として所属している。
獣人であろうが、竜人であろうが、騎士叙勲を受けることができるのだ。他国であれば迫害される彼らも、戦闘能力において人間を遥かに上回る個体は多々存在している。
そんな背景があって、シグルズ騎士団の平均的な戦闘能力は、周辺国と比べてもかなり高い。
その騎士団の中での十一位には、かなりの重みがある。
「怖くなったか?」
「いや、むしろ燃えてきた。お遊びは終わりだ。本気でやろう」
「同感だな」
つい先刻までは、お互いにただの目的達成を阻む障害であった二人。
ようやく今ここに、二人はお互いを一人の戦士として認めた。
故に、
「改めて、傭兵団【竜と猫】団長、シル・ノース」
「シグルズ騎士団スオルツ隊所属、ジャック・シェイファー」
再びそれぞれの名を名乗り、
「「いざ尋常に、勝負!」」
両者は剣を交えた。
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