第五話 アルカス王国

 かつて世界を焼き尽くしたという【破竜大戦】から約五百年。

 たった一体の破竜によって引き起こされたその大戦は、その実【大戦】などと呼べるものではなかったと伝えられている。

 数年に亘って続いたのは、対等な争いではなくただの蹂躙であった。


 幾人もの勇者たちが破竜に挑むも、悉くその全てが破竜の前に敗れ去った。

 残された人々は、傍に這いよる死の恐怖に常に怯え続け、ついに全人類が滅びを受け入れかけていた。

 しかし、ついに破竜を討ち果たしたものが現れた。


 その名は【英雄シグルズ】。

 アルカス王国が誇るシグルズ騎士団の名前もかの英雄に由来する。

 破竜を討ったシグルズは、生き残った人々を集めて国を作った。


 それが現在では、周辺諸国の中で最も広大な国土を持つ【アルカス王国】である。

 アルカス王国は多種族国家を理念として掲げ、人間であろうが、獣人であろうがすべての人を受け入れると建国当時から宣言し続けている。


 中でも王国の中心に位置する王都【ザンドーラ】は商業の中心地として栄えており、都市内ですれ違う人々は皆十人十色。

 大きな商会の前では、ふくよかな体型の人間と狐の耳を生やした獣人が取引を交わし、酒場では髪の色、目の色もまったく異なる人々が酒を酌み交わしていた。

 アルカス王国以外の国では、人種によって差別されることが少なくない。特に獣人は種族によって対応や態度が露骨に変わり、竜人に至ってはそれだけで迫害の対象となりうる。

 その様な事情が相まって、今日も今日とてザンドーラは人々で賑わっているのだった。


◆◆◆


 今にも記憶から消し去ってしまいたいシューネとの再会から数時間、ちょうど太陽が昇り切った頃にザンドーラに到着したシル達は、休息もほどほどに王城に招かれた。


「――以上が餓食戦の報告となります」


 負傷によって現在も療養中のローランに代わり、シューネは副隊長として今回の戦闘――破竜は【餓食】と仮称された――の報告を終えた。

 場所はザンドーラの中心に聳え立つ王城の大広間。

 広間にはそこら中に一目で高価とわかる装飾が施されており、しがない傭兵に過ぎないシル達は、広間に入ったときに思わず感嘆の声が漏れてしまったほどだ。


 さらに広間には多くの騎士や、文官らしき様相の者が多く集まり、広間内の人口密度はかなり高い。

 だが、文官たちが並ぶ列のちょうど真ん中、すなわち空席の玉座がある周辺には、不思議と人がいなかった。

 空席の玉座は気になったが、シルの興味は別にあった。広間に集まった人物の中には、凡人とは一線を画す雰囲気を纏っている者が数人見受けられる。

 例えば、


「――ご苦労、アンゴラ副隊長。此度のことは災難であったな」


 シューネの報告を聞き、始めに口を開いた重々しい鎧をがっしりと着込んだ騎士だ。

 その見た目は清廉潔白な印象を与え、年は三十半ばといったところだろうか。

 何より恐らくこの場に揃っている者の中で一番強い。


「ありがとうございます、キルブライド騎士団長。本当にとんだ貧乏くじを引きました……誰も死ななかったのが奇跡です」


「それについては本当に幸いであった。これも全て貴公達のおかげだ」


 注視していた人物に、もう昨日に続いて何度目かもわからない感謝をされ、シルは今までと同じ返答を返す。


「礼には及びません。当然のことをしただけ――」


「いやぁ、すまんすまん! ちょっとばかし書類仕事をしながら居眠りしてしまってな!」


 突然広間の扉が開き、飛び込んできたのは、酒場にでも居そうな口調の大男だった。

 しかし、その外見は豪快な話しぶりとは全く異なり、煌びやかなマントを纏い、服装も貴族の様にしっかりとした正装であった。何よりシル達の目を引いたのは、その大男の頭上に乗っていたものだ。


 シルの――いやその場にいる誰の目から見ても、それは王冠にしか見えなかった。

 大男は入ってきた勢いのまま、空席だった玉座に慣れた動作で腰かけた。


「どっこいしょと……そんじゃあキルブライド、気にせず続けてくれ!」


「王よ。すでに報告は終わりました。まったくやけにいらっしゃるのが遅いと思ったら……」


「ワハハ! 昼のお日様が気持ちよかったんじゃ! まあ、報告内容は知っとるでな。問題なしじゃ!」


 シルの予想に違わず、その大男はアルカス王国国王、ライアン・アルカスその人であった。

 噂によれば、とにかく自由奔放かつ太陽の様な陽気な性格で臣下にも気さくに接し、国民からの評価もかなり高いそうだ。


「それでは仕切り直しまして――」


「む? もしやそこのお方たちが、我らが騎士団を救ってくれた傭兵団の方々か?」


 どうやら噂は間違っていないようで、見慣れない顔のシル達に気付いたライアンは、話の流れをぶった切ってシル達に話しかけた。


「お初にお目にかかります。傭兵団【竜と猫】の団長を務めています。シル・ノースです」


 キルブライドが何か言いたげな目でライアンを見つめていたが、それをものともせずにシル数歩前に出て名乗った。


「おお! やはりそうか! 誰ぞ知らぬ顔があると思ったが、その銀髪で気づきましたぞ」


「【太陽の王】と呼ばれるライアン陛下が私たちのことをご存じだったとは、身に余る光栄です」


 気軽に言葉を投げかけてくるライアンに対し、できる限り謙虚な態度で礼儀正しくシルは応じる。この後の展開を考えれば、なるべく心証を良くしておきたいところだ。


「破竜討伐の偉業を成しながらも一切自惚れぬとは、実に気に入った! まだ此度の報酬は払っていませんでしたな? 何でも申しなされ。どんな願いもかなえて見せましょうぞ!」


「ありがとうございます。では――私たちを正式に雇って頂きたい。アルカス王国が誇るシグルズ騎士団と共に戦いたいのです」


 想像通りの展開にシルは内心ほくそ笑み、事前に団員全員で相談して――シルが数回目の一生のお願いを消費した――決めた願いを口にした。

 広間に居た大半の人間が、シルがそれなりの金品等を求めるだろうことを想像していた中、その要求はあまりにも予想外であった。


「うむ。もちろん構わんぞ」


「お待ち下さい!」


 ライアンがシルの要求を呑んだ直後、広間内に大声が響いた。声の主は騎士が並ぶ列の比較的前の方にいた騎士だった。

 背筋をピンと張り、顔にはゆるぎない自信が堂々と浮かんでいる。第一印象は、騎士の中の騎士といったところだろうか。


 突然の強い反発にシルも思う所が無いわけではなかったが、とりあえず話を聞こうと口をつぐんだ。

 騎士はずかずかとシルの隣へと歩み出ると、跪いてライアンへ私見を述べた。


「王よ、お考え直しを。一時的な共闘ならともかく、傭兵風情と肩を並べて戦うなど、我々の誇りに傷が付きます!」


「おいコラ、騎士様よぉ……そいつはどういう意味だよ?」


 騎士の訴えに最初に反旗を翻したのは、シルの後ろに控えていたルートだった。


「俺らに助けられた分際でよくそんなことが……痛い!」


「考えなしに口を開くな」


 ルートが余計なことを言うより速く、シルの拳が炸裂し、ルートの言葉を強制的に遮った。

 少しばかり力を入れ過ぎた様で、ルートの頭が床にめり込んでいるのだが、シルはそちらの現実からは目をそらし、別の現実に対峙しようと騎士の目を見返した。


「ふん。やはり野蛮だな。そのような態度が私達と肩を並べるに値しないと言っているんだ。ましてや年端もいかない子供を戦場に駆り出すとはな」


 騎士の言葉でまた面倒が一つ増える事を確信し、シルは痛む頭を抑えた。


「それはもしかせずとも私のことですか?」


 シルの予想はズバリ的中し、リナが騎士の挑発に応じた。


「まあまあ、あなたが何を思った所で、私たちの願いを叶えるかを決めるのはあなたではないでしょう。もちろん私でもない」


 今朝の騒動然り、リナが怒ると面倒なことを長年の付き合いで十分理解しているシルは、無理やり話の流れを軌道修正した。

 示し合わせたようにシルと騎士の目線が、いやその場にいる全員の目がライアンへと向き、数秒の沈黙の後、大勢が見守る中でライアンは重い口を開いた。


「お互い譲る気はないようじゃな。ならば話は早い」


「と、言われますと?」


 名案を思い付いたらしいライアンにキルブライドが続きを促す。


「決闘じゃ! 己の願いは己の力で掴みとれぃ!」


 王としての確かな覇気を纏った声を張り上げてライアンはそう告げた。

再び広間に沈黙が落ちる。


「はぁ?」


 そんな誰の口から零れ落ちたかもわからない呟きが聞こえるまで、静寂は続いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る