第一章 再開する恋
第一話 破竜
「さて、もうそろそろだな」
夜が深まり、静寂が落ちる森の中を駆けながら、フードを目深に被った男、傭兵団【竜と猫】団長、シルは呟いた。
目指すは、深夜の森に度々響く戦闘音の発生地。まるで地震の様に地を震わせているその轟音は、明らかにそこらの野生動物が立てる音ではない。
事の発端は数十分前、近隣の村に滞在していたシル達の元に、必死の形相をした騎士が助けを求めてきた事に起因する。
「ふぁああ、まだ眠いです団長……」
「仕方ないだろ? 相手は【破竜】で、しかも助けを求めてるのは正式な騎士団だ。相当な報酬額になるぞ」
腰に刀を携えた少女、リナは急な救援要請で叩き起こされたことで、大きな欠伸をしながらシルの背後を駆けていた。
「確かに今現在、私達の財布の中身は心許ないですけど」
「全く、どいつもこいつも金遣いが荒くて困る。来月からお小遣い制にしようか」
「先月……というより毎月の出費の六割強は団長の食費ですけどね」
都合の悪いリナの指摘以降、シルは口をつぐみ、救援へ向かう足を急がせた。
◆◆◆
一方その頃【シグルズ騎士団】ミラー隊隊長、ローラン・ミラーは破竜との戦いで絶賛死にかけていた。
「くそがあぁぁ‼ 運が悪すぎるだろうがあああ‼ なんでこんな夜の森の中で破竜に襲われるんだよ‼」
まるで城壁のような巨体から次々と繰り出される攻撃の嵐を剣で捌きながら、ローランは森に響く声量で叫んだ。
「誰だよ、森の中で破竜放し飼いにしてる奴は――ってそんな奴いるわけあるか!」
人間や獣人とは比べ物にならない魔力を持つ竜人。
その中でも限られた者だけが持つ特性【破竜化】。
自分以外の全ては間違っている、というこの世への絶望が魔力を暴走させ、竜人を異形の姿へと変貌させてしまうのだ。
(最近破竜がやけに出現するからと調査に来てみれば、まさかのビンゴとはな)
破竜の出現頻度は、おおよそ四年に一体程度。それもあくまで目安で、ローラン達【シグルズ騎士団】が仕える【アルカス王国】の文献によれば、一年に数体の時もあれば、十年近く出現しなかったこともあるらしい。
(それがこの数か月で王国内だけでも、これで四体目か。しかし、なぜこんな森の中に破竜が?)
破竜は嵐や雷の様な自然現象ではなく、大切なものを失い、破壊衝動を暴走させた竜人の成れの果ての姿。よって必然的に破竜が出現しやすいのは、大勢の死人が出る戦場、盗賊に滅ぼされた村などの多くのものが失われる場所になる。
(こいつは野営していた俺達の近くに何の前触れもなく現れた。戦場でもなければ、近辺に村もほとんどない。ただの街道沿いのこの森の中に)
もちろん森の中で狼に大切な人を殺されたなど、森の中にこの破竜が出現した可能性はいくつも考えられるが、やはりローランはこの破竜の出現の仕方に違和感を持っていた。
「とにかく考察は、この場を乗り越えてからだな」
破竜が大きく振り上げた拳を見上げ、回避行動を取りながらローランは思考を戦闘に切り替える。
『人間風情がちょこまかと!』
「風情って言うなら、さっさと殺してみろよ」
『図に乗るなよ、人間!』
一連の攻撃を全てローランに防がれた苛立ちを、破竜は隠そうともせず吐き出す。
(言語を解せるほど理性が残ってるのも面倒だが、それより問題なのはこいつの【恩寵】か)
破竜化した個体の知能はまちまちで、ほぼ理性を残しておらず獣以下の知能であることもあれば、この破竜の様に意思疎通が問題なく取れる個体も稀ではあるが存在する。
そして個体差のある理性の有無とは違い、破竜が共通して所持しているのが【恩寵】だ。
恩寵とは、破竜が持つ特殊能力の様なものであり、その能力は多種多様。
(こいつの恩寵のせいでまともに戦える団員は、俺を含めて後三人。こいつに捕まる前に速攻で終わらせるしかない……!)
ローランの目の前の破竜の恩寵の能力は【触れた魔力の吸収】。
この能力により、ミラー隊は死者は出ていないものの、魔力を奪われほとんどの団員が戦闘不能になっていた。
もはやローラン達に残された時間は少ない。このままでは、そう遠くないうちに全滅は必至。
手段を選ぶ余裕はローラン達にはとうの昔に無くなっていた。
「やりたくはないが、仕方ない! ロイ! エルス! 俺が奴の核を斬る。隙を作れ!」
覚悟を決め、ローランは近くに居た二人の団員に叫ぶと、相対する破竜に向かって駆け出した。
『ようやく死ぬ覚悟ができたか?』
その動きに反応し、まるで虫でも払うかの如く、破竜が右腕を振り払ったその瞬間、ローランは大きく後ろに飛び退いた。
それと同時に、先刻名を呼ばれたロイとエルスが両脇から飛び出し、破竜の拳を受け止める。
「ぐうっっっ‼ 隊長頼みま……ぐぁぁ‼」
しかし、破竜の一撃をそう長く抑えられる筈も無く、奮戦むなしく数秒後には、二人の体は背後の木々に叩きつけられていた。
「よくやった。あとは任せろ!」
二人の奮闘を無駄にしないために、吹き飛ばされた二人には目もくれず、ローランは走り出していた。
狙うは、体の部位の中で最も魔力が集中しているが故に、この破竜の体を構成する核があると思われる胸の中心。どんな破竜もそれぞれに存在する核を破壊されれば、存在しているだけで魔力を大きく消費する破竜化の維持は困難となる。
「これで終わりだああああああ‼」
ローランは大きく跳躍し、これまでの自らの剣技の集大成ともいえる一撃を、破竜の胸の中心に叩き込んだ、かのように見えた。
しかし、ローランの耳に入ってきたのは、長年連れ添った騎士剣が音を立てて刀身の半ばからへし折れる音だった。
「ああ、本当に運が悪い」
次の瞬間、ローランが聞いたのは、振り下ろされた破竜の左腕によって地面に叩きつけられ、全身の骨が粉々に砕ける音だった。
「っ……‼」
「「隊長‼」」
ローランは声にならない激痛に苦悶の表情を浮かべつつ、先刻吹き飛ばされた二人が駆け寄ってくるのを視界に捉え、最後の力を振り絞り叫んだ。
「馬鹿……野郎っっ‼ 逃げろ‼」
破竜は明らかに重症のローランよりも、まだ余裕のある二人を先に排除すべきと判断し、その剛腕を二人めがけて振り下ろした。
その瞬間、ローランの目に飛び込んできたのは、にわかには信じがたい光景だった。
拳が二人に到達する刹那、その間に割り込んだ人影が、破竜の拳を刀で受け止めたのだ。
「ふんっ!」
人影は騎士団の中でも腕力には自信のある二人が、やっとの思いで数秒の間受け止めた拳を、たった一人で押し返した。
さらにそれだけで人影は止まらず、攻撃を押し返され怯んだ破竜の腹に、強烈な一撃を素手で叩き込み、破竜を大きく吹き飛ばした。
「「なっ……‼」」
畳みかけるありえない光景に目を白黒させる二人を尻目に、まるで夜空に瞬く星々の輝きを吸い込んだ様に煌めく銀髪をなびかせる人影は名乗った。
「傭兵団【竜と猫】団長シル・ノースです。シグルズ騎士団の方々ですね? 救援要請を受け取り馳せ参じました。手を貸しましょう。高くつきますが」
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