#7 バカテル
「ルートヴィヒさん、警察官じゃないって本当なんですか?」
「え、お前、刑事ってのは嘘だったのか?」
三人は一旦廃墟と化したホテルから出て、敷地内の砂利の上に疲れて座り込んでいた。
「まったくの嘘というわけではない。あと数時間。今日の深夜0時までは、私は警察官だ」
「どういうことですか?」
「実は、この一連の事件について、捜査方針や、俺が外れるかどうかと言ったところで上司と揉めてしまったんだ。それで、0時までは警察官。それ以降は警察官としての権限や職務自体を失効するという通達を受けていたんだ」
「そうなんですか……」
「(げ、向こうの警察ってそんなこともあるのかよ……)」
「でも、もういい。折角日本に来たんだ。この街、この土地で、何か別の道を探すさ」
ルートヴィヒが気持ちを新たにする決意表明をした時、それに反応したかのように彼のスマホが鼓動した。
「おい、スマホなってるぞ」
「私のだ、なんだろう……上司から電話だ。もしもし」
「あぁ、ルートヴィヒか。私だ。ここ数日連絡が取れないからどうしたかと思ったぞ。無事か、怪我はないか?」
「え、えぇ、大丈夫です」
「そうか、ならよかった。ところで、まだ日本にいるのか? 急で申し訳ないんだが、いるならすぐに向かってほしいところがあるんだ」
「はい? それは仕事ですか?」
「遊びの用事で連絡するはずがないだろう。それよりだな――」
ルートヴィヒが電話で上司と会話している姿を横で見ながら、安藤と福田はヒソヒソと喋り始めた。
「先輩。ルートヴィヒさん困った顔してますけど、どうしたんでしょう」
「さぁな。だが、多分悪いことじゃないはずだぜ」
「何でわかるんですか?」
「ん? 刑事の勘だ」
「なんですか、それ」
福田が首を傾げた直後、電話口の声が漏れ聞こえた。
「とりあえず、頼んだぞ(プツッ)」
一方的に電話を切られたようで、困惑顔のままルートヴィヒはスマホを顔から離した。
「何の用件だったんだ?」
「それが、仕事の用件で」
「仕事?! じゃあルートヴィヒさん、まだクビじゃないってことですよ。きっと!」
「あぁ、そうだ。よかったじゃねぇか! ほら、そうとなったら早く行かないと」
「あ、あぁ。その、二人を巻き込んでしまって、申し訳なかった」
「いいんだよ。また今度応援が必要な時は、ちゃんと正規ルートで要請してくれよな」
「えぇ、もちろん。では」
ルートヴィヒは軽く一礼をして背を向けたものの、数歩歩いた先で立ち止まり、こちらに向き直った。
「どうかしましたか?」
「今度会うことがあったら……いや、やっぱりなんでもない」
「なんだそれ」
三人は顔を見合わせて笑い合うと、改めてルートヴィヒが一礼した。
「では」
踵を返して去って行くルートヴィヒを見送っていて、不意に二人は顔を見合わせて目をパチパチさせたり、軽くこすったりした。なんと、ルートヴィヒの隣に、楽しげについて行く綺麗な女性の姿が現れたのだ。
Pray for Elise 昧槻 直樹 @n_maizuki
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