#2 謎の男

―翌朝―


「それで? 何か見つかったのか」

「いえ、その後何時間か近辺を捜索しましたが、結局、何かしらの生き物はおろか、人っ子一人おりませんでした」

「うーん、そうか――まぁ、ご苦労」

「ハッ」

 所轄からの連絡を受けて駆け付けた、刑事の安藤は困っていた。確かに、現場を見る限り何がしか、巨大な生命体が這いずり回ったような痕跡はあるものの、それ以外にこれといった物的証拠が何一つなく、また、このような状況をこれまでに安藤は見たことも聞いたこともなかったため、その生命体がなんなのか、またはそんなものがこの世に存在するのかさえも皆目見当がつかなかった。

「よわったな……」

「先輩、目撃者から、スマホで撮影した映像をお借りしてきました」

 顔をしかめながら頭をポリポリと書いていた安藤のもとに、一人の若い女刑事が駆け寄ってきた。

 手に持ったスマホを操作して、その女刑事は動画を再生した。そこに映っていたのは、周りの街灯などに照らされた、黒々として怪しくうごめく、四足歩行の超巨大な生き物だった。

「これ、どう思います?」

「どうって……巨大なトカゲって言うより、あれだ。京都とかにいる……そうそう、オオサンショウウオみたいだな」

「えぇ、そうですけど。そうじゃなくて、作り物だと思いませんか?」

「作り物? これだけのものを——ここの住人で?」

 安藤が辺りの住宅街を見回しながら話すと、女刑事は不貞腐れるように口を小さく尖らせた。

「多少は可能性があるかと……」

「おいおい。確かに馬鹿げた話だとは思うが、さすがにそれは無理があるぜ。物的証拠は確かに挙がってない。だが、数十キロにわたって痕跡が残ってる。第一、同じものを複数の人間が目撃している。しかも、数人の警官までもがこの話を実際に聞いてる」

「ですよね……」

「映像に関しては作れるかもしれないが、この跡を一夜にして作り、警官とも口裏合わせして話を合わせるって、そこまでやったとして、この住人達に何のメリットがある。どっちの線で考えても謎は謎だが、本当にこういう生き物がいたって考えるしかないだろう」

「わかりました」

 安藤とその部下の女刑事は、現場は所轄の警官に任せ、一度署に戻ることにした。すると、署に戻るや否や二人は上司に慌てた様子で呼ばれた。

「おい、その例の化け物の件で、捜査している者に会いたいと言って、よくわからん奴が押しかけて来たぞ」

「え、何ですかそれ」

 怪訝な顔で二人が聞き返すと、その上司もとても困ったという表情で言い返してきた。

「知らんよぉ。私が聞きたいくらいだよ。とにかく、早く対応してくれぇ」

「え、えぇ……」

 安藤と女刑事は上司に無理やり押し出される形で、その謎の人物と対面することとなった。

 その人物は身長165センチ前後で髪は黒く、頭の周りで逆立っているようにウェーブがかっていた。体格はいわゆる「細マッチョ」と言ったイメージで、真っ白なワイシャツの上からでもスタイルの良さが伝わった。また、鼻の高さや目の色、顔つきから、明らかに外国人であるということは間違いなかった。

 だがここで困ったことになった。外国人であるということが分かった次は、何語で話しかければいいのか分からなかった。

 安藤は当然の如く日本語しか話せない。そして若い女刑事も、英語やフランス語を勉強中だが、まだ会話ができるようなレベルではない。

 どう話し掛ければよいか、そもそも何語で声をかければよいのか手をこまねいていると、向こうからしっかりとした目つきで話し掛けてきた。

「貴方たちがフェリックスを追っている刑事か」

「え、ふ、フェリ……なんです?」

 突然、見るからに外国人という風貌の男の口から日本語が飛び出してくるとは思っておらず、その上、台詞の間に聞き馴染みのない単語まで飛び出して、安藤と女刑事はただただ狐につままれたのような思いで混乱した。

「失礼。昨日の深夜から未明にかけて目撃された、とある怪物の件について捜査されている方にお会いしたくてこちらを伺ったのですが、お二人はその担当の刑事ですか?」

「あ、なるほど、その件で。はい、我々がそうです。私が安藤。そしてこちらが――」

「福田カノンと申します。よろしくお願いします」

 二人が軽く自己紹介し、女刑事、福田カノンが頭を下げると、先程までの真剣な顔から、フッと優しい表情になって二人に握手を求めた。

 しかし直後、彼の名前を聞いて二人は驚く。

「アンドーにフクダ、よろしく頼む。私はルートヴィヒ。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンだ」

「あぁ、どうもよろしく……え?」

「べ、ベートーヴェン!?」


 そう、突如として二人の前に現れた謎の男は、自分のことをかの有名な作曲家、「ベートーヴェン」であると名乗ったのだ。

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