Pray for Elise

昧槻 直樹

#1 真夜中の震源地

「で、でかい、巨大なトカゲみたいなのが、近くの、工場の壁を登ってるんだ!!」

 

 奇妙且つ残忍な一連の事件は、この一本の通報から始まった。

 はじめ一報を受けた警官は、まったく歯牙にもかけなかった。

「あの、巨大なトカゲみたいなのってなんですか? 見間違いとか、そう言うのではないんですか?」

「いいから! 早く来てくれ!」

 声を落としているのか、終始内緒話のような小さな声だったが、それでも伝わってくる緊迫したその様子は、内緒話のような可愛らしい物でもなく、その通報者が作り話をしている風でもなかった。

 不思議に思っていた警官であったが、まもなく悠長に考え事をする状況ではなくなった。瞬く間にその第一報をしてきた市民と同じ、近隣住民からと思われる同様の内容を話す通報が相次いだからだ。

「わ、わかりました! すぐに向かいますから、どうか落ち着いて!」


 当直についていた他の警官数人を連れて、通報を受けた警官は現場に急行した。通報者たちの言葉が嘘でないとしたら、その巨大なトカゲというのはなんなのか、その正体が気になった。

 第一、危険を感じ助けを求める市民がいるのに、例えそれが嘘やデタラメ、見間違いだったとしても、それを確認せぬまま放置するわけにはいかなかった。

 彼らにはもちろん恐怖もあった。いや、恐怖の方が強かったであろう。だからこそ、こうしてほかの警官も連れだって現場へとやって来た。しかし、ついにやってきてしまった。一報を受けた警官も、連れてこられた他の警官たちも、ここへ来たことを幾ばくか後悔し、また恐怖した。

 現場についた警官たちは目をむいた。工場の敷地や壁、その工場の前を通る車道に至るまで、どこまでも続く、巨大な何者かが這いずり回ったような跡が生々しく残っていたからだ。


「な、何なんだ……これは」

「と、取り敢えず。辺りを見て回ろうじゃないか」

「え、見て回るんですか!?」

「おい、静かにしろっ。……まだ、近くにいるかも知れないだろう。それに、夜だぞ。静かに、慎重に行こう」

「はい」

「わかりました」


 警官たちは逃げ腰になりながら、頼りない懐中電灯を片手にしばらく辺りを巡回することにした。

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