第40話 一難去ってまた一難

 一週間後、ガーデニア辺境伯領の端。普段はひっそりと常連の学士や老人相手に営業していた小さな書店が、例を見ないほどの大盛況を見せていた。

 その理由である一冊の本。美麗な男女の寄り添う周りに金の縁取りと華やかな花々の添えられた表紙のそれを大量に抱え、私はお客様を誘導する。


「はーい!ボタン先生のデビュー作、ロマンス小説の世界観を絵画を添えて表現した斬新かつ画期的な新時代の読み物です。購入出来るのはこちらの書店のみですよ!さぁ並んで並んで!整理券をお配りしますからね〜」


 ちなみに“ボタン”はダリアの和名で、言わずもがなペンネームである。


「あ、貴女どうしてそんなに誘導がお上手なんですか……?」


 へへん、伊達に前世でオタクの聖祭に参加して売り子さんしてないぜ!まぁあれは親友のBでLなジャンルだったからちょっと方向性が違うけど、まぁどのジャンルにせよ列の誘導は同じなんで。

 ちなみに私は読み専ならBでLよりも百合の花が好きですね、華やかな女性が好きなんで。あぁ、シャーロット様に会いたい……。


 とまぁそんな訳で、ドン引きなダリアとてんてこ舞いで狼狽えてた店主さんを他所に、ダリアの描いたこっちの世界初(多分)の少女漫画はたった半日で完売した。












「驚きました。まさかあんな前代未聞のただの妄想の産物が、あんなにもたくさんの方に求めていただけるだなんて……」 


 あの大々的な初日の販売から更に数日。少女漫画の売れ行きは好調で、このまま行けば明日には解毒薬に必要なアモーレの花を買える額になる勢いだ。呆然と頂いた印税を手にしているダリアの背中をパシパシと叩く。


「何言ってるんですかダリア様!素敵な恋の妄想は乙女の一番の栄養ですよ!それになにより、ダリア様の絵が本当に繊細で素敵だからこれだけ人気になったんじゃないですか!」


 まぁそれ以外にも、持ち込みで唯一門前払いしなかったあの書店のおじいちゃん店主さんのご厚意で刷らせてもらった試し読みの薄い冊子を何箇所かで配布したり、もとからロマンス小説好きなご令嬢達にダリア経由で茶会の席で宣伝したりと裏でも色々根回しはしたけどね。それでも内容が良かったからこその功績だと思うの。


 それに何より、これが火付けになってこの世界にも漫画文化が広まったら最高!ダリアに大感謝だ。私のそんな興奮が伝わったのか、ダリアが小さく吹き出した。


「正直、家名を背負い責務として嫁ぐのが当たり前の貴族として生まれた身でありながら、このような夢物語を描くことにずっと罪悪感があったんです。でも貴女のお陰でこんな風に、たくさんの方に読んで、喜んで貰って……どんな立場でも、人は夢を見るものなんだとわかりました」


「そりゃそうでしょう。人間なんて夢見たり妄想してなんぼですから!」


「貴女そんな性格でした?初めとだいぶ印象が違いますね」  


 ギクッと肩を跳ねさせた私に苦笑しながらも、ダリアが続ける。


「なんて、私も貴女の事を言えませんね。家や学校では、大人しくて知識しか能のないカタブツで通ってますから」


「大人しい…………?」


 思わず宇宙猫になってしまったがいかんいかん、ダリアは真剣なのだ。

 始めて婚約破棄した幼い日のトラウマで、きっと本当の自分を押さえつけて生きてきたに違いない。

 生まれて死んでまた生まれてこの方猪突猛進、天上天下唯我独尊を貫いて人生楽しいぜしてる私とはえらい違いだ。そらこんな真面目で真剣に生きてるいい子から見たら私みたいなちゃらんぽらん嫌われて当然だわ。



「貴女みたいな、本当の私を受け入れてくれる友人に出逢う事が出来て本当に良かったです」


 だからお願い!そんな可愛らしい笑顔で心を抉る台詞言わないでぇぇぇぇっ!















「はぁ……どうしよう。今更本当のこと話したら傷つけちゃうよねぇ」


 ダリアが友達として認めてくれたのは私じゃなく、私が演じてる“ミリー”と言う架空の少女だ。(最近はまぁほぼほぼ素だけども)

 明日には多分目標金額を達成する。“ミリー”はダリアから何故お金が必要かは聞いてないけど、ダリアは貯まったお金でアモーレの花びらを買うだろう。そしたら解毒剤が出来てイアンは正気に戻り、めでたしめでたし。もうダリアが“ミリー”に関わる理由は無くなるだろうから、それとなくお別れの手紙を残してフェードアウト……って、出来なくもないけど。


 一緒に漫画の内容を練り直したり、表紙のデザイン考えたり。合間でイアンとのこれまでの思い出聞いたり私も(相手の名前はぼかしつつ)好きな人シャーロット様とのあれこれなんか話しちゃったりして、実はダリアと過ごした期間がとっても楽しかったから。大好きになっちゃった彼女に、こんな失礼な嘘をついたまま縁切りになるのは嫌だなって、思ってしまうのだ。


「…………うん、明日、本当の事を話して謝ろう」


 そう決意したらちょっと吹っ切れて、気分を切り替える為に思い切り伸びをすると、伸ばした腕がたまたま真後ろに居たらしい男性の顔に直撃してしまった。


「ごっ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」


「はは、大丈夫ですよ。むしろ間が悪く後ろにいてすみませんでした。貴女が落としたこれをお渡ししたかったんですが……」


「え、でもそれ、私のハンカチじゃないですけど……」


 待って。そもそもここ、もう街からも外れた林だよ?なんでこの人こんな辺鄙なとこに居たの??


 少し気恥ずかしそうに頭をかきながら話す様子が、イアンに、重なる。


(……あれ?そう言えば、自業自得でダリアと復縁出来なかったイアンの兄って、ゲームで逆恨みからダリアを拐おうとして……)


「おや、そんなに震えてどうしました?具合が悪いならどこかで休みましょう。ね?」


 考えるより先に、伸びてきた手を振り払う。本能が……私の野生の勘がこいつは敵だと言っている!


 もはや振り向く余裕もないまま一目散に走り出すも、抵抗虚しく待機してたらしい別の男に後ろから殴られ、そのまま麻袋を被せられた。


(何も手がかりを残せないまま拐われるのは流石にマズイ……!) 


 なにせ私の周りの人は、私が別人としてダリアと仲良くしてるなんて知らないから。恐らくこの誘拐は“ダリアの友人”狙いだろうから、“ミーシャ”の誘拐事件になった時に犯人を探す足がかりがない。


 殴られたせいでグワングワンする頭で何とか、倒れた時に触れた木の根っこにこっそり、髪留めを押し込んだ。変装様にミシェルがくれた一点ものだ、これを林の先で待機してるうちの護衛が見つけてくれれば……。


(嘘付いたバチが当たった、かな……)


 受けたダメージに加えて普段使わない頭を無理矢理回したせいか、そこで記憶が途切れた。


    〜第40話 一難去ってまた一難〜


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