第37話 女は身なりで化けるもの

 突然だが、貴族のお嬢様って言うのは髪が長くないと駄目なんだそうだ。まぁねー、長い髪ってお手入れに時間も手間もお金もかかるし、ある意味お金持ちのステータスとして妥当だよね。実際女の子らしくて綺麗な髪は私も好きだ、端から見る分にはね!

 ただ、実際腰よりちょい上まで髪を伸ばしてみれば、まぁ色々面倒くさいのなんの!何かと視界に入り込んできてご飯や勉強中の時とか邪魔だし、寝る前に三つ編みしないと絡まるし、何より重いし!?

 でも、前世みたく肩上でバッサリカットなんてした日にはシャーロット様から大目玉は確実な訳で。仕方なく、私は普段ヒロイン自慢のエメラルドグリーンのストレートヘアを、頭の上でぼーんと大きなお団子にしているのです。せめてものお嬢様らしさに、お団子の根本に大きなリボン付きで。


(それがまぁ、髪下ろしただけでこんなに変わるとは……!)


 案内されたミシェルの屋敷の1室。そこの壁一面を使った姿見の前で、すっかり清楚なお嬢さんになってしまった自分の格好に溜め息を溢す。


「おや、気に入らなかったか?街では最近こう言った装いが流行りだと聞いて取り入れて見たんだが……」


「いえ!すごく素敵です!ただ見慣れない自分にちょっとびっくりしちゃって」


 シュンとしたミシェルに慌ててそう答える今の私は、髪はおろして三つ編みを使ったハーフアップ(シャーロット様とお揃い!)に、髪飾りは品の良い銀のバレッタ。頭にはいかにもな花飾り付きの白いつば広帽で、服装は白いワンピース(ただし冬なので素材は厚手。)


 この格好で知り合いに会ったら、まず『どちら様ですか?』と聞かれてしまいそうな擬態っぷりである。


「これならバレずに行けそうです、ありがとうございました」


「いや、以前迷惑をかけた詫びだ。その服や小物は良ければそのまま貰ってくれ」


「え!?いや、流石にそれは……」


「問題ない。それらは私が趣味で作ったものだからな」


 作ったですと!?この素敵なお嬢さんコーデのあれやこれやを!? こんな凛々しい イケ女子のミシェルが!!!?


「……驚かせてすまない。やはり私にこんな女性らしい事は「ミシェル様強くて格好よくて頼りになる騎士様な上に裁縫まで出来ちゃうとか最強なんですか!?」……はは、君はそう言う子だったな」


 えーっ、すごいや。ミシェルにそんな趣味があったとは知らなかった。すごいすごいとはしゃいで色々聞きまくった私に苦笑し『その話はまた今度な』と、ミシェルがブレイズに用意してもらった偽の身分証を渡してくれる。


「本来は偽装は良くないが、今回はやむ終えないだろう。悪用はしないように」


「はい、目的が済み次第きっちり処分します!」


「よし、じゃあ行っておいで」


「いってきます!色々ありがとうございました!!」


 見送ってくれるミシェルにしっかり頭を下げて、辻馬車を拾い再びギルドへ。今度は門前払いを喰らうこともなく、無事依頼を受ける手続きが出来た。

 今日からしばらくの間、私は病弱な母の為に地道にギルド依頼で働く大人しい少女。ミリー・フロライドだ。


 ギルドから出て帰路につく私を影から見ている人が居ることに、このときは気がつかなかった。





















 とは言え、平日では目的地までの移動だけで日が暮れてしまうので、活動はもっぱら週末の土日休みのみだ。お父様に拝み倒し朝から馬車を出して貰い、ガーデニア辺境伯領の森で護衛騎士同伴でチマチマ薬草を集めていく。

 流石に土地柄か普通の森林よりはたくさんの薬草があるけど、時期的にやはり一度の採取量には限度がある。既に二週間経ったが集まった薬草の推定売却額らはアモーレの花一輪の1/3程度だ。


(ライアン王子が言うにはイアン様は日に日にぼーっとする時間が増えて、かと思えば魘されるように私を呼んでいると聞くし。このままじゃペースが遅すぎるわ)


 それに、このまま単に薬草を集めただけじゃどうにもならない。やはりどこかでダリアと和解しなくちゃ……。

 と、森の半ばからわずかに見えるガーデニア

家のお屋敷を見上げる。


「……お嬢様、格上の方のお屋敷に押し掛けたり侵入するような真似をしてはなりませんよ」


「ええ、わかってるわ。もうそろそろ時間ね。薬草を商団に渡して帰りましょうか」


 困った顔で進言してきた2人組の護衛騎士は、私の返事にほっとしたように頷いて、声をかけてきた方の護衛が『馬車をこちらに回して参ります』と相方を残して離れていった。


「貴方達も通常のお仕事が色々あるでしょうに、毎週毎週付き合わせてしまってごめんなさいね」


「いいえ、我々は元よりお嬢様の御身をお守りすべく伯爵様に雇われた身。お気になさらないでください」


 穏やかに笑みを浮かべながらのその返事にほっとしつつ、改めて『ありがとうございます』と頭を下げる。

 『主が騎士に頭を下げるものではありませんよ』と苦笑いで言われ、首をかしげた。


「どうして駄目なの?ありがとうやごめんなさいを伝えたいときのお辞儀は大切なものでしょう?」


「確かにそうですが、我々はあくまでお嬢様より下の身分の者でございますから」


「身分が違うことと、してもらったことに感謝を感じるかは関係なくない?相手が下とかそんなの、なんの言い訳にもならないわ」


「それは……っ」


「とにかく、今のは私が貴方達に伝えたいから言ったのよ。だから拒否しないで頂戴」


 苦笑しながら話を締め括れば、護衛騎士も苦笑いで『では、お言葉は有り難く頂戴致します』と頷いた。











「……毎週末どこへ行っているのかと思えば、懲りない子だな」


 死角となる木陰からミーシャと騎士の会話を盗み聞いていた男はそう嘆息し、走り出した馬車を追うため愛馬に跨がり手綱を引いた。








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