第36話 転生ヒロインは変装したい

「断固として拒否します」


 ですよねーー…………。


 惚れ薬の解毒薬の材料に必要な、アモーレの花。それが我が国ではダリアの実家であるガーデニア辺境伯家の領地にしか存在しないとわかったその翌日。

 顔の右側で緩く1本の三つ編みにした黒髪を揺らし、メガネを押し上げながらキリッと即答したダリアに、私は苦笑した。


 そりゃあね、いくらなんでも現状、自分の婚約者が惚れ薬の効果で惚れちゃってる相手に『貴女の領地に訪問したいです』なんて言われたらね。嫌だよね、知ってた。ごめんね何回も嫌な思いさせて。


「お話はそれだけですか?では私は失礼します。貴女と同じ空間に居るだけでも不快ですから!」


 いかにも優等生らしくピッと背筋を伸ばし歩き去るその背中を見送る。と、目立たないよう認識阻害の魔法がかかったマントを来て木の枝からこちらを見下ろしていたルイス様が、溜め息混じりにひらりと隣に降りてきた。


「ほらご覧。だから僕かライアンから話を通すか、王家から正式に令状を発行して貰えば良かったのに」


「それじゃあダリア様の気持ちが踏みつけになっちゃうじゃないですか」


「……あそこまで自分を嫌ってくる相手に情けをかけて何になるんだか。それで?この後の宛はあるのかい?」


 命令、よくない。絶対。

 そう頑なに拒否した私の意を汲んでくれたお二人のお陰で交渉にこさせては貰えた訳だが、結局拒否されてしまったわけで。さて、どうするか。


『アモーレの花はね、神経異常や精神の病にも効能があるから、ある意味万能薬に近い薬草でもあるんだよね。だからすっっっごく高いんだって。えっと……僕の全財産で、足りる?』


 きゅるんっとお目目を潤ませて、くまちゃん型の貯金箱を差し出してきた夕べのテディの言葉を思い出す。


 ライアン王子が調べてくれたが、ティアーモと違いアモーレの花はガーデニア辺境伯領とその周辺の土地ならば市場にも僅かながら出回ってるそうだ。めっっっちゃくちゃ高いらしいけどね!


「うーん、やっぱり買うしかないんでしょうか……」


「買うにしてもその君達の貯金箱の中身だけでは到底花びらの一枚も買えはしないと思うが。そもそも唯一の売り場であるガーデニア辺境伯領に入れないのにどう交渉すると?」


 『それにそう言う希少な物は、どこか大きな商会に繋がりでもないと交渉すらさせて貰えないものだよ』、と呆れ顔のルイス様。

 商会……商会ねぇ、少なくともお父様はツテなんか持ってないな。あ、そうだ!


「王都で一番大きな商会って確かベルモンド商会ですよね!」


「あぁ、そうだけど、それが何……「私ちょっとやること思い出したんで失礼します!」あっ、こら!」


 ゲームのシナリオで出てきてたじゃん、そう言えば!行き掛けの馬車でお手製攻略本を確認し、飛び込んだ先は商業系ギルドのお仕事仲介場。


「すみません!ベルモンド商会が出している、国境沿いの森林での薬草採取のお仕事依頼を受けたいのですが!」


 ここには国内の様々な組織からのお仕事が難易度別に振り分けられて来ていて、一番簡単なEランクのお仕事なら日雇いバイト感覚で飛び入りで受けられるのだ!と、勇んで飛び込んだ私に、中にいた人々の視線が集中する。

 受付からこちらに出てきて私の頭から爪先までをまじまじ観察した屈強なおじさんに身分証を要求されたので学生証を出したら、何故か長ーい溜め息をつかれた。

 そのままひょいっと抱え上げられ、今くぐったばかりの入り口からそっと外に下ろされる。


「あのなぁお嬢ちゃん。確かにうちは基本誰にでも仕事の紹介はしてるが、そりゃあくまで本気で稼ぎが必要な奴が相手の場合だ。ここは嬢ちゃんみたいな貴族の姫さんが来るような場所じゃねぇのよ。さ、帰った帰った!」


 少し煤けた木製の扉がバタンと閉じられる。

 ゲームではヒロインもここであれやこれやバイトしてお小遣いかせいでたのに、何でだーっっっ!!!









 テディルートか、バレンタインの惚れ薬事件イベントの解決の流れは2パターンある。

 ひとつはライバルキャラであり解毒薬の材料を生産出来る領地の子であるダリアを(友人ルートとして)攻略して親友になり、彼女の協力でアモーレの花びらを手に入れるパターン。

 もうひとつがさっきギルドで張り出されていた、薬草採取のバイトを受ける流れだ。場所はベリアルとの国境沿いの森。貴重な薬草がたくさん手に入るけど、その中にアモーレはない。ただ、手に入れたはじめの薬草たちがわらしべ長者的なあれで最終的にアモーレの花びらに繋がるのである。だからダリアから拒絶されてる今、私はなんとしても、あの仕事を受けなきゃならないのだ!




 と、言うわけで。


「ルイス様!男の子用の服貸してください!!!」


「そんな危険極まりないことの為に貸すわけがないだろうこの阿呆!!」


 男装したら行けんじゃないかなと思ったけど拒否されてしまいました。そうだった、しかもルイス様は男装女装系に色々とこだわりのある方だったわ……。











「えー、男装が駄目ならどうしたら良いかなー」


「なんだ、また演劇にでも出るのか?」


 翌日は普通に学校だったので、悩みながらも授業を受けて、なんやかんやで迎えた放課後。そう私に声をかけてきたのは、両手にたくさんの教材を抱えたミシェルだった。


「ミシェル様!どうしたんですかそれ」


「あぁ、騎士科で座学の成績が悪かった者達の補習課題だ。気にするな」


 いやいや、そんな重たそうなのを女性一人で運んでるのみちゃったら気になりますって……!と言うわけで、せっかくなのでお手伝い。

 ついでに一緒に運びながらことの顛末を話したら、ミシェルがなにかを思い付いたような顔をした。


「話はわかった。要はそのギルドの者達に、ミーシャ嬢だと看破されなければ良いのだな?」


 頷いた私に、ミシェルが悪戯っぽく笑う。


「ならばやりようによって、如何様にも印象が変えられよう。どうだ、私にやらせてくれないか?」






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