第35話 材料集めは前途多難

「……と、言うわけで、頼みの綱であった解毒薬の作り方はわからなくなってしまったんだ」


 翌日、王宮の客間にて神妙な面持ちのライアンから告げられた事実に私達は落胆した。


(あぁぁぁぁっやっぱり!私昔っから嫌な予感て無駄に当たるんだよね!)


 そう内心嘆きつつ、豪奢なソファーの隅っこで小さく膝を抱えているテディの姿を見る。


 流石に凹んでるなー。いくら子どもとは言え、こんだけ事が大きくなってりゃちょっとは責任感じるよね。


 しゅんと俯いてるその頭に垂れた犬耳が見える気がして、所在なさげなその隣に腰かけてみた。てっきり突っぱねられるかなと思いきや、テディは一瞬ぴくりとしたものの特に逃げたりはしなかった。


 さて、どーしたもんかなー……。


 無くしたページの惚れ薬イベント云々の話は一旦おいといて、多分ゲームに沿うならば今のルートはルート未固定の同時攻略進行中って感じだ。

 どの攻略キャラも中途半端に好感度が上がっちゃって、ヒロインが誰に行くかわからず宙ぶらりんになっちゃってる感じね。だから私が『シャーロット様が好き!』って皆に宣言したのは、ダリアを安心させる他に今のこの状況を打破する目的があったりしたのだ。実際効果があるかはわかりませんけども。


 話は戻るが解毒薬のことだ。配合メモをジーニアス先生が燃やしてしまったとのことだが、実は私はそれの正確なレシピを知っている。何故ならばバレンタインネタ絡みで解毒薬を調合するミニゲームがあったから!


 好感度中途半端にして二股かけてると、テディのいたずらで攻略対象二人が惚れ薬盛られてライバルキャラに惚れちゃうんだよね。で、解毒薬は一人分しか作れないからどっちを取り返すか選べ!っていう……あ、今の状況これかもしかして!時期全然違うけど!!


「何を百面相しているんだ君は」


「ルイス様!」


 後ろからくいっと顔を上げさせられて、あきれ顔のルイス様と視線が重なる。私そんなひどい顔してたかな。


「ジーニアス養護教諭の沙汰は後できっちり下すにせよ、燃えてしまったものは仕方がない。予備の配合表や情報元となる薬学書はないのかい?もしくは必要な材料だけでもわかれば手には入るのではないかと思うんだけど」


 ルイス様の現時点で一番妥当なその提案に、テディは一瞬肩を跳ねさせてから首を横に振る。


(そうだよねー。レシピはテディのオリジナル。参考資料や予備のメモはあったとしても実家隣国だもんね。材料は材料で特殊だし……。そりゃ取りに行けないわな)


 それにあのベリアルに、この子の帰る場所はもう無いもの。


 さて、それより今は話を解毒薬の原料の方に誘導しないとね。


「あのー、惚れ薬の方にはティアーモの実が使われてるんですよね」


「あぁ、我が国の特産品のひとつで、一滴つけただけでその者の魅力を最大まで引き出せると吟っている香水の原料になって一気に市場価値が上がった果実だね」


「あぁ、それなら僕も知っているよ。数年前の夜会でぼ……いや、シャーロットがそれの販売元であるコロン商会の長から是非にと頂いていたからね」


「へー、そんな有名なんですか?」


「瓶も花や星などの装飾付きで華やかで香りの種類も豊富。更にティアーモの実の魔力の効果で本当に魅力が増す作用も証明されたからね。まぁ実際には美肌や髪質の向上、顔立ちの雰囲気が変わるのに加え魅了のような魔術効果も有ったようで、一時期はそれこそ知らないものは居ない位に流行していたよ」


 なんか思わぬアイテム情報が出てきたぞ。そんなのあるんだ。ゲームにはなかったし知らなかった!ちょっと興味あるかも?とワクワクしたけど、ライアン王子いわくその商会は脱税と特産品である筈のティアーモの種を他国に横流しした罪で解体させられてしまってもう無いんだそうだ。残念。


「なんだ、残念です。シャーロット様が貰った時のはもう無いんですか?」


「あんな物とっくに処分してしまった……と思うよ。それに、あったとしても使うのはオススメしないな。あれは効力が強すぎて香りに充てられた人間の暴走が見られて大変だったんだ。すぐにコロン商会がティアーモの亜種であるアモーレの花を使って効果を中和する別の香水を発明したから収束したものの……」


 当時いやな目にでもあったのか、ルイス様とライアン王子の目が死んでいる。

 そんな2人に苦笑しながら、私は笑顔で聞いてみた。


「それってつまり、その香水に使われたアモーレの実になら、ティアーモの惚れ薬を無効化出来る可能性が有るんじゃないですかね?」


「ーっ!!」


「……っ、お姉さん、見かけによらずいざって時鋭いよね」


 顔を見合わせたルイス様とライアン王子がハッとした様子になり、方やテディがいつになく低い声音で呻く。そう、惚れ薬の解毒薬の要となる材料はそのアモーレの花弁なのだ。

 まぁ、使う前に実はいかにも恋愛ゲーム的なある下ごしらえが要るんだけど……。


「確かにミーシャ嬢の言う通りだ。試してみる価値は十二分にあるな」


「そうだね、僕も同感だ。が……手に入れるにはひとつ、課題があるね」


「えっ、どうして?ティアーモより育てやすく花が多いアモーレ自体は、そんな珍しくないでしょ?」


 難しい顔の2人にテディが不思議そうに言うが、それはほぼ通年暖かいベリアル隣国の価値基準だ。アモーレは寒さにめっぽう弱く、冬がめちゃ寒いこっちの国、オンソレイエ王国ではある貴族の領地にしか育たない希少植物だったりする。


「そしてその唯一アモーレの育成に適した地を領地に持つのが、他ならないダリア嬢のガーデニア辺境伯家とは……何か起きないわけがないな」


 そのルイス様の呟きに、どこか重たい沈黙が落ちる。


 ダリアが私達を自領に入れることを良しとするかどうか……それが問題だ。





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