第34話 嫌な予感ほどよく当たる

「そこに座れ」


 とりあえずイアンはしばらく学園をお休み。その間は“療養”の呈で自宅にて待機させ、誰とも接触させないことになった。そして当面の方向性を他にも大まかに話し合い、皆が解散した後。

 人払いした客間に二人きりになるなり勢い良くテーブルに手をついたルイス様の一言に、緊張しながらもソファーにかける。そして私が着席したのを皮切りに、ルイス様の怒りは爆発した。


「一体何を考えているんだ君はぁぁぁぁっ!!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!他に思い付かなかったんです!!」


「いくら被害者であるダリア嬢を安心させる為とは言え、あんな……」


「ルイス様!!」


 先程の私の『シャーロット様女性の方が好き』発言を思い出したのか、天井を仰いでよろけたその身体を支える。あぁぁぁぁ、本当にあっちにもこっちにも迷惑かけまくりで申し訳無さすぎる……!でも、今の最優先はやっぱりイアンを正気に戻すことだ。


「ダリア様以外の今日の出席者の皆さまと当事者であるシャーロット様には、後日改めて嘘であることをお伝えして私から謝罪します。だからどうかしばらくの間は協力して頂けませんか?お願いしますルイス様!」


 頭を下げているのでルイス様の表情はわからない。けれど、しばらく間をおいた後、静かに『仕方がないな』と言う一言が返ってきた。


「まぁ騒ぎが大きくなってテディ・アルトリア……基、テッド・ベリアル第9王子の正体が明るみになるのは僕らも困るからね。解決するまでは君の馬鹿げた作戦に乗ってあげるけれど、くれぐれも暴走して余計な真似をしないこと!いいね!?」


「了解です!」


 それから、今までみたいにルイス様とシャーロット様が日替わりしてると情報の共有が難しい事から、解決の目処が立つまでは学園にはルイス様だけが来る事になったそうだ。

 今、ライアン王子立ち会いのもとでテディがジーニアス先生に解毒薬の配合メモを返してもらいに行ってるけど、ちゃんと受け取れたかな……。何かあの先生危なっかしいし、また何か起きてなきゃ良いけど。














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 扉を開けた途端、雪崩を起こした書類の束と足の踏み場もない室内にテディは唖然とし、ライアンは苦笑混じりに家主であるジーニアスを嗜めた。


「学園の生徒、教師の健康管理を任されて多忙な身とは言え、普段の貴殿の性格では考えがたい状況だね……。溢れているのは必要なものばかりだし汚れ等は溜まっていないようだけど、これではどこに何があるかわからないのではないかな」


「はは、お恥ずかしながらライアン殿下のおっしゃる通りで……。先週までは一時的に助手が居たのでまだ落ち着いていたんですけどね。あ、何かおもてなしは……」


「あくまでここは学園の敷地内であり、我々も一生徒に過ぎない。気遣いは結構ですよ、必要な物だけ頂ければ退席します」


 控え目に申し出たジーニアスの提案に即座に、ライアンは態度を“生徒”に切り替え断った。それを受けたジーニアスは、備え付けられている小さな暖炉に赤い小石を放り込み火を付ける。


「わかりました。しまいこんでしまったので探すのに少しかかるかも知れませんから、暖炉だけつけておきましょう。今日は冷えますから」


 『ゆっくりしていて下さいね』と笑って、ジーニアスが惚れ薬と解毒薬のメモを求め研究室の奥へと消える。二人きりになると、それまで無言であったテディがようやく口を開いた。


「……ねぇ、何でわざわざついてきたの?」


「それはもちろん監視の為さ。一度この私に惚れ薬を盛ろうとした豪胆な少年を野放しにして、何か起きては困るからね」


 淡々としたその返答を、テディは『嘘だ』と思った。だって、いくら害のない物であれ王族に一服盛ろうと試みた自分は、下手したら大罪人。それを王族自らが監視するなどあり得ない。目的はなんだと無駄に整った横顔を睨み付けるも、ライアンはただ朗らかに微笑みを返すのみ。


(まさかこいつ、僕の正体に気づいてる……?いや、まさかね……)


 考えていたら頭が痛くなってきた。水を貰おうとしたが小柄なせいでグラスまで手が届かないテディを見て、ライアンがそれを取り水まで注いでくれる。

 面食らったが一応お礼を述べれば、ライアンは『下の子を見るのには慣れているからね』と優しく兄の顔をして笑った。


(……っ!なんだよどいつもこいつも、調子狂うな)


 貰った水を飲み干して、モヤモヤした何かを飲み込んだ。と、そこでジーニアスが片手にヒラヒラと紙切れを持ちながら二人の方へと戻ってくる。


「あ、殿下ー!」


「はい!」


「なんだい?」


「……?あの、ライアン殿下をお呼びしたのですが……?」


 怪訝そうに首を傾げるジーニアスに、テディはしまったと自身の口を手でふさいだ。そんな様子には目もくれず、ライアンが淡々とジーニアスに受け答え始める。


「考え事をしている時にいきなり呼び声がしたから反射的に答えてしまったんだろう。それより、例の配合メモと言うのはそれかな?」


「あぁ、はい。特に汚れもないし、きちんと見つかって良かったです。お渡ししま……うわっ!!」


「えっ!ちょっ、先生!!?」


 渡すようにと右手を差し出したライアンに向かい歩きだしたジーニアスだったが、探し物中に乱れた長い白衣の裾を踏んで思い切り体勢を崩してしまった。

 ライアンは反動で崩れてきた荷物を咄嗟に受け止め、テディは頭から床に激突しそうなジーニアスの腕をあわてて掴む。

 そして、転んだ反動でジーニアスの手から宙に舞った解毒薬の配合メモは、ひらりふわりと数回揺れて、燃え盛る暖炉に落下して消えた。

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