第31話 ティーパーティーは疑惑の香り・前編

 乙女ゲーム、異世界ファンタジー、スパイキャラと来てそいつが薬師だったとき、起こりがちなイベントが二つある。


 ひとつは未知の病気の流行だ。大抵実はこの大流行の原因にスパイキャラが一枚噛んでいて、特効薬を作れるのもそのキャラだけ。そこでヒロインが彼を攻略出来ていれば改心→薬を使って疫病を終わらせ罪を償い、その後二人は結ばれる。ご都合強引ハッピーエンド。


 もうひとつはファンタジー世界ならでは!恋愛ものにはある意味定番!!惚れ薬イベントである。もちろん疫病だって大問題なんだけどこっちがこっちで厄介なんですよ。何せ“誰が飲まされたか”で展開が丸きり変わっちゃうから!


 パターンとしてありきなのは、

 ①ヒロインの好きな(ルート突入中の)攻略キャラが飲まされ別の子に惚れてしまう→解毒、または愛の力で正気に戻してラブラブルート。

 ②ヒロイン自身が飲まされ他の男に誑かされる→嫉妬した攻略対象が自分のヒロインへの好意を自覚&告白イベント勃発→両想いend。

 ③既にヒロインと誰かが両想いもしくは両片想いの場合、丸きり関係ない第三者が飲まされ二人の間に割り込む→横やりに負けず愛を貫き、更に絆が深まりハッピーエンド。

 ……と、まぁこんな感じなんだけどぉ。


「どれもあくまでヒロインと誰かの間に恋が先に芽生えてる前提なのやめてよ!こちとら恋に恋すら出来てないお子ちゃまじゃい!!しかもなんでテディの攻略ルートの惚れ薬イベのページだけ抜けてんのーっ!!!!!」


 無駄に広いベッドで地団駄を踏みながらゴロゴロと転げ回った。


 テディはキャラの特性的に薬関連だけで大きなイベントが三つもあるから念入りに書き込んでた筈なのに!と、ページが飛んだお手製攻略本片手に自室を引っ掻き回す。あぁぁぁぁ、見つからない!!


「ページがちゃんと綴じれてなくてどっか飛んでっちゃったのかな……」


 どうしよう。ヒロインが妙な薬飲まされるイベントは他にあるから多分惚れ薬を盛られるのは私じゃないにしても、メインキャラ大集合の今日のお茶会なんて薬盛るには絶好の機会じゃん?しかもメンツが結ばれたばっかのラブラブカップル、お互い恋愛感情なしの偽造婚約者、片方から好意一方通行の不安定幼なじみペアときた。誰が飲まされたとしても修羅場な予感しかない!


「こうなったらお茶会は仮病ですっぽかすしか……!」


「お嬢様!いつまで寝ていらっしゃるのですか、そろそろお支度を始めませんと遅刻してしまいますよ!」


「ひぇあっ!」


 やばっ、びっくりして変な悲鳴出た!口を塞ぎながら振り向いた私の前に仁王立ちして、メイド長のニィナおばさまが可愛いドレスを付き出してくる。


「この通り、お召し物の準備は万端で御座いますから。さぁお嬢様、お着替えを!」


「やっ、ヤダ!私今日のお茶会行かないから!」


 叫んでベッドの天涯を身体に巻き付けるように隠れる。ビキッと額に血管を浮き上がらせたニィナの叫びが、麗らかな朝に雷を落とした。


「な、に、を……ふざけたことを言っていらっしゃるのですか!!!!王室からのご招待に拒否権があるわけ御座いませんでしょう。観念してお支度なさいませ!!!」


「きゃーっ!!!」


 こうしてニィナの逆鱗に触れた私はあれよあれよと身ぐるみ剥がされ、とってもスチルで見た覚えがあるドレスと髪型に彩られ馬車に放り込まれてしまったのだった。













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 一方、こちらはお茶会の会場である王宮の薔薇園。

 今日の為に設けられた美しいガラスの円卓には、既にミーシャ以外の全員が揃っていた。テディは出席しているが顔色が悪く、ひどくふて腐れたまま顔すらあげやしない。


「皆、今日は唐突な招待だったにも関わらず来てくれてありがとう。短い一時だけれど、有意義な時間になることを期待しているよ。ミーシャ嬢は体調が優れないらしくて遅れてくるみたいだけれど、開始時刻だし先に始めようか」


「まぁ!他ならない殿下から直々のご招待で遅刻だなんて!非常識極まりないです!」


「だ、ダリア嬢、ひとにはそれぞれ事情がありますから」


 意気軒昂とミーシャへの不満を口にしたダリアを、困り笑いのイアンがなだめる。


 そんな空気にも動じず穏やかに語りながらライアンが指を鳴らせば、控えていた従者達が紅茶が満ちたポッドと角砂糖の坪にミルクピッチャー、更に色とりどりのシロップに満ちた小瓶を出席者達の前に並べ始めた。

 そもそも茶会自体にあまり縁の無いブレイズとミシェルが、不可思議そうに小瓶を揺らしながら主催者のライアンに問い掛ける。


「ライアン殿下、こちらの小瓶は?」


「あぁ、今日のお茶はジーニアス教諭が特別に調合をしてくれた物でね。そのままでも良いが、それらの抽出液を入れるとまた違った味わいを楽しめるそうだよ」


 ライアンの説明にテディはピクリと肩を跳ねさせ、他の者は物珍しさから興味深そうに気になった小瓶へ手を伸ばす。


(なーるほど、何であんな時間に校内医が調薬室に来たのかと思ったらお茶のブレンドしに来てたんだ。はぁぁ、そんなんで完成した薬はもちろん調合割合のメモまで没収されちゃうなんてついてなーい!お姉さんもまだ来てないしー……退屈)

 

 そう拗ねているテディがあくびを噛み殺した時、身なりだけは可愛らしく整えたミーシャが城の従者に案内され現れた。


「ライアン殿下、ならびに皆様、遅れてしまい申し訳御座いませんでした」


「本当ですよ!貴女は本当に礼儀ってものを知らないんでしょうか!!」


「やっ、やめて下さいダリア嬢!」


 やはりと言うかなんと言うか、真っ先にダリアがミーシャに突っかかり、“王子と公爵令嬢のお気に入り”であるミーシャにこの態度は不味いと青ざめたイアンが止める。そんな騒ぎのなか立ち上がったのは、それまで沈黙を貫いていたシャーロットだった。


「まあまあ、具合が悪かったのであれば仕方ありませんでしょう。事前連絡も謝罪もきちんと頂きましたし。それより、まだ少し顔色が優れないのではなくて?茶会の前に一度お医者様に見て頂いた方が宜しくてよ」


 『ついていらっしゃいな』と立ち上がったシャーロットについていくべきか否か決めかねて狼狽えるミーシャに、すれ違いざまが囁く。


「話がある、良いから黙ってついておいで」


「ーっ!!」


「どうされましたの?参りますわよ」


「は、はい!」


「あっ!待って!ちょうど薬も色々持ってるし僕も行く!!」


 今しがた到着したばかりだが、シャーロットに扮した“ルイス”についてミーシャが立ち去り、更には平民である筈のテディまで二人に次いで居なくなった薔薇園には、少々困惑した空気が流れる。

 それを払拭するように、ライアンが然り気無く話題を茶に戻した。


「全く、シャーロットは相変わらず気に入ったものには過保護で困ってしまうな。さあ、私達は先に頂こう。せっかくのお茶が冷めてしまうよ」


 本来公爵令嬢であるシャーロットが中座した今、彼女より下位の令嬢達は先に飲食を始めることは出来ないのだが……他ならぬ主催者であり王族のライアンが許可を出した事もあり、戸惑いながらも皆茶器に手を付け始めた。

 しかし女性陣はやはりまだ戸惑いがあるようで、自然と男性が先にポッドからカップに茶を注ぎ始める。雑談も交えながら、適当に目についた小瓶にも手を伸ばした。


「色とりどりで本当に綺麗ですね、飲んでしまうのが勿体無いくらいです」


「そうだな!俺は普段こんなこじゃれた飲み物には縁が無いから楽しみだ!」


「実は私も普段コーヒーの方が多いので紅茶は馴染みが無いんですよ。シロップも甘い良いかおりがしますね、果物か何かでしょうか?」


 一番手近にあった桃色の小瓶の中を覗きながらブレイズと談笑するイアン。そんなイアンを見つめ浮かない表情をしているダリアに、ミシェルが小声で話しかける。


「ダリア嬢はイアン殿を慕っているのだな。だから彼と接触したミーシャ嬢を目の敵にしているのか?」


「……っ!と、当然です。婚約者なんですから。それに、あの子の行動は正直目に余ります!どうせ物珍しいからと近づいてくる男性が多いからと調子に乗って、より格の高い男性と懇意になろうとしてるんでしょう。私はそんな浅ましい方からイアン様を守ろうとしているだけです!」


 そう怒りながらケーキを口にするダリアにかつての自分を重ね、ミシェルは若干気まずく思いながらも苦笑混じりに言葉を繋いだ。


「ダリア嬢、言葉を返すようだが、ミーシャ嬢はそんな打算的な娘ではない」


「ーー……っ!根拠もない信頼はただの独りよがりですよ」


「いや、信頼と言うより、あの子にそんな裏を読むような悪知恵はないだろうと言う話だ」


 苦笑したままのミシェルの言葉に、ダリアは一瞬だが『確かに』と内心で同意してしまった。そんなダリアに、ミシェルは続ける。


「実は私もミーシャ嬢達がブレイズと接触した際は酷く失礼な態度を取ってしまってな。今でも反省している。だが、ミーシャ嬢とシャーロット様は勘違いからの私の暴挙を不問にしてくださったどころか、私と彼の仲を繋いで、婚約した事を心から祝福までしてくれた。それに……ミーシャ嬢は、まだ“恋愛”と言うものに実感が無いそうだ」


 つまり、イアンに惚れて近づいたわけではない。それが理解出来たダリアは、静かにミシェルの声に耳を傾けている。


「確かに彼女は変わっている。だがそれは、打算と偽りと利害の関係ばかりの貴族社会に居ながら、ミーシャ嬢がただただ己の心に正直に生きて居るからなのだろう。だから、魅力的に映るのだろうな」


「ミシェル様は、少々あの子を好意的に見すぎでは?」


「そうか?まぁ、馬鹿な子ほどなんとやらと言うだろう」


 そうあっけらかんと笑って、ミシェルがふと真面目な表情に変わる。


「まぁとにかく、私から言えるのは『勘違いによる色眼鏡を外して一度正面からあの子を見てみろ』。これだけだ」


 静かに言い切ったミシェルが、お茶を求めて立ち上がる。

 すっかり冷めきったカップの中を見据え、ダリアはひっそりとため息を溢した。


(そんなことを言われても。イアン様にまで捨てられてしまったら、今度こそ私は……)






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