第32話 ティーパーティーは疑惑の香り・後編

 連れていかれた先はお抱え医師の診察室……な訳がなく。防音魔法のかかった談話室だった。三人で中に入り鍵をかけるなり、淑女シャーロットの仮面をかなぐり捨てたルイス様がすごい形相でこちらを睨み、ぴぃっと小さな悲鳴を上げたテディが私の背に素早く隠れた。自分でついてきた癖に……。


「君は一体何を考えているんだ!ライアンが機転を聞かせて体調不良と言う呈を取ったから良かったものの自分より目上の者ばかりが集まる場に遅刻だなんてもっての他だよ。君は只でさえ学園にとって異端なんだ、己の立場を悪くしない為にも少しは行動を考えたらどうだい!?」


「はい、ごめんなさい。気を付けます……」


 来る前はパニックでそれどころじゃなかったけど、冷静になってみれば自分の行動が他人から見れば大問題なことがよくわかる。ルイス様の言い分は最もだ。

 頭を下げた先で、若干落ち着いたらしいルイス様のため息が聞こえる。


「はぁ…………、まぁいい。反省もしているようだしね。それで?何か異常事態でもあったの?」


 理由、聞いてくれるんだ……。

 ちょっと内心驚きつつ事情を話そうとしてハッとなる。そうだ、惚れ薬!!!


「あの、今日のお茶会のお菓子とか紅茶って、参加者からの持ち寄りとかじゃないですよね!?」


「持ち寄り……?あぁ、献上品と言うことかい?それはないよ。今回はあくまで“招待”だ、食品等は全て王家側が用意してくれている」


 その返答にほっとしつつテディを見下ろせば、どこかおもしろく無さげにむくれた頬と揺れるアホ毛が目に入る。

 そのつやつやのほっぺたをミョーンと両サイドから引っ張った。


「いっいひゃいいひゃいいひゃい!ちょっと、可愛い僕の顔に何すんのさ!」


「今あんたちぇって顔してたでしょ。テディは薬の調合が得意なのよね?本当は今日のお茶会でなんかイタズラでも企んでたんじゃないの?」


「ーっ!!」


 腰に手を当て顔を覗き込みながらカマをかければ、あからさまに泳ぐ水色の瞳。怪しい……。

 ルイス様も訝しいと思ったのか、室内に重い沈黙が落ちる。それに耐えきれなくなったテディが、ぶすくれながらも白状しだした。


「……ちぇっ、何でこんな鋭いんだよ。野生の勘?」


 失礼な、そこはせめて女性の勘と言ってほしい。……が、やっぱりテディはこの世界にしか無い魔法の果実、“ティアーモの実”を使って調合した惚れ薬で、ライアン殿下にシャーロット様以外の令嬢を見初めさせようとしていたそうだ。

 罰が悪いのか徐々に尻つぼみになっていく自白を聞き、ため息をついたルイス様が天井を仰ぐ。


「いくら毒物では無いとは言え一国の王太子に一服盛ろうとするとはなんて不敬な……。それに何故そこで“シャーロット”が出てくるんだ」


「だ、だって!あんたが僕に意地悪して厳しくしごくから!!腹いせにあんたの妹の恋を邪魔してやれって思ったんだもん!!でも実際来てみればお茶会にはルイスの方が来てるし薬自体も調合配合のメモもここに来る前に校内医に没収されちゃったんだからもう良いじゃん!」


「はぁ!?」


「……テディ、貴方いい加減に」


 なるほど、テディは私と同じくシャーロット様がライアンを好いていると勘違いした上で、シャーロット様を傷つけ間接的にルイス様にもダメージが行くようにとこの計画を立てた訳だ。しかしこの態度は良くない。お説教の為口を開きかけたその時、廊下が急にバタバタと騒がしくなった。


「あぁっ、お待ちください医師様!いくら学園教師の方でも許可なく王宮を動き回られては困ります!」


「無礼は百も承知ですが緊急事態なんです、許してください!!ライアン殿下主催の茶会の会場はどちらですか!!?」


 そんな会話をしながら突き当たりであるこの部屋に飛び込んできたのはジーニアス先生だった。メガネはずり落ち髪も白衣も乱れまくったその姿に何事かと顔を見合せ、ルイス様が代表して先生に声をかける。あ、あくまで公爵令嬢シャーロットさまとしてね。


「ご機嫌よう、ジーニアス様。本日は休暇にも関わらず如何なさいまして?」


「あぁシャーロット様、ミーシャさんにテディ君まで!じ、実は……」


「「「実は?」」」


「テディ君から没収した惚れ薬の小瓶が、今日のお茶会に献上したブレンド茶とシロップの中に紛れ込んでしまったみたいなんですぅぅぅぅっ!!」


 大の大人の顔面蒼白な告白に、目が点になる私達。な、なんだってーっっっ!?













「何をどうしたらそんな失態をやらかすのですか!!」


「申し訳ありません!彼から没収した薬を机においた後、急いで茶葉やシロップの選り分けを同じ台上で行ったせいで紛らわしかった様で……!」


 更に聞けば、茶葉セットその物は先生自身じゃなく受け取りに来たライアン殿下の従者が行ったそうだ。そんな状況で見た目はほぼシロップと変わらない小瓶があれば、それもセットだと思い込んでしまっても仕方ないとは思う。


「私がついた時テーブルに並んでたカラフルな小瓶がそうですよね?でも普通王族貴族がいる席に出すものならちゃんと毒味とかするんじゃないんですか!?」


「ティアーモの惚れ薬は口にして始めに目にした異性に問答無用で激しい恋慕の情を引き起こす妙薬です。男性しか居ない場で行われた毒味の際には効果が発動しなかったのでしょう」


「そんなのありです!?もーっ、てかテディはなんで気づかなかったのよ!」


「だって僕ずっと拗ねて下向いてたからテーブルの上見なかったんだもん!それにまさか先生に取り上げられたもんがこんな形で巡ってくるなんて思わないじゃん!」


「まぁそりゃそうだ!!!」


 この際マナーがどうとか言っていられない。情報共有をしつつ全力失踪で戻った薔薇園では、正に惚れ薬であるピンクの液体が注がれたミルクティーをイアンが口に運ぼうとしている所だった。


「ライアン殿下!ダリア嬢はどちらへ!?」


「イアン殿がジーニアス教諭の茶葉を称賛していたことが気に食わなかったんだろう。今しがた、『私もお茶には多少煩いんです。イアン様に最適な物を淹れて参ります』とミシェル嬢を手伝いに連れて席を外したけれど……どうしたんだい?皆してそんなに血相を変えて」


 あぁぁぁぁっ、せめてイアンが惚れる相手が婚約者であるダリアならまだ話がややこしくならずに済んだのに!!いや、そんなことより……


「イアン様!それ飲んじゃ駄目!!!ブレイズ様、止めて下さい!」


 そう叫びながら駆け寄れば、流石は現役騎士。良くないものが茶に混ざっていると瞬時に察したブレイズが、隣の席のイアンの手からティーカップをはたき落としてくれる。口に含んだ分も吐かせようとかなりの強さでブレイズの手がイアンの背を叩き、イアンは椅子から落ちたまま盛大に咳き込んだ。


(うわぁ、流石の馬鹿力……。でもナイスですブレイズ様!)


 内心でそうブレイズを称えつつ、まだむせているイアンの前にかがみ水を差し出す。こんだけ盛大に吐き出してるし、惚れ薬は飲み込んで居ないだろうと判断したからこその行動だったのだけれど、イアンが顔を上げる前に気づいた。ティアーモの実の色である鮮やかなピンク色の惚れ薬の瓶が、ほとんど空に近い状態であることに。


(ま、まさか……これが一杯目じゃない?)


「イアン様!?ミーシャさん、イアン様に一体何をしたんですか!」


 そこにタイミング悪く戻ってきたダリアの怒声が響くなか、ゆっくり顔を上げたイアンの瞳がはっきり私を写して揺れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る