第30話 『可愛い可愛い僕のお話』

 僕にはお母様が11人居た。

 と言ってももちろん実の母は一人だけで、後は皆ただ国王である父に嫁いだ方達と言うだけの話。王妃様がお一人。僕と妹の母や他の妃の皆様が暮らす華やかな施設が“後宮”と言われるあまり好意的に見られない場である事を知ったのは、物心ついてすぐに王妃と王妃の実子である兄に侮蔑の眼差しを向けられた時だった。


 王妃様は気高く冷徹で美しかったが、あまりの気位の高さと悋気の激しさに父上は辟易していたと言う。それを見事癒し安らぎを与え、持ち前の愛らしさを武器に後宮入りを果たしたのが僕らの母だ。


『良いこと?私の天使達。生き物にはね、種の保存の為弱く愛らしい者を守り愛する本能があるの』


 天女だ女神だと持て囃されまさしく社交界の花として生きてきた母は、己の美貌を受け継いだ僕らに“可愛さ”と言う武器を生かす術を徹底的に叩き込んだ。お陰でずいぶん賢く生きられているし、可愛い自分を気に入ってもいる。だけど。


(僕だって、男の子なんだけどなー……)


 僕を男として扱ってくれるのは血の繋がった妹だけ。その妹も、僕とは真逆の長身で声も低く腕が立つ隣国の王太子に恋をした。

 妹を溺愛している王は、丁度他にもいくつかオンソレイエで細工をしてきて欲しい件があるからと、これ幸いに僕をこの国に送り付けた。この時、僕は思ったんだ。


(可愛いって最強だ。だって中身が空っぽだから、傷つくリスクが無いもんね)


 ほら現に、僕を可愛い可愛いって持て囃す人達みんな、誰も僕を叱ってくれないでしょ?


 本当にそう思ってたんだ。つい、この間まで……。














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「『誰も叱ってくれないのが寂しい』なんて一時でも思ってた僕が馬鹿だったよ!あんの腹黒女装野郎、侯爵家で背も高くて顔立ちが良くて素はかっこ良くて女装すれば完璧な美人だからって調子づいてこの僕を容赦なくしごくだなんてーっ!!!」


 ぷんすかと可愛らしく怒りながら歩いて居たテッドは、辺りに人気が無いことを確かめてから調薬室へと忍び込んだ。そして鞄から自前の器具と、学内の薬草園から(無断で)拝借した薬草を慣れた手付きで並べていく。


「ふふーん、原液の色味も良い感じ!ベリアルには材料が無かったし皆僕にメロメロだったから作る必要なかったからなんて初めて作るけど、さっすが僕!天才!!」


 自画自賛のように聞こえるが、実際彼には薬師の才があった。既存の調合が難しい薬を容易く会得してしまうのはもちろん、これまで特効薬の無かった病に効く調合をも見つけ出してしまうその才は正に天からの贈り物と言って良いだろう。

 実際母国では、テッドが開発した新薬で終息した疫病が何種もあるのだ。


 しかしそんな天才が今、『淑女教育で散々しごかれたから』などと言う逆恨みこの上ない理由で、この世の理に反した妙薬……『惚れ薬』を作り出そうとしているなど、誰にも想像は出来ないだろう。


 予め地道に抽出しておいたいくつかの薬液を、数敵ずつ慎重に合わせていく。五種類目の薬液を加え乳白色に変わったそこに鉢植えからハート型の二連の実を摘み取って落とす。

 シュワッと軽い音をさせ果実が溶け消えれば、ガラス瓶の中の薬液は鮮やかなピンク色になっていた。香りは甘い果物のようで、計算通りならば苦味やえぐ味のような雑味もない筈。甘味や紅茶に入れ込めば気づかれない筈だ。


(これを今日のお茶会の席でライアン王子に飲ませた後、シャーロット嬢以外の令嬢を最初に見せれば王子はその女に惚れる。女装してまで護りたい可愛い妹が愛する男の不貞を目にして傷つく姿を見て苦しめ、ルイス・ハワードめ!!)


 ただ、机の前でふんぞり返り高笑いしたのもつかの間、一瞬よぎる罪悪感。


『具合悪いの?大丈夫?』


 こちらの事情なんて何も知らない癖に、何のてらいもなく正面から向けられた優しい眼差しを思い出す。あの公爵令嬢を心から慕っている彼女は、この企みが成功した時々どんな顔をするだろうか。


「……っ!何迷ってんだろ、馬鹿馬鹿しい!大体惚れ薬なんて父上から命じられた例の仕事に比べたら断然可愛い方じゃん!さっ、そろそろ時間だし行こーっと」


 モヤモヤする気持ちを誤魔化すようにブンブンと頭を振ってから、勢いよく廊下へつながる扉を開く。そして、後悔した。


 にこやかに笑みを浮かべた校内医のジーニアスが、仁王立ちでそこを塞いで居たからだ。


「テディ……いや、テッド・アルトリア君?ここは特定の学科か研究室に所属している生徒以外立入禁止の場所になるんですが、知っていますか?」


「え~っ、そうだったんですかぁ?僕全然知らなくて!面白そうなものがいっぱいでつい入っちゃったんです。ごめんなさい!」


 大きな瞳をうるうるさせペコッと頭を下げるその愛らしさに絆され……たりせず、ジーニアスは然り気無く立ち去ろうとしていたテディの頭を鷲掴みして呼び止めた。


「だとしたら、どうして我が国の特産品であり学院薬草園にしか存在しない筈のティアーモの実がここにあるんでしょうか?不思議ですねぇ」


 淡々とした口調が逆に怖い。冷や汗を流すテディに、ジーニアスは無情に声を張り上げた。


「薬学に長けている君ならこれがどんな効能を持つかわかっているでしょう!今すぐそれを寄越しなさい!!!」


「えぇぇぇっ、せっかく作ったのにぃぃぃぃっ!!!」











「ジーニアス教諭、頼んでいた物は出来ていますか?」


「これはこれは、わざわざ宮殿から取りにお越しいただけずともこちらからお届けしましたのに」


宮殿からの使者に苦笑いで応じたジーニアスの言葉に、使者の男も穏やかに微笑む。


「いえいえ、教諭の調合した茶葉は味はもちろん、高い薬効で今やひとつのブランドですからな。実は我々もひそかに憧れておりまして……。だからこそ今回、茶会の席には是非と貴方の茶葉を勧めたのですよ」


「それはそれは……生粋の貴族である皆様にお墨付きを頂けるとは、恐縮です。茶葉とフレーバーのシロップはそちらの机に用意してありますのでご自由にお持ちください」


 『今作業で手がこんな状態でして』と真っ黒な手のひらを広げて見せたジーニアスに苦笑して、初老の男は指示通り持参したかごにテーブルに並ぶ茶葉の缶と色とりどりのシロップが詰まった小瓶を詰めていく。最後に一番端にポツンとあったピンクの小瓶を隙間に入れて蓋を閉じ振り返ると、部屋主は声をかけるのも憚られる程忙しそうで。

 パタパタと忙しなく働いているジーニアスに会釈して、男は茶会の会場である王宮へと帰って行った。






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