第29話 私はヒロインなのであって断じてスパイではありません

  不安しかないまま始まったジーニアス先生のお手伝い習慣だが、思わぬ収穫があった。

 生徒の健やかな心身のサポートを仕事としている学内医師は、カウンセラー的なポジションでさまざまな生徒から相談を受けたり愚痴を聞いたりしている。つまり、この人めちゃめちゃ情報通なの!!!


「あぁ、ベイリー侯爵家とガーデニア辺境伯家のご当主は学園生時代からの親友同士だそうで。ダリア様は生まれながらにベイリー侯爵家の嫡男に嫁ぐべくそれはそれは厳しい教育を受けていたそうです。しかしダリア嬢が学園に上がるより先にマークス・ベイリーは同級生の公爵令嬢に入れあげ彼女との婚約を一方的に破棄。しかしマークスはその女性に拒絶され愚かにも再び幼いダリア嬢にすがろうとした。結果長男は侯爵の逆鱗に触れ勘当、次男であるイアン様がお詫びもかねダリア嬢と改めて婚約をなされたのだとか……」


 とか。


「シャーロット様がライアン殿下の婚約者候補として注目を集め始めたのは10才の時だそうですが、その以前にはライアン殿下と相思相愛であった別の少女が居たのだそうで。しかし少女は病弱で幼いまま鬼籍に入り、結果的にシャーロット様が後釜におさまられたのだと聞いています。しかし未来の王の婚約者の座を狙っていたお嬢様方はそれが大層お気に召さないようですね」


 とか。


「テディさんは植物観察と調薬が趣味だそうで、ここ半月は学園所有の薬草園に入り浸っているそうですよ」


 や、後は。


「ブレイズ様はミシェル嬢と婚約されてから鍛練の種類を増やしたようで、最近は休暇の度近衛騎士団の宿舎に稽古を受けに行かれていますね」


 みたいな、各キャラの裏事情から現在の出没エリア情報とかね。逐一事細かに教えてくれちゃうこの感じ。妙な既視感があるのよね……はっ!


(これ、アレだ。恋愛ゲーム随一のご都合ポジション、“サポートキャラ”……!!)


 まぁ実際にはゲームにジーニアス先生居なかったしサポートキャラは別に居たけどね。とにかく他にも彼らのお気に入りの場所とか趣味なんかも聞けたから、お手製攻略マップがさらにパワーアップしましたとさ。


 そんな有意義な一週間は意外とあっという間に過ぎ去り久しぶりに放課後すぐに帰ろうとしたら、白いハトが封筒を咥え我が家の馬車にとまっていた。


「何故にハト……?あ、でもこれ王家の蝋印だ」


 私が封筒を受けとるなり、ハトは何食わぬ顔で空に飛び立っていった。一昔前の選挙のポスターのようだ。


「さてさて、手紙の内容は……?」


 無駄に砂金なんか練り込まれちゃってキラキラした蝋を剥がす。ヒラリと中から出てきたのは、ゲームの全キャラ大集合のお茶会への招待状だった。













「ライアン殿下!これ一体どう言うことですか!!?」


「お、来たね?どうだいルイス、私の予想した通りだったろう」


「…あぁ、どうやらまだ躾が足りていないようだね。いくら動揺しているとは言え王太子の私室にノックすらなく飛び込むとは……と言うか、従者達も何故入れた?」


 『私が彼女の好きにさせるよう言ったんだよ』と胡散臭い笑顔を浮かべたライアン王子があらかじめ用意されていた円卓の空席をすすめてくる。さてはわざと呼びつけたな、このタヌキめ!!


 すごく愉快そうなライアン王子と真逆にしかめっ面をしているルイス様の間に腰かけた。


「それで、どう言うことかご説明頂きたいんですけど!」


「どう、とは一体なんのことかな?私はただ、丁度中間の学年で自由の効く今こそ互いに親睦を深めるべきだと席を設けただけだよ」


「だったらなんですかこの人選は!!」


 主催者のライアン王子にシャーロット様と始まり、ブレイズやミシェル、イアンにダリア、しまいには私とテディまで!!

 特にテディはいくら隣国の王子でもこっちには“平民”として潜入してきてるのよ。いくらなんでも王族貴族の茶会にぽーんと呼び出しなんて普通じゃない、あり得ない!!


「第一、テディは……っ「現在我が国に何かと縁を欲している西の隣国・ベリアルの王族だろう。そんなことは知っているとも」はい!?」


 サラッと言われて面食らう私に、ルイス様が『王家と公爵家の情報網を舐めないことだ』と静かに付け足す。わかっててテディにあの対応だったわけ!?腹黒親友コンビこっっっわ!!


「さて、ベリアルと我が国は元々付かず離れずの友好関係を保ってきたが、ここ5年間はあちらから我が国への媚が凄くてね。その折の王子の潜入だろう?何かあるとは勘ぐっていたよ」


「はぁ、そうですか……」


 いや、私も知ってたけどね。ゲームのシナリオ通りだし。


 そう気のない返事をした私に、ライアン王子がゾッとするほど柔らかい笑みを浮かべた。


「しかしまぁ……ブレイズとミシェルの時と言い今回と言い、君は見事なまでに私が解決したい問題に起因する人物と縁を繋いでくれるね。何か心当たりはあるのかな?」


「ーっ!?」


 意味深に目を細めた笑顔で顔を覗き込まれて、勢いよく後ずさる。もうヤダこの人、怖い!!!

 と、思ったら、立ち上がったルイス様が私を自分の後ろに隠すように間に割って入ってきた。


「止めないかライアン、ミーシャ嬢が怯えるってよっぽどだぞ」


「ふふ、ごめんごめん。本題に入ろうか」


 そうでした、私はお茶会の趣旨を聞きたくてここに来たんでした。素直に座り直した私達の前の円卓に、ライアン王子が我が国周辺の地図を広げる。


「我が国は四方を異なる大国に囲まれた立地だが、後ろ楯である北の国ディアマンの力と、他の三か国との同盟締結により太平の世を保ってきた。しかし、人間そんなに綺麗な生き物ではないからね。最低限の保身……防衛ラインは必要なんだ」


 その為の魔法であり、軍であり、そして……


「ここ。ベリアルとの国境を護る役割を担うのが、ダリア嬢のガーデニア辺境伯家だ」


「ーー……」


 “辺境伯家”はまぁその名の通り国の辺境に位置し、国に他所が攻めいってこないように睨みを利かすポジションな訳で。重要か立ち位置だから実は首都の高位貴族と同じか場合によってはもっと上の地位や権力を持つんだなこれが。


「そしてベイリー侯爵家は歴史も長く歴代当主が国に利をもたらす優秀な人材ばかりであった為に社交界で一目置かれてはいるが、あそこは家格と財力は高い割に武力に著しい不安を持つ。だからこそ高い武力と知将で国境を護ってきたガーデニア辺境伯家との婚約は国にとっても大変有意義だったわけだ。逆にガーデニア辺境伯家は財政の面に不安もあったしね」


 ところが、ベイリー侯爵家は一度ガーデニア辺境伯家に対して不貞を働いた。このときは皆肝を冷やしたことだろうと思う。

 何せ権力的には対等だし、ガーデニア辺境伯家はその時点で怒り狂って両家の縁を切ることも出来たのだから。


「しかしイアン殿の真摯な対応によりダリア嬢の心の傷は癒え、両家の関係も首の皮一枚ではあるが繋がった訳だ。ダリア嬢が少々イアン殿に盲信している面を除けばおおむね関係も良好と言えよう」


「はぁ、そうですね。それが一体このお茶会と何の関係が……」


「わからないかい?」


 にこっとしながら言ってくれるけどわかってたらこちとらこんな焦ってないのよ!そんな私に実ににこやかに、腹黒王子が告げる。


「あれだけお膳立てしてあげたにもかかわらず、君は相変わらず目ぼしい婚約者候補を探せて居ないようだね?そんな君が、身分を偽っている異国の王子や、婚約者は居れど彼女に想いがあるか微妙な有力貴族の令息と急激に交流を深めているこの状況……、怪しくないとは言わせないよ?」


「ーー……はい?ちょっ、誤解です、それはっ!」


「だが、君がブレイズとミシェルの仲をまとめてくれた件は私達も感謝しているんだ。だから、この際この茶会で正式に全員の顔合わせをしてしまって、君に彼らに対する邪な感情がないことを証明して貰ってはどうかとルイスとシャーロットが言うからね」


 びっくりして隣を見ると、ルイス様が苦い表情で『他に手が浮かばなかったんだ』と呟く。ちょっとぉぉぉぉっ!私の意思は丸無視すか!?


「……すまなかったとは思っている」


 しかし、そんなしゅんとしながら殊勝なことを言われたら怒れる訳もなく。私もため息交じりながら腹を括ることにした。


「もー、わかりましたよ。それで、私はこのお茶会で何をしたらいいんですか?」


「なに、そんなに難しい事は頼まないさ。とりあえずテッド殿の我が国への潜入の目的と、イアン殿がダリア嬢自身の事をどう思っているかを聞き出してくれれば良い。あぁそうだ、イアンがダリア嬢に好意がない場合はそちらの火付けもお願いするよ」


「え?は、ちょ、そんな無茶な……」


「全て上手く行った暁には、例の私と君の婚約の件は白紙に戻すと約束しよう。当面の期日は設けないから、まぁ頑張ってくれたまえ」


 軽~く言い残してライアン王子が去り、取り残されるは気まずい沈黙と冷めきった紅茶。頑なに目を合わせないルイス様と、呆然としている私。


「な、なんでそうなるのぉぉぉぉぉっ!!?」


 転生ヒロイン、ミーシャ。まさかのヒーロー直々に間者を命じられました。


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