第26話 何だか最近、ツイてない

「大変申し訳ございませんでした!!!」


「あはは、良いんですよー。寧ろ私の方こそ、きちんと受け止めてあげられなくてすみません」


 あの後、私は気を失ってしまった三編みイケメンを担ぎ上げ医務室へと駆け込んだ。

 程なくして相手が目を覚ますなり頭を下げた私に三編みイケメンは朗らかに笑ってくれる。何ていい人……!と安心して顔を上げて、見覚えのある光景に固まった。


 グレーの髪に馴染む頭の包帯、メガネを外すとよりわかる端正な顔立ち、真面目君が今だけは制服を着崩してベッドで半身起こしているこの姿スチル……!


「どうされました?あぁ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。私は2年の特別学級生で、図書室の管理係を任されています。イアン・ベイリーと言います」


「ーっ!し、失礼致しました。ミーシャ・フォーサイスと申しますわ」


 うん、知ってた。知ってたのにぃぃぃぃっ!!


 メイン攻略対象最後のひとり、秀才同級生イアン。現宰相であるベイリー侯爵の長男で、端正で一見クールそうな容姿に似合わぬ温厚で天然なキャラのギャップ萌えで実はメインヒーローのライアンを押さえて人気投票1位に輝いた男……!


 そして皆様もうお察しだろうが、先程の私が落下して彼に助けられ医務室でふたりきりなこのシチュエーションまでがヒロインとイアンの初対面イベントである!!若干一部お互いの立場が逆転してるけど。


(あぁぁぁぁぁ、シャーロット様とルイス様の教育のお陰でこないだの定期試験と礼儀作法実技の両方トップ10に入っちゃったからパラメータークリアしてルート開いちゃったんだ!何故このタイミングで図書室行っちゃったの私のおバカ!!!)


「あの、どうされました?もしかして、どこか具合でも?」


 不安げに眉をハの字にして伸ばされたイアンの手にハッとなる。そうだ、このゲームはショタ枠のテディを除いて攻略対象と出会った直後に必ずライバルキャラとも遭遇するシナリオになってるから……。 


(メガネ割れて見えづらいから触れて確認しようとして手を伸ばしたんだろうけど、ほっぺたに触られてる場面を彼に惚れてる女になんて見られたら修羅場確定!そんなの御免だ!!!)


 三十六計逃げるに如かずだ。ここは逃亡あるのみ!

 幸いゲームと違って私は今怪我をしていないので、今なら走ってここから離れられる!


「お怪我をさせてしまい本当に申し訳ございませんでした。このお詫びは後日必ずさせて頂きますわ。生憎ですが私は教授からの呼出し時間が迫っておりますので失礼いたします!」


 口早に適当な言い訳を並べ立てると、イアンは快く送り出してくれた。シャーロット様から言葉遣い習っといて良かったーっ!敬語に違和感とかないかな?まぁまだ学生だしいっか。


「イアン様!お怪我をされたと言うのは事実なのですか!?」


 しかし、そうは問屋が下ろす訳もなく。

 血相を変えて飛び込んできた美少女に私は愕然と項垂れるのだった。


「何でも足を滑らせた女子生徒を助けようとされたとか。神聖なる知識の宝庫である図書室でそのような失態を冒しあまつさえ管理人であるイアン様に怪我を負わせるだなんて、なんてはしたない方なんでしょう!!」


「やめてください、ダリア嬢。彼女も悪気があってそうした理由ではないんですから」


「まぁ……、いらっしゃるならばそうおっしゃってくださらないと困ります!」


 イアンに穏やかに諭されようやくこっちを振り向いた美少女が私を見て眉根を寄せる。気づいてなかったんかい……。

 だが、イアンの婚約者であり辺境伯家の娘であるダリアは格上の方だ。非礼は駄目なのだ!

 テディのせいでルイス様から改めてみっっっっちり仕込まれた淑女の笑みで、恭しく膝を折る。


「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私はフォーサイス伯爵家が娘、ミーシャと申しますわ」 


「……ガーデニア辺境伯家長女、ダリアです。本日は私のであるイアン様とお茶の約束をしておりましたが時刻になってもいらっしゃいませんでしたので、心配になってこちらへ伺いました」


「左様でございましたか。イアン様にご迷惑をおかけしたばかりかお二人の時間までお邪魔してしまい申し訳ありませんでした」


「誠意ある謝罪は受け入れるものです。わかりました、今回は許しましょう。ですがミーシャ様、貴女は少しばかり目立ちすぎですね。殿下とシャーロット様に取り入っているからとあまり調子に乗らないほうが良いと思いますよ!」


 刺々しい物言いに、“婚約者”と口にした際の眼光の鋭さ。間違いなく敵認定されてんな……。


(当たり前か。そもそもミシェルにせよダリアにせよ初めからミーシャ恋敵ライバルなんだから、多少攻撃的なのは仕方ないよね) 

 

 色々引っかかる点はあったけれどそう自分を納得させ、シャーロット様を真似た淑女らしい笑顔を作る。


「ご忠告痛み入ります、留意しておきますわ」


「素直でよろしい。もう行って頂いて結構ですよ。イアン様の介抱はである私の役目ですから!」


「はい、失礼致しますわ。イアン様、誠に申し訳御座いませんでした。どうかお大事になさって下さいませ」


 別れの口上を述べて医務室から退出後、一番近い角を曲がった瞬間、がっくりと膝から崩れ落ちた。


(あぁぁぁぁ、結局何の対策も練れてないまま全キャラ遭遇しちゃったよ。これは一旦シナリオ洗い直してフラグ回避の方法考えなきゃ……!)

 

「そこの女子生徒、どうしました?具合が悪いのなら医務室まで手を貸しますよ」


「いっ、いえ!大丈夫です元気いっぱいです!!!」


 しゃがんでいたから体調不良だと思ったのか、丁度医務室に戻る途中だった校内医の先生に声をかけられてしまった。

 弾かれたように顔を上げ差し出された手も掴まず飛び上がった私に一瞬呆けて、年若く見目麗しいと女子から評判の校内医はおかしそうに笑う。


「元気ならば大いに結構ですが、もうすぐ最終下校時刻です。早く帰らないと危ないですよ。近頃学内の薬草園に怪しい妖精が出るなんて胡散臭い噂もありますし……」


「はい、真っ直ぐ帰宅します。ありがとうございました!」


 小さくお辞儀をしてから早足にその場を去る。今頃医務室ではイアンがダリアに事の次第を詳しく聞かせろと詰め寄られている筈。夫婦喧嘩は犬をも喰わぬ。私はしがない当て馬ですから、どうかあんまり巻き込まれませんように!

 

(それにしても校内医の先生、初めてお会いしたけど本当に美形だったなー。攻略対象の皆にも引けを取らない位。なのにモブキャラだったのはやっぱどこの世界でも教師が生徒に手を出すのはご法度ってことなんですかねー)




 その日は結局、以前書いておいた攻略キャラ、ライバルキャラ達の名前や関係性を見直すだけで寝落ちてしまった。ベッドでノートを見ながらそのまま寝落ちてしまったもので、専属侍女として私に仕えてくれているニィナおば様からだらしが無いとお説教を喰らったのでした。更に遅刻ギリギリだからと部屋を飛び出そうとしてノート踏んづけてすっ転ぶし、朝から踏んだり蹴ったりだ!



 踏んだ拍子に破けた“乙女ゲーム情報ノート”の1ページが風に乗って窓から飛んでいってしまったことには、気が付かなかった。



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