第15話 脳筋の恋愛観は猪娘すら凌駕する・前編

 これまで再三言って来たけど、今一度声を大にして言おう。女騎士エンドルートの攻略キャラ・ブレイズ、並びにそんな彼にぞっこんなライバルキャラ・ミシェル。彼らは由緒正しき武術家系のお貴族様としてありとあらゆる武芸の英才教育を受けてきた、生っっっっっ粋の脳筋なのである!


 だからって……と、げんなりした気持ちで私は指定された会場が人で溢れかえっている様子を眺めた。


「…………ル、じゃなかった。シャーロット様、騎士団の決闘って普通こんなお祭り騒ぎの中やる物なんですか!?」


「本来であれば正式な立会人の元、当人たちのみで厳粛に行われる筈ですが……ミシェル様は出来る限り自分に好意的な観客を集めた中でわたくしシャーロットを辱めたい様ですわね。威勢が良いこと」


 ドレスをまとい口元を扇で覆いながら呟くルイス様のその姿は、所作から声音から口調まで“シャーロット様”そのものだ。さすがは双子、お見事です。その涼やかな冷めきった眼差しもどストライクです。


「まぁ、証人が多いのはこちらにとっても好都合ですが。では、手筈通りに頼みましたよ」


「はっ、はい!任せてください!!」


 そんな私の変態思考を知ってか知らずか、私にそう囁いたシャーロット様に扮したルイス様は試合に適した格好に着替えるために一度去っていった。それを見送ってから、私は試合場の観客席に向かう。

 私に気がついた最前列にいたご令嬢グループが、優雅に手を振って迎え入れてくれた。


「ミーシャ様!お待ちしておりましたわ」


「レーナ様、リリア様、フィーネ様、本日は突然お呼び立てしてしまいまして申し訳ございません」


 彼女達が取っておいてくれた席に付きながら小さく頭を下げると、3人はおっとりと微笑んだ。 


「謝らないでくださいませ。わたくし達、この夏季休暇中はミーシャ様の元気なお姿を拝見出来ないと思い寂しく思っておりましたのよ?お誘い頂けて寧ろ嬉しかったですわ」


「ふふ、レーナ様のおっしゃる通りですわね。ミーシャ様が現れてからと言うもの、学園での日常が楽しすぎて休日が物足りなくて……」


「私も二人に同意です。それで、ミーシャ様。愛しのシャーロット様と別行動してまで私達に頼みたい事とはなんでしょう?」


 この三人は昨年の演劇をきっかけに仲良くなったクラスメートで、皆下の兄妹が居るからか私の事を妹みたいに可愛がってくれるのだ。そして、この1年弱私の『シャーロット様大好き語り』を再三聞いてきてくれた理解者でもある。

 だから、ルイス様に作戦の為信頼出来るご令嬢を集めて欲しいと言われて真っ先に彼女達の名前が浮かんだ次第なのだ。


「そもそも、わたくし達は剣術に置きましては完全な門外漢ですがお役に立てるでしょうか……?」


「大丈夫です、試合に関わる方面での協力要請ではないので!寧ろ、試合を引っ掻き回してある方をミシェル様とシャーロット様の試合の場に引っ張り出したいので、私が合図したら話を合わせて貰いたくて。実は……」


 まだ席が疎らで近くには人が少ないのと、喧騒でヒソヒソ話なら盗み聞きはされなさそうな環境なのを良いことに、この場で3人に事の次第も話してしまうことにした。


「実はですね、昨日シャーロット様と二人で騎士団の訓練を見学しに来た際のトラブルが切っ掛けでバーニング家のブレイズ様がシャーロット様に好意を抱いてしまわれて……」


 そう切り出した途端、恋バナ大好きな皆さんの瞳がキラーンと輝いた。


「まぁまぁ、それは大変ですわね!なんと言ってもシャーロット様はライアン殿下のお相手に最も相応しいと名高いお方!許されざる片思い!美味しいですわ!!」

 

「あら!ですがシャーロット様とライアン殿下の婚約は正式には結ばれておりませんし、お相手はブレイズ様でしょう?良くも悪くも一途な方ですから、きっと容易には諦めて下さいませんわ。必要とあらば、暴走してライアン殿下に直々に勝負を申し込みに行ってしまうのではなくて?」


「まさか!ブレイズ殿は現近衛騎士団長のご子息ですよ、まさかそんな…」


「いやあ、そのまさかが起きかけた上にもっと厄介な事態になっちゃってるんですよねぇ。ほら、ブレイズ様ってご自身への好意をあまり気になさらないじゃないですか」


 いや、私はゲームで見てただけで実際の彼が学園でどうなのかとかはさっぱりなんだけどね!でも昨日の様子と今の皆の『あぁ〜……』って感じのリアクションを見るに、あながち間違いじゃないと思う。


「ああ、それでミシェル様とシャーロット様の手合わせのお話に繋がりますのね……」


 困惑したようなレーナ様の言葉に他の二人も頷く。ミシェルの片思いってそんな有名なんだ……。


「元々ミシェル様は能力、お家柄共に一番ブレイズ様のお相手として良いのではないかと推されてきたお方ですけれど、流石にあのシャーロット様がお相手では敵いませんものね。ずっとお慕いしてきたお方の心をそんな一瞬で攫われてしまっては心穏やかではないでしょう。何より、シャーロット様ご自身はブレイズ様など眼中に無いでしょうし」


 リリア様の萌声には似合わない辛辣な言葉に思わず揃って吹き出す。はい、正にその通りです。


「そうなんです。なので私達も今回の件はミシェル様にもブレイズ様にも失礼だったと反省しておりまして。なのでせめてもの償いに御二人に恋に堕ちて頂こうかと思うんです。具体的には……」


 手招きして寄ってもらった三人に今まで以上のヒソヒソでルイス様から授かった作戦を伝える。互いにしっかり頷きあった直後、会場が暗くなり試合の場だけがスポットライトに照らし出された。

 

 左右に一本ずつ注ぐ一際強い閃光の中、騎士服をまとったミシェル様とルイス様が対峙している。


(ふぉぉぉ……!ルイス様、あんなぴっちりした格好してても体つきしなやかで違和感ない!新たな性癖が目覚めそうです……!!)


 遠目にも平たいお胸すら一切違和感が仕事しない女装ルイス様に内心歓喜しつつも、あたかも普通の令嬢の擬態を始める。敵を騙すにはまず自分から!私は今、ただ恋敵の決闘をお友達と見学に来た野次馬です。


「逃げずにお越し頂いたことは評価しましょう、シャーロット・ハワード公爵令嬢。しかし、このミシェル。不精ながら剣技のみで国に忠義を果たしてきた我が家名にかけて、ひいては一人の女として!今日、この場で貴女に勝利する!」


 残念、ミシェル様。その人は男性なんだよなぁ……。


「そして私が勝利した暁には、悪戯にブレイズを誘惑したことを謝罪し二度と彼に近づかないとお約束いただきたい!」


「元気がいいなミシェル!だが俺は誘惑された訳ではないぞ!俺は素直に、俺と対等に戦える女性が好みだ!ミシェルが負けた場合、俺はシャーロット嬢に正式な関係を申し込みたいと思っている!」 


 審判として居合わせているブレイズの空気が読めなすぎる発言にルイス様は眉間を押さえ、ミシェルからは愚恋の業火が燃え上がった。


 あぁ、ごめんなさいミシェル。私が軽い気持ちでブレイズの攻略なんか考えたばっかりに……。


「はぁ、あなた方、先程から聞いていればわたくしの意見は無視ですの?お二人共、御自分に随分と自信がお有りの様ですわね」


 いくらか声を張って答えたルイス様がポニテにした金髪を右手で後ろに払う。合図だ。

 私は徐に咳払いしてから、ヒロイン自慢の萌えキャラボイスで思い切り横槍を入れた。


「あれぇ?でもぉ、それってなんかおかしくないですかぁ??」



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