第16話 脳筋の恋愛観は猪娘すら凌駕する・後編

 勝ち気な女性にはさぞ耳障りだろう甘〜〜いホワホワした声音で横槍を入れた瞬間、誰よりも早く反応したのは予想通りの相手だった。


「何がおかしいと言うのだ、ミーシャ・フォーサイス伯爵令嬢」


 如何にも女騎士らしくキリリとしたミーシャの眼差しが私を捉え、周りが若干不穏にざわつく。うん、いい感じ。このまま段取りどおりに行けそう!


「だってぇ、まずミーシャ様が仰るこの試合の理由自体、矛盾してるじゃないですかぁ」


「何だと?貴様、心酔しているシャーロット嬢を有利にする為に神聖な決闘にケチをつけるつもりか!第一、その耳障りな声音を止めろ!鳥肌が立つ!!」


 まんまと挑発に乗ってくれたミシェルが模擬剣を鞘から引き抜いた。ほんの少し口角をあげたルイス様が今度は右の耳を然りげ無く2回触る。計画続行、パターンAで行きます。

 あと、自分でもいい加減恥ずかしくなってきたし萌えキャラ喋りはここまでにしよう。私には似合わん。


「まさか、これは純粋な疑問です。そもそも、ミシェル様はブレイズ様がシャーロット様と懇意になることを阻止なさりたい。その理由は何ですか?」


 聞いたが早いか、勇ましいクールな美貌に似合わずボッと赤面したミシェルが見る間に口籠った。モゴモゴしながらブレイズをちら見するその表情は完全に乙女だ。正にギャップ萌、可愛い。


「〜〜っ!我が生家のシャルダン家とブレイズの実家に当たるバーニング家は共に建国時から王都を守る双璧として武芸で名を馳せて来た由緒正しき血統!故にそんな彼が王子の花に懸想するなどあってはならない。私は好敵手としてブレイズの過ちを正す責務があるのだ!!」


 あー……この後に及んでもそっち(ツンデレ)方面行っちゃうのかぁこの子。こりゃ直球しか効かないブレイズとはなかなか結ばれん筈だわ。そう言えばゲームでもこのペアは結ばれる前に事件に巻き込まれたりして一悶着あったもんな。

❨※ヒロインがメインヒーロールートに行った場合は他キャラが各ライバルキャラと結ばれる番外編があった❩


「ふむ、ミシェルの考えは相分かった!だがそれは杞憂だ。我が家は代々、初代当主の遺言に従い男女問わず己と対等に戦える者を伴侶とする決まりだが、俺は少々腕が立ち過ぎてな。なかなか目ぼしい相手が居らず父上が難儀していらっしゃった!そしてシャーロット嬢はそんな時に現れた唯一俺と渡り合える女性!これを逃す手はあるまい!国の防衛の要を担う我が家を潰すわけにも行かない王家の皆様もご理解くださる筈だ!!」


「…………まぁ、聞きしに勝る残念ぶりですわ」


「事前にミーシャ様から事情を伺ってはおりましたが、これは……」


   『ミシェル様、お可哀想』


 声を揃えて呟いた友人達に完全に同意だ。

 それはミシェルが小さい頃からあんたに釣り合いたくて頑張ってきたのを知ってるあんたのご両親が他からの縁談を徹底的に突っぱねてたからだよ、気付けよ!!!


 二人揃ってのあんまりの恋愛音痴っぷりにくらっと立ちくらむ。ルイス様ぁ、こいつら本ッッッ当にあんな下らない作戦でくっつけられるんですか!!?

 そう疑う眼差しを向けた瞬間、ほんの一瞬だけどルイス様が意地悪くフッと笑った。こんのドS!さては私が困ってるの見て楽しんでるな!?でも今の表情は好き!!


 と、萌えを補充したので気を取り直して……。  


「そう、私が指摘したいのはそこなのです!ブレイズ様は自分に釣り合う腕前であるシャーロット様と親しくなりたい。一方ミシェル様はそんなブレイズ様の希望を却下する為、この試合に勝利してシャーロット様がブレイズ様に劣ると証明したい」


「あぁ、その通りだ!」


「うむ、実によくまとまった良い説明だ!」


「ですが!実際には今この場でミシェル様がシャーロット様に勝利したとしても、シャーロット様がブレイズ様より弱い証明にはならないではありませんか!」


 力強く頷く二人に頭を抱えたくなるのを我慢しつつ声を張り上げた瞬間、ビシッと空気が固まった。やば、ちょっと無理に話を運びすぎた!?


「そうですわねぇ。言われて見ればその通りですわ。学園では、男女間の試合は原則禁止ですから、ブレイズ様とミシェル様はお手合わせをしたことがございませんでしょうし」


「あら、ですが今回の決闘をシャーロット様に申し込まれたのはミシェル様でしょう?なら、ミシェル様はブレイズ様より自分の方が確実に強いという自信がお有りなのよ。女性の身でありながら生粋の騎士様と対等に渡り合える胆力、素晴らしいですわ!!」


「ミシェル様程の方ならば殿方に頼らずともご自身のお力でご実家も守ってゆけるでしょうね!シャルダン家の未来も安泰ですわ!!」


「ーっ!?いや、私はそんなつもりは……っ」


 すかさず私の話に合わせてくれた3人の声に慌てたミシェルに、トドメとばかりにルイス様がゆったりと口を開いた。


「あらあら……、ここまで来て怖じ気付きましたの?ならば此度の決闘は無効試合。もしくは、わたくしの不戦勝と言う事でよろしかったかしら?」


 本物のシャーロット様以上に貴族令嬢らしい余裕綽々な声音と笑みに、ビシッとミシェルのこめかみにシワが寄る。


「貴様……、調子づくのも大概にしろ!誰が敵前逃亡などするものか!」


 ブチ切れたミシェルが模擬剣を引き抜いてルイス様に斬りかかり、それを軽くいなしながらルイス様が悪い笑みを浮かべた。

 それを確かめて私が手で顔を覆って悲鳴を上げると、すっかりノリノリな友3人が便乗して怯えたフリをする。

 それが火種になり唐突に始まってしまった勝負に観客もざわめきだして、ようやく考え込んでボケーッとしていたブレイズがハっとしたように止めに入った。


「……っ!待て!まだ試合開始の合図は出していない!止めるんだミシェル……ーっ!?」


「止めてくれるな!私はどうしてもこの勝負だけは譲れんのだ!!誰がこんな胡散臭い女にお前を渡すものか!!」


 叫ぶミシェルの目尻と振り上げた切っ先が光る。その瞬間、わざとよろけたルイス様が割って入ろうとして躊躇していたブレイズの足を引っ掛けた。結果、二人の間に倒れたブレイズの後頭に、そりゃあもう思い切りミシェルの渾身の一撃が入ってしまった訳で……。


「ぶっ、ブレイズーーーーっっっ!!?」


「……見事、勝負ありですわね」


 完全に気絶したブレイズの前で絶叫するミシェルの声と全て計算通りなルイス様の淡々としたセリフと共に、今回の茶番は終幕となりましたとさ。ちゃんちゃん。……って、ちょっと古い?














 はてさて、仕掛け人と言う名の我が友人達を始め観客の皆様はあれから色々口止めをしてから丁重にお帰り頂きまして、この場には当事者である御三方(ブレイズ、ミシェル、シャーロット❨=ルイス❩)と私のみが残されたわけですが、肝心の脳筋ペアの恋の行方はと言うと……?


「……はっ!俺は!?痛っ!!」


「ーっ!目が覚めたか!?無理に動くな、すまない、私のせいで……」


 気絶から起きたもののすぐに頭を押さえたブレイズにミシェルが泣きそうな顔で頭を下げる。


(「なんかめちゃくちゃ気まずいんですけど、こっから本当にブレイズがミシェルに告白する流れになるんですかルイス様!」)


(「いいから黙って見てたら?こんな面白い茶番はそうそう無いよ」)


 壁際に控えた私達のコソコソ話が終わった時、勢いよく起き上がったブレイズが両腕でがっしりとミシェルの肩を掴んだ。


「何を言う!謝罪などとんでもない!一切のブレもなく一直線に落ちる見事な剣撃!感激した!!」


「そ、そうか?まだまだ未熟だがな……。正々堂々お前とやり合っても今の私では敵うまい。やはり、私ではブレイズの心を動かす事は……」


「そんな事はない!あの一撃で俺は目が覚めた!心臓を射抜かれた様に心が震えて仕方がない!こんな気持ちは初めてだ!」


「ーっ!?」


 キラキラ……いや、最早熱を帯びてギラギラした瞳のブレイズがミシェルの前に跪いた。


「俺が間違っていた!ミシェル!今更だが、俺は君に完全に心奪われてしまった!もう他など考えられない。今後は好敵手や仲間としてだけでなく、婚約者として俺の隣に居てほしい」


 さっきまであんっっっなに熱血キャラらしくバカでかい声でうるさかったのに、告白の瞬間だけ落ち着いた低音の甘めボイスとは……腐っても乙女ゲーム攻略キャラ。侮れませんな。

 ミシェルも完全に勇ましさを失って顔真っ赤だし、目うるうるだし、恋する乙女可愛い。


 そうしてたっぷり間を開けたあと、ようやくミシェルが頷いた。


「わ、私で良いなら、喜んで……」 


「ーっ!!あぁ、ありがとう!!!」


 感極まったブレイズがミシェルを正面から抱き締める。

 広い闘技場が溢れかえりそうなラブラブオーラを振りまく二人から目を逸らし、思わず呟いた。


「本っっっ当に、ミシェルにブレイズを倒させただけでくっついた……」


「ほらね、僕の言った通りだったろう?」


 そう得意げに笑ったルイス様に舌を巻きつつ、恋って奥が深すぎるとため息をついた夜でした。



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