第3話誘拐

野中が家に来てから数日後、蓮は冬休みとあって連日暇な時間を持て余していた。この日も友人達と会った後、夕方になって一人で新宿の街をぶらぶらしていた。高校3年のこの時期センター試験が近いこともありそれぞれ塾に行く者や家に家庭教師が来る者などみんなそれぞれ帰って行った。


街をあてもなくぶらぶらしていると新宿駅西口大ガード手前の脇道で同じクラスの永井 凛子が池袋方面へ歩いていくのが見えた。たまたま信号待ちをしていた蓮は何処へ行くのか気になって見ていると

一台のバンが青梅街道からその道へほとんどスピードを落とさないまま曲がるのが見えた。なんだ?と思いながら見ていると永井 凛子のすぐ横で車を停め、中から出てきた男が彼女を無理矢理車に押し込むと急発進して走り去った。

とっさに車のナンバーを確認して追いかけたが猛スピードで走る車には追いつけなかった。


その車が大久保方面へと走り去ったのを確認するとすぐにアランに電話をかけ、車の所有者を割出し住所を調べる様に頼んだ。しばらくするとアランから車の所有者の名前と住所がメールで送られてきた。そこでもう一度アランに電話をして遅くなる旨を話し、ご飯は帰ってから食べるからとだけ伝えた。

アランから知らせてきた所有者の名前は多田 英一

住所は蓮の家から10分ほどの所にあるマンションだった。蓮は一度家に帰ると黒いタートルネックのニットに着替え黒いキャップをリュックの中に入れると多田のマンションへと向かった。

住所にあるマンションは15階建で多田の部屋は最上階にあった。蓮は非常階段から屋上に上ると首回りにゆったりとあったタートルネックを目元まで上げ顔を隠しキャップを深く被りそしてスマホを取り出すとこのマンションの間取りを調べた。

角に位置するこの部屋はLDKに3つのベッドルームがあるタイプで一つのベッドルームがリビングの隣にありベランダで繋がっている。他の二つの部屋は反対側にありベランダからは見えなかった。

丁度リビングに面しているベランダ側に来ると綱も持たず身軽にベランダへと音もなく降り立った。

カーテンがかけられていたが冬だというのに10センチほど窓と一緒に開いていた。


そっと中を伺うとリビングに男が2人いて、1人は

ソファーに座ってスマホをいじっていてもう1人はキッチンにある椅子に座りテレビを見ていた。

蓮がいるベランダからは見えなかったがリビングに続く部屋に誰かがいる様子が伺えた。ベランダを移動し続きにある部屋の様子を伺うと中で男女が睦みあっていた。もう一度リビング側に戻り中の様子を伺いながら男達の会話に耳をそばだてた。

「どうせ薬を打って売り飛ばすんだからその前に犯しちゃ駄目すかね?」テレビを見ながら男が廊下の先にある部屋を指差して聞いた。

「兄貴に黙ってそんなことしてみろ俺たちの命がないぞ!」

「わかってますよ。でもね、兄貴ばっかいい事してるじゃないですか?オレら貧乏クジっすょ」

スマホをいじっていた男が警告をしたのにもかかわらず男はぼやく。

蓮はそれを聞いて永井 凛子がここにいる事を確信した。そこでベランダに落ちていた小さな石を拾うと部屋の奥に向けて投げた。

リビングにいた男達は部屋の中でした突然の音に驚き音がしたところを見ると小さな石が落ちている事に気がついた。スマホをいじっていた男がベランダを覗き込んだ瞬間、男の首めがけて手刀を力一杯落とした。

男はその場に崩れ落ち奥にいた男は何が起きたか分からず近づいてきた。蓮は部屋とベランダの間に倒れた男をまたいで部屋へと入った。

「なんだ?お前どこから入った?お前ここが誰の家か知って入ってきたんだろうな?」男は少しドスの聞いた声音で問いかけた。

「知らん!」

「なんだとこの野郎!」男は蓮に殴りかかったが触ることもできずに反対にみぞおちに膝で蹴りを入れられそのまま ぐはっとうずくまった。そして男の頭めがけ蹴りを入れたので、男はそのままその場で気を失った。

リビングでの音を聞きつけ隣の部屋からガウンを羽織った男が出てきた。多田 英一だった。

「おい!お前達なに騒いでる.ん..」多田は最後まで言葉に出せないまま部屋の中の男達と蓮を見て驚き

「お前、何もんだ?俺が流星会のもんだと知ってこんな事をしてるのか?」

「へえ、あんたヤクザなんだ!」それを聞いても驚いた様子も無く蓮が答えた。

「お前、泥棒か?」

「な訳ない!お前が攫った女と理由について聞かせてもらおうと思ってな!」

「なんだと?」

多田が唖然とした拍子に蓮は素早く前に立ち腹に拳を叩き込んだ。

「グフッ 」と口から声を漏らしながらも多田は反撃しようとするが蓮は容赦なく拳を叩き込みそのまま床に膝をついた。蓮は多田の腕を持ち上げ身体とは反対側にねじりそこへ力一杯手刀を落とした。

ベキッと嫌な音がした瞬間多田はグァァと悲鳴ともなんもつかない声を出した。

「頼むからやめてくれ。話す話すよ。だからやめてくれ!」最後は懇願するように大人しくなり膝をつき腕をだらんとたらしたまま話し出した。

多田は銀龍会と組み覚醒剤で女を薬ずけにしてから

店に売り、その売り上げを巻き上げているのだと話した。攫った女は、馬鹿な父親が闇金で多額なお金を借りて返済が不能になった所で闇金から借用書を取り上げ娘を借金のカタに薬漬けにして店に売るつもりだったらしい。そして銀龍会と組んで流星会のトップになるつもりだったのだ。

今の流星会は薬を扱う事を嫌い縄張りにある各店の上納金と株とで儲けを出しているため、学の無い自分が上に上がるには会長の東城を貶めるしか無いと考えていた時、銀龍会の方から声がかけられ自分を助け行く行くは流星会のトップの座を約束してくれたとの事だった。

「は、銀龍会が本当にそんな約束守ると思ってるのか?せいぜい利用されて捨てられるだけだぞ。」

「うるせぇ!お前に何がわかる!」

蓮に腕を折られてもなお男の怒声は止まらずに喚いていた。

蓮は男のはだけたガウンの下にナイフを突き立てた。あたりには多田の悲鳴が響き渡った。

多田が気絶したのを確認してベッドルームに入ると薬を打って半ば意識が混濁しているような女がベッドの上にいた。

女は蓮を誘うようにおいでという仕草をしたが蓮はそれを無視して部屋を後にした。

もう二つの部屋を覗くとそこに凛子の姿があった。

ポケットからスマホを取り出すとアランに迎えを頼み、それからリビングに戻り男が使っていたスマホから警察へ通報すると今度は玄関から出て非常階段を使って降りていった。


アランの車に乗って走り出してすぐにパトカーとすれ違った。

「それで?何をしてきたんですか?」運転しながらバックミラー越しにパトカーを見たアランが聞いた。

「ちょっと悪い奴らを懲らしめて来ただけだよ。」

「先ほどの住所のやつは流星会じゃないですか。何があったんですか?」

調べを頼まれたナンバーの車の持ち主について住所と名前だけではなく何者かも調べ上げ、多田英一が何者かを知ったアランは蓮を問いただした。

「同じクラスの女子なんだけど俺の目の前で誘拐されたもんだからさ」

「それでその子はそこに?」

「ああ、危うく薬を打たれて売られるところだった。」蓮はアランに事の顛末を聞かせた。

「ヤクザ同士の諍いに巻き込まれるってどうなんだろうな?自分たちだけで喧嘩してる分には構わないと思うけどさ、周りを巻き込む時点でアウトだな。」

「それにしても貴方を怒らせた相手に同情しますよ。」

アランの言葉にちょっとバツの悪そうな表情を浮かべた蓮はそのまま窓の外へと視線を移した。


警察本部に入った一本の電話で新宿署から代々木公園近くのマンションにパトカーが向かった。

通報があった部屋へと警官が向かい中へ入るとそこには、何者かによって昏倒させられた男が3人と女が2人いて、1人は全裸のまま薬で意識が朦朧としていてもう1人は監禁されている状態だった。男達はその場で薬物所持で現行犯逮捕され、全裸で薬を打っていた女は所持および使用の罪で現行犯逮捕された。監禁されていた少女はそのまま救急搬送された。

逮捕された男の内、二人は打撲程度の軽傷だったが残る一人はかなりの重症だった。病院へ搬送された男は腕の骨が折られ男の部分が切断されていた。医師は切断された部分は時間が経ち過ぎた為元に戻す事は出来なく男として機能しないだろうと診断した。

男達の証言では覆面姿だった為顔は見ていないと言って、正気に戻った女の証言では女ではないかと言った。

捜査本部では誰が通報して来たのかそして奴らを痛めつけた犯人がどこから来て何処へと行ったかが焦点になった。

マンションの入り口にある防犯カメラにはそれらしい人物は写っていなかった。その後の操作で非常階段を使ったとの見方が出たが立証はされなかった。


監禁されていた少女についてはその証言から刑事が裏を取り証明され、ヤクザに証文を渡した闇金が誰なのかを特定するに至った。

後日その闇金業者は摘発された。麻薬課と組織犯罪対策課もこの事件には大いに関心を持ち捜査を続ける事になった。

















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