最終話 傭兵と悪役令嬢、結婚式に出る

 その日は春本番の暖かさに加え、青空が見える快晴という結婚には絶好の日であった。


「……今までの人生の中で最も輝いてますぞ、お嬢様」

「そう。ありがとう、グスタフ」

「ではコーネリアスを連れてきますね」


 ウェディングドレスに着替えたエレアノールを見て、グスタフは我が娘同然のように接してきた彼女の思い出を振り返る。

 辺境伯に召し抱えられ彼女の身辺警護を任せられてからおよそ8年。白い髪と赤い瞳が珍しいがそれ以外は普通の子供らしいあどけなさの残る幼女は1人前の女として今羽ばたこうとしていた。

 彼も結婚していて子供もいるが、まるで我が子のようにかわいがっていた彼女との子供のころからの思い出をかみしめていた。




「新郎」の控え室に俺はいた。鏡に映るのは純白のタキシードを着た、金色と青色の目を持つ青年……要するに、俺だ。


「うわぁ……似合わねぇ」


 正直に漏れた感想はこれだ。育ちが悪いため祭りの日でも晴れ着なんて着た記憶がない俺にとっては違和感がゴリゴリある衣装だった。


「いよぅ! コーネリアス! いいぞーいいぞー様になってるぜー」

「ケッ。調子の良い事で」

「オイオイ不機嫌になるなよコーネリアス。せっかくの晴れ舞台を無二の親友が祝ってるんだ! シケたツラするんじゃねえって!」

「なーにが無二の親友だ、調子に乗りやがって。どうせ辺境伯のコネにあずかろうと太鼓持ちでもやってんだろ? 全部オミトオシだってーの」


 ほぼ「馬子にも衣裳」だが一応は礼服を着ているアンドリューが俺に一方的に祝福の言葉をぶつけてくる。悪くは無いが大して良くも無い。


「にしてもまぁお嬢様を仕留めるとはかなりの大物狙いというか「一本釣り」だよなぁ。俺なんて町娘だぜ? まぁ包丁、針、ハサミどれも様になってるからいい女だけどよぉ」

「狙ってやったわけじゃないからな。向こうから勝手に落ちてきたという感じか? 最後はごり押しされて半ば無理やり説得させられたんだよ」


 文句を垂れてるところへグスタフのオッサンが顔を出す。


「コーネリアス、準備が出来たからお嬢様のところへ来てくれないか?」

「は、はい。わかりました。じゃあなアンドリュー、式場で会おう」

「おう。先行ってるぜ」


 俺はアンドリューと別れてグスタフのオッサンと一緒に新婦の控え室へと向かう途中で心境を語りあっていた。


「結婚するって、俺とお嬢様が本当に結婚するんだな。今でも信じられませんよ……あ! ちょっと待って!」

「ん? どうした? 忘れ物か?」

「いや忘れ物ってわけじゃあないんですが、お嬢様と結婚するってことは辺境伯殿が俺のしゅうとかぁ……」

「何か不満なのかね? 新婚生活には邪魔だとでも?」


 不意を突かれたように俺の後ろから声がする。


「う、うわぁ! 辺境伯殿!?」

「なぁにコーネリアス、お前にならお義父様おとうさまと呼ばれても構わん。遠慮はいらんぞ」


 彼は笑顔で答えるが、その顔を見てもちっとも笑えない。

 そんなちょっとしたトラブルがあったものの、俺は新婦の控え室の前までたどり着く。




 俺は呼吸を整え控え室のドアを開けると、そこには翼をどこかに置き忘れてきた天使がいた。比喩表現でもなんでもなく、そのまんまの意味で。

 純白のドレスに純白の髪というのが一種の神聖さをも感じさせていた。心臓がバクバクとなるが悟られないように平静を装う。


(さすが、全ての女の子が憧れる衣装なだけあるぜ。威力がスゲェ)


「お嬢様……似合ってます……とっても」

「そう。ありがとう、コーネリアス。あなたも決まってるわよ」

「は、はぁ。そうですか」

「じゃあ行こう」

「分かりました。式場まで一緒に行きましょう。エスコートっていうやつですかね」


 俺はエレアノールの手を引いて式場へと一緒に歩んでいく。




「新郎、コーネリアス。そなたは新婦エレアノールを生涯ただ一人の妻とし、その身健やかなる時も、その身病みし時も変わらず、死が二人を分かつその時まで変わらずに愛し続けることを、神の前で、友の前で誓いますか?」

「はい、誓います。エレアノールの事を思いやり、共に歩んでいきます」


 普段の俺なら金を積まれても言わないような俺らしくもない誓いの言葉が口から出る。らしくもないが、エレアノールの一生に一度の晴れ舞台に水をぶっかけるような真似をするほど馬鹿ではない。


 各地から集められた王侯貴族らの客たちの前で指輪の交換、誓いの口づけなど式はおごそかに行われ、とどこおりなくすすんだ。

 教会の中で行われた挙式はそのまま屋外で行われる披露宴へと変わっていった。


「いよう! コーネリアス! 結婚おめでとう! いやぁ大出世もいいとこだな! 無二の親友として誇りに思うよ!」

「ケッ、なーにが無二の親友だ? こういうところだけ調子いいこと言いやがって。言っとくが辺境伯のコネはお前には使わねえからな」

「そんなつれないこと言うなよなぁ。俺とお前の仲でしょうに」


 新婚ホヤホヤの女房を連れたアンドリューがやたらと軽快な口調で俺に話しかけてくる。そうか、これからはこういうやつらが出てくるのか。

 アンドリューはまだ良いとして、これから辺境伯のコネを求めて無限に親友や親戚が増えるであろう。それの対策もしっかりしなくてはな。




「ついにエレが嫁に行くのか……あんなにも小さかった娘がここまで立派に育つとはなぁ」


 辺境伯殿は万感の思いで愛する娘の晴れ姿を見つめていた。おそらく15年の歳月を振り返っている真っ最中なのだろう。そっとしておこう。


「コーネリアス! よくやった! 本当によくやってくれた! これでアッシュベリー家は一生安泰だ!」

「さすがは私の子供! よくやってくれたわねコーネリアス!」

「……勘違いするなよ。お前たちのために結婚したんじゃないんだからな」


 今度は俺の両親がやってくる。正装はしてるがガラの悪さは隠しきれていない。腹が減っているのかテーブルの料理をガツガツと食いながら話をしている。端的に言って、下品だ。


「コーネリアス、結婚おめでとう」

「お兄ちゃん結婚おめでとー」

「けっこんおめでとー」


 続いて俺の兄貴と2男4女の弟や妹たち。俺の兄貴である長男は23、下は5歳という女の子。

 皆この日のために新調したのであろう晴れ着を着て俺を祝福する。


「へー。聞いてたけどコーネリアスって本当に兄弟多いのね。みんな健康そうだし仲もよさそうね」

「俺が傭兵をやってたのも弟や妹たちのためですね。こいつらを路頭に迷わせることはしたくなかったんですわ」

「さすがお兄さん、弟や妹思いね。それにしてもうらやましいな、弟や妹がこんなにいるなんて。私には兄弟なんていないからね」


 おそらくは俺を褒めているのであろう。一人っ子の彼女からしたら兄弟がこんなにいるというのはうらやましいほうに入るのだろう。

 今日は少なくともエレアノールにとっては、最高の一日になっただろう。少なくとも俺の力が及ぶ限りでは、そうなるように努力はした。




 その日から一夜明けて……俺はエレアノールの寝室のベッドで目を覚ました。


「……結婚したのは嘘じゃないんだなぁ」


 俺は左手の薬指にあるダイヤモンドのはまった銀の指輪を見てつぶやく。


「そうね……私もまだ半信半疑だけど」

「あの服を着るのは一生に一度だけですな。柄にもなさすぎます。まぁ結婚した以上は愛し愛されっていうんですかね? そういう生活を送れるよう努力はしますんで、よろしくお願いしますお嬢さ……じゃねえな」

「エレって呼んで」

「エ……エレ……」


 もし目の前に鏡があったら耳まで真っ赤になった自分の情けないツラを見る羽目になっただろう。




 その後、コーネリアスの代になったドートリッシュ家は彼の統治の元で大いに繁栄した。

 エレアノールとの関係も最高のままで、お互い老衰により文字通り「死がふたりを分かつその時」まで愛し愛される日々を送っていたという。

 また、彼は大変な子煩悩こぼんのうとしても知られ、5人の子供を目に入れても痛くないほどかわいがっていたと言われている。


 - 終 -

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