第35話 傭兵、逃亡する

「動くな、手をあげろ! 魔法の詠唱もするんじゃないぞ」


 関所に設けられた小さな部屋には総勢10名近くの兵士がすでに中でスタンバイしており、俺が入るといきなり持っていた武器を突きつけてきた。


「何のつもりだ!?」

「文句があるならドートリッシュ様に言え。我々はあのお方からお前を見つけ次第拘束せよとの命令に従ってるだけだ。目を付けられるなんて何をしでかしたのかは知らんがな」


 甘かった。こうも早く俺が逃げ出したことを悟られるとは。




 ……俺はその日、春の足音が聞こえてくる頃の朝早くから乗合馬車に乗っていた。

 行先はどこか遠いよその国。仕事をほっぽり出して出家同然で飛び出したのは傭兵の職歴としてはまずい事かもしれない。

 だがあそこにずっといたらそのうちエレアノールを不幸にしてしまう。これでいい。これが一番いい選択肢だ。

 今は恋に夢中で俺の事しか見えていない盲目な彼女も時間がたてばそれくらいわかってくれるだろう。


 馬車から降りて歩くこと少し。国境線の境にある関所にたどり着き、出国手続きが始まった。

 待つことしばし……


「コーネリアス=アッシュベリーさんですね。ちょっと詳しい話を聞かせてもらえませんか?」

「話? 何の話で?」

「2~3個聞かせてほしいことがあるんです。立ち話もなんだから来てくれませんかね?」

「は、はぁ。別に構いませんけど」


 俺はそう言って関所の衛兵に連れられて小さな部屋に通された。その結果、拘束されてしまった。




 しばらくたって、俺を確保したという報を聞いて辺境伯とエレアノールとグスタフのオッサンがやってきた。

 男2名は険しい顔をして、女1人は不安げな顔をしていた。


「コーネリアス! どうしてこんなことをしたんだ!?」


 ただでさえキツい辺境伯の顔をことさら険しくして俺に問い詰める。


「俺はいない方がお嬢様の未来を守れるからです」

「? どういうことだ?」

「!? どうして!? どうしてそんなこと言うの!? コーネリアス! 正直に言って! 怒らないから!」

「コーネリアス! お嬢様の言う通り正直に話せ! 何を言っても構わん。ありのままを正直に話すんだ!」


 エレアノールが不安と不満を爆発させるように、グスタフのオッサンが怒りと疑問を混ぜた口調で問いかける。嘘をついても得しそうにないから俺は正直に答えることにした。


「だって俺がいたらお嬢様に迷惑をかけるじゃないですか! 俺と結婚してみてくださいよ! お嬢様は辺境伯の娘から準爵の妻になり下がるんですよ!?

 俺なんかのためにお嬢様の人生を無茶苦茶にしたくないんですよ! 迷惑をかけたくないんですよ! 俺と結婚したらお嬢様の足をこれ以上にないくらいに引っ張ることになるんですよ!? そんな迷惑をかけるのが嫌なんですよ!」

「いきなり行方をくらます方がよっぽど迷惑だ! 言っとくが私はエレとの関係に怒っているわけではないぞ! 仕事をほっぽり出していきなり逃げ出したことの方が問題だぞ!」

「辺境伯殿はそれでいいかもしれませんが周りの人間たちは認めてくれませんって!」

「それはお前の思い込みだ。お前は優秀な人間で、辺境伯という地位にいても不思議ではない実力者だ。現に前の戦いでは魔女マルゲリータを討伐できたじゃないか! この私が言うのだから間違いないぞ」

「でも爵位はどうしようもないじゃないですか。こればっかりはもう自分の力ではどうしようもできないんですよ。

 昔は爵位なんて関係ねえ! って思ってた時期もありましたけど、やっぱり最後は爵位の差は出るし、俺一人の力ではどうしようもできなかったんですよ」




 俺は胸の内を明かした。エレアノールと結婚したら俺は別にいい。だが問題は彼女だ。辺境伯という彼女の地位を落とす事になりかねない。

 彼女のためにも俺とはくっつかないほうが良い。そう言っていると……そのエレアノールはいきなり俺の事を抱きしめた。


「!? お、お嬢様!? 一体何を!?」

「コーネリアス、つらかったでしょう。私には今ひとつピンとこないけど、ここまでじ曲がるくらいには苦労してたのね。それは分かるわ」


 彼女は俺を桃のような甘酸っぱいラクトンの香りに包みながら言葉を続ける。


「いい? コーネリアス。あなたはあなたが思っている以上に活躍してるわ。舞踏会の時に私を救ってくれたし、マルゲリータを倒してくれたじゃない。

 あなたは人並み以上の大活躍をしてるわ。だから私にふさわしい男よ。爵位とかは関係なく、私にふさわしい人だから、ね?」

「……」


 女の香りに包まれながらも俺はできるだけ冷静になり言葉を返す。


「……絶対、後悔しますよ。俺みたいな育ちの悪い男と結婚したら。それでもいいんですか?」

「いいのよ。迷惑かけることくらい誰だって当たり前の話じゃない」

「本当にいいんですか? 本当に一生を共にする男が準爵出身のろくでもない男でいいんですか?」

「私は準爵の人に惚れたんじゃないの。コーネリアスに惚れたのよ」

「と、とにかくダメです。酒飲んで醜態をさらした事もあったそうじゃないですか」

「私の事を救ってくれたから帳消しにしてあげるわ。それに「とにかくダメ」なんてそんなの断る理由にはならないわ」


 俺は追い詰められてしまった。もう結婚を断る理由は全部反論されてしまった。さっきので最後だ。


「……分かりましたよ。結婚すりゃいいんでしょう? しますよ」

「!! 聞いたわよ! 結婚してくれるのね!」

「ああそうだよ! 結婚してやりゃいいんだろ!? するよ!」


 ついに俺は言ってしまった。というか、言わされてしまった。


「ついに折れてくれたのね。長かったわ」

「ようやくエレとの結婚を認めてくれたか。ずいぶんと時間がかかったな」


 3人はやれやれとでもいうべきか、ようやく俺が結婚することを決めたことに胸をなでおろしていた。


「じゃあ家に帰りましょ」

「へいへいそう致しましょうかお嬢様」


 俺はいやいやながら屋敷に帰ることにした。

 結婚は人生の牢獄とは言うが、どうなることやら。




【次回予告】


春本番を迎える中、新たな1組の夫婦が生まれようとしていた。


最終話 「傭兵と悪役令嬢、結婚式に出る」

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