第42話 悪役令嬢、父親を巻き込む

 親子そろって朝食を取っているタイミングを見計らって、私はお父様に話を切り出す。


「エレ、大事な話があると聞いたが?」

「うん。お父様……私……コーネリアスの事が……好き……なの」


 私がそう言うと一呼吸おいてお父様は話をしだす。


「ふーむ。やはりそれか」

「!! お父様!? わかってたの!?」

「もちろんだとも。エレ、私を誰だと思ってる? お前の実の父親だぞ? お前の考えなんてすぐ読める。まぁ貴族で自由恋愛というのは贅沢の極みだが協力しよう。何せたった一人しかいない娘のためだからな」

「お父様、ありがとうございます!」




 娘のためにと父親は動き出す。時間を作って馬車に乗り王都へ向かい、とある家……見た感じは完全に平民のものである家を訪ねた。


「お父さん、お母さん、お客様だって」

「何? 私たちに客だと?」


 コーネリアスの両親は玄関へと向かう。そこには彼らからすれば雲の上の人がいた。


「アッシュベリー準爵殿、並びに準爵夫人ですね? 私はドートリッシュ辺境伯。あなたの息子さんの件でお話がしたくて参りました」

「ド、ドド、ドドドドートリッシュ辺境伯様自らですか!? い、一体何があったんですか!? まさかコーネリアスの奴がやらかしたとかですか!?」

「ご安心を。彼は悪いことはしてはいませんよ。ただ……」


 やんごとなき人の突然の登場でパニック寸前の2人をなだめながら辺境伯は話を続けた。




「コーネリアス様、お手紙が届いています。こちらになります」


 いつものように俺は仕送りをする際に家族からの手紙を受け取った。その内容はいつもの仕送りのお願いではなかった。

 とにかく胸焼けがするくらいしつこく、これでもかとエレと結婚しろと家族総出で説得する、いや有無を言わさずに強制させるような強烈な内容だった。

 親だけでなく弟や妹たち全員からのメッセージも添えてある。おそらく強制的に書かせたのだろう。酷い事しやがる。

 親共が言うには辺境伯もあろうお方がわざわざ俺の実家にまで出向いて縁談を持ちかけたらしい。何でまた俺なんかのために?


 その日の夜……俺はドートリッシュ辺境伯の部屋を訪ねた。


「ドートリッシュ様、私の実家を訪ねたそうですね。なぜ私なんかのためにそこまでなさるのですか?」

「なに、君が適任だと思ったからさ」

「適任? 何のですか?」


 辺境伯は話を続ける。


「私の妻エレンは結局エレしか産まずに10年以上も昔、はやり病で逝ってしまった。ラピス王子が亡くなってしまった今となっては婿入りとして後継者が欲しかったんだが、君が適任なんだ。

 マイク王子はあまりにも幼すぎてエレとは釣り合わないだろうからな。

 前の戦では魔女マルゲリータを仕留めたというし、兵士としては十分動けていたとグスタフから聞いている。それに20を超えたとはいえまだまだ若いから統治も軍隊指揮も教えればものにできるだろう」

「俺の……いや、私の実家は準爵ですよ? 準爵の没落貴族の身には辺境伯の娘なんてふさわしくないですよ。名家であるドートリッシュ家の看板に傷がつくじゃないですか」

「なに、それは気にするな。私の目は家の名だけで判断する様な『ふしあな』ではない。君自身の事を家の名を気にせずに見させてもらっているぞ?

 それに君にとっても絶好のチャンスじゃないか。エレと結婚すれば家の再興だって簡単にできるじゃないか。何が不満なのだね?」


 俺はしばし黙って考え込む。




「ドートリッシュ様は名家である辺境伯ですよね? そんなやんごとなき血を引く一人娘を準爵だなんていうところに使うのはもったいなさすぎますよ。たった一人しかいない娘なんですからもっと重要な家なんてたくさんありますよね?」

「たった一人しかいない娘だからこそ彼女の要望に応えたいんだよ。コーネリアス、エレはお前に惚れてるんだよ。おまえもエレの事を思っているんだろ? 自由恋愛に極めて近い形で結婚出来れば幸せな一生を送れると思うんだが……それともエレじゃ不満か?」

「不満ってわけじゃないですけど……」

「なら、何が問題なのだね?」


 また沈黙すること、しばし。俺はまとまりきれてはいない頭のまましゃべりだした。


「分からないです。分からないんですけど、何か……何かモヤモヤするんですよ。よくわかりませんが、モヤモヤするんです。ここまで持ち上げられるのに慣れて無いというか、違和感があるんです。うまく言葉にできませんけど」

「……そうか。コーネリアス、幼少の頃の話を聞かせてくれないか? いい思い出も悪い思い出も、全部な」

「ええ? いきなり思い出話ですか?」

「そうだ。ちなみにこれは雇用主としての命令だから拒否権は無いぞ」

「は、はぁ。わかりました」


 俺は表向きにはエレアノールのボディガードという事になっているが実際にはその父である辺境伯と雇用契約を交わしている。

 命令とあれば仕方ない。俺はあまり思い出したくない思い出に触れることにした。




【次回予告】


コーネリアスはできれば触れられたくなかった過去をぽつりぽつりと語りだした。


第43話 「傭兵、過去を語る」

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