第41話 悪役令嬢、傭兵に迫る

「コーネリアス、夕方になったら私の部屋に来て。話したいことがあるから」

「ええ? わ、分かりました。お伺いしますね」


 久しぶりに呼び出しを食らう。もちろん悪いことはしていないはず。何だろう?




「ただいま参りました」


 言われた通り夕方になり俺はエレアノールの部屋に行く。彼女は風呂上りなのか、汗と濃い石けんの香りが鼻につく。


「来てくれたのね。渡したいものがあるの」


 そう言うとエレアノールは小さな箱を俺に見せる。


「これ、何だと思う?」

「これ……まさか……」


 俺とてバカでも唐変木とうへんぼくでもない。彼女がそれを開けてみると俺の予想通り、ダイヤモンドのはまった銀でできた指輪が入っていた。


「本当は男の人の方から告白されるのが筋ってものだけどそれだと一生かかっても声がかからないから私から言うね。私と結婚してくれる?」

「……不本意かもしれませんが、お断りします」


 俺はぴしゃり、と断った。


「何で!? 私の事、嫌いなの?」

「好き嫌い以前に俺は準爵の子で、お嬢様は辺境伯の娘です。身分が違いすぎます。現実はどっかの作家が書いた騎士物語じゃないんですよ? 俺みたいなろくでもない男に引っかかっちゃせっかくの人生棒に振ります。

 マイク王子と結婚する事ですな。結婚さえすれば恋愛感情なんてものは後からついてくるもんですし……」

「マイク王子じゃダメなの。世界中のどの男でもダメなの。コーネリアス以外の人とは結婚したくないわ」


 そこまで言ってお互いに黙る。しばらくして俺が口を動かす。


「何でラピス王子じゃなくて俺なんですか? 俺みたいな粗暴の人間なんて……」

「舞踏会の日に私を直接救ってくれただけでなく、運命を変えて私を生かしてくれた命の恩人じゃない。それなりの対価を払うってのが筋ってもんじゃないの?

 それにあなたと結婚すればラピスの分まで幸せになって、彼もいい人を見つけたねって喜んでくれると思うよ。死んだ人間の分まで生きることがとむらいだってあなたが言い出したんじゃない」

「言っとくが俺はお嬢様に恋愛感情なんて対して抱いてないけどいいんですか?」

「『結婚さえすれば恋愛感情は後からついてくる』ものじゃないの? さっき言ったじゃない。言いだしたのはあなたでしょ?」

「でも俺の家は……」

「家の名が無い事をうじうじ悩まないの。あなたは国を救った英雄なんだから。誰がどう見たってお互いの名に恥じない結婚式になるわよ。だから心配事なんて何一つないから」

「……お嬢様、私は嘘をつきました。本当はお嬢様の事を人並み以上には思っています」

「!! じゃ、じゃあ……!」

「『だからこそ』です。『だからこそ』俺とは結婚しないでください。しょせん俺は準爵の家の人間ですよ? お嬢様の相手としてはふさわしくありません」


 俺は彼女の要求を突っぱねる。が、エレアノールは食い下がる。


「コーネリアスの弱虫。いや臆病者」

「!! ちょっと待ってくださいよ。弱虫ならまだしもさすがに臆病者は言い過ぎじゃないんですかい?」

「本当の事を言っただけよ。コーネリアスは目の前に降りてきた女神のほほえみに怯えてる臆病者よ。いつまでもウジウジ悩まないの! 私達2人ならうまくいくから、安心して」

「その根拠が一切ない自身はどこから来るのですか? あのですね、『恋は盲目』っていう言葉があるようにお嬢様は視野が狭くなってます。

 俺とお嬢様とではそもそも『住む世界が違う』んですよ。同じ空気を『吸えない』し『吸うべきではない』し『吸ってはいけない』くらい身分の差があるんですよ。

 あ、そうそう。身分を捨てて一緒になろうなんて絶対に言わないで下さいね。絶対に後悔しますから」

「ハァ……もういい。帰って」


 ようやく納得したようで彼女はあきらめてくれた。




 その日の夜……


 15歳になり成人したばかりだというのにエレアノールはワインをラッパ飲みであおるように飲んでいた。


「お嬢様、飲みすぎですよ。それにラッパ飲みなんてはしたない真似はやめていただけますか?」

「グスタフゥ。コーネリアスがバカすぎてバカすぎて……飲まなきゃやってらんないわよ……ヒック」


 コーネリアスが彼女の告白を断ったのは知っている。おそらくそれ絡みの事だろう。


「お嬢様、聞いてください。人間というのは快楽や安心感だけではなくて、不安や「心の傷」にも執着して、それを「自分」だと認識する生き物です。

 また人間にとって「自分」は命よりも大切なものですから、中には「この傷を失うくらいなら死んだほうがましだ」と考える人だっているわけです。

 コーネリアスは多分没落貴族というのが大きな劣等感になっていて、それが彼を形作る基盤になっていると思われますから、それをお嬢様との結婚で失うというのは、自分というものが粉みじんになるまで砕け散って自分が自分で無くなるくらいの恐怖でしょうな」

「……怖い? 私と結婚することが? なんで?」

「先ほども申したように人というのは幼少期の心の傷にも執着するものです。人間というのは一度出来上がった自分というのは崩しがたいものなのです。……その自分というのがどれほど歪んでいようとも、です。

 コーネリアスの奴は自分の身分が変わることに耐えきれないのでしょうな。準爵から一気に辺境伯にまで成り上がる事に違和感というか不快感を持っているのでしょうね」

「……」


 エレアノールは黙ってグスタフの言うことを聞いていた。


「私からも説得いたします。なのでお嬢様は待っていただけないでしょうか?」

「分かったわよ。絶対コーネリアスの事をその気にさせてよね。このままじゃ私あっという間に片思いのおばあちゃんになっちゃうわよ」

「承知しました。今日はもうお休みを取られてはいかがでしょうか? これ以上飲むと翌日に響きますよ?」

「分かったわよ。お休み」


 そう言って彼女はふらふらと歩き、倒れ込むようにベッドで横になり眠った。




【次回予告】


自分だけの力では無理だと思ったエレアノールは父親を頼る。上手くいくだろうか?


第42話 「悪役令嬢、父親を巻き込む」

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