第36話 傭兵と黒錆と魔導学院長、チート転生者と戦う

「おいオッサン。調子ブッこいてんじゃねえぞ」


 マルゲリータは持っていた剣をしまい、両手の指10本を立てる。その1本1本の先端にはそいつの握り拳位の炎の球があった。


≪ファイアーボール!≫


 10本の指から同時に炎の球が放たれる! 俺は防御魔法を発動する。


「大地の精霊よ、我が言葉に耳を傾けたまえ……」

(我が望むは大地の加護。敵から身を守る盾となれ!)


≪シールド!≫


 俺の目の前に透明な壁が現れる。炎の球10個は壁に着弾し、めり込んだあと消えた。

 10発もの炎の球を受け止めた魔法の盾はヒビだらけのボロボロの状態になり、バラバラと砕け散っていった。


「下級魔法とはいえ詠唱無しで10発同時にだと!? 無茶苦茶やりやがる!」


 呪文の詠唱は実は「省略」が可能だ。だがそうすると魔力の消費量は格段に跳ね上がるので費用対効果が非常に悪く、不意を突かれた際の緊急事態程度にしか使われない。


「ほう。速射が出来るとはなかなかやるじゃねえか」


 速射。口で魔法を詠唱する「オーラル」と、手で印を刻んで発動する「ハンド」の応用技で、オーラルとハンドで「半分ずつに分けて」1つの呪文を詠唱することで

 単純計算で普段の半分の時間で魔法を発動させる技だ。


「遊んでやるよ。まとめてかかってきな」


 彼女は左手で手招きするようなしぐさで挑発する。グスタフのオッサンとアンドリューががそれに乗っかって全力で斬りかかった。彼女はそれをそよ風を受けるかのように受け止めてみせた。




「ぐっ!?」

「オメェ確か『黒錆のグスタフ』とかいうあだ名があるそうじゃねえか。どんだけ強えかほんの少し興味あったんだが……つまんねえな」


 腕が常人の2まわりも太い大男が全力で斬りかかっているにも関わらず、彼女は涼しい顔をしていた。

 逆にグスタフのオッサンやアンドリューからはピリピリした殺気ともいえる雰囲気が漂ってくる。

 相手の華奢きゃしゃな見た目からは信じられないが、どうやら相手は彼らよりも上手らしい。


「炎の精霊よ。わが言葉に耳を傾けたまえ……」

(炎の精霊よ。わが語りに目を向けたまえ……)


 俺は2人を援護するために≪フレアバースト≫の呪文を詠唱する。


「我が望むは炎の加護。あらゆるものを燃やし灰へと変える炎の力。敵を焼き尽くす炎の弾となれ!」

(我が望むは炎の加護。あらゆるものを燃やし灰へと変える炎の力。敵を焼き尽くす炎の弾となれ!)


 そして口と手の詠唱が終わった直後、ふところから≪フレアバースト≫が書き込まれた羊皮紙を取り出し、オーラルとハンドのものと合わせて3重に重ねたものを放つ。


≪フレアバースト!≫


 炎の弾3つが束になりマルゲリータに襲い掛かる!


≪シールド!≫


 だが相手も来るのをわかっていたようで≪シールド≫で対抗してくる。俺の中ではめったに出さない切り札とでもいえる最高に近い火力の物があっさり≪シールド≫で相殺そうさいされて防がれてしまった。




「炎の精霊よ。わが語りに目を向けたまえ……」


 マルゲリータはフレアバーストの呪文の詠唱を始める。グスタフのオッサンとアンドリューがそれを止めるため斬りかかるが彼女は軽くいなすだけで口を封じることはできない。


「くっ! 大地の精霊よ、我が言葉に耳を傾けたまえ……」

(我が望むは大地の加護。敵から身を守る盾となれ!)


 俺はせめてもの援護のため≪シールド≫の呪文を詠唱する。


「我が望むは炎の加護。あらゆるものを燃やし灰へと変える炎の力。敵を焼き尽くす炎の弾となれ!」


≪フレアバースト!≫


 彼女の左手から屈強なグスタフのおっさんの背丈をも超える巨大な火球が放たれた。


≪シールド!≫


 俺は2人の前に≪シールド≫を出して抵抗する。巨大な火球を完全に止められるわけではないものの、脱出のための数秒間を作ることはできた。

 両者とも無傷で回避する。



「ハァ……ハァ……」

「どうしたコーネリアス、もう限界か?」

「……」


 俺は腰のホルダーに忍ばせていたもう1本の魔力回復のポーションを取り出し、一気飲みする。

 そういう学院長もポーションらしき薬品をちびちびと飲んでて、ある程度は追い詰められてはいるらしい。


「まだだ!」

「そのいきだ」

「学院長殿、≪メテオ≫を強射でデュオ2名アレグレットやや早くの速度で、できますか?」

「……少々大げさではないか? まぁいいだろう」


 俺たちは魔法の詠唱を始める。


「「大地の精霊、それに炎の精霊よ。我が言葉に耳を傾けたまえ。我が望むは人の手に余るほどの巨大な力。天より下される大いなる岩の一撃……」」

((大地の精霊、それに炎の精霊よ。我が語りに目を向けたまえ。我が望むは人の手に余るほどの巨大な力。天より下される大いなる岩の一撃……))


「!! あいつら!」


 口の動きで詠唱している呪文の内容を理解したマルゲリータが焦りだす。目の前の邪魔者であるグスタフのオッサンやアンドリューに本気を出したのか、明らかに顔つきを変えつつ斬りかかる。

 ガキン、ガキン、という剣と剣、あるいは剣と盾がぶつかり合う音が絶え間なく聞こえてくる。対する2人は盾や剣で受け止めるのが精いっぱいでなかなか反撃に出ることが出来ない。


「「人はそれを天から下される神の鉄槌と呼び、あるいはいかずちを超える裁きの一撃と呼び、またあるいは主の手による神罰の力と呼び、恐れひれ伏す偉大にして無慈悲な破壊そのもの……」」

((人はそれを天から下される神の鉄槌と呼び、あるいはいかずちを超える裁きの一撃と呼び、またあるいは主の手による神罰の力と呼び、恐れひれ伏す偉大にして無慈悲な破壊そのもの……))


「テメェら! どけって言ってんのがわかんねえのか!? アァ!?」


 呪文の詠唱を止めるためにグスタフのオッサン達に斬撃の嵐を浴びせ、金属と金属がこすれあう音が絶え間なく聞こえてくる。見たところ2人とも防戦一方なようだ。


「「我は我が前に立ちはだかる敵を無情に打ち砕く力を欲す。その力の名は……」」

((我は我が前に立ちはだかる敵を無情に打ち砕く力を欲す。その力の名は……))


「!! しまっ……!」

 そして、ついにグスタフのオッサンの盾が弾かれ、腹に剣の一突きが入り彼は崩れ落ちる。だが魔法は完成した。


「「≪メテオ!≫」」

((≪メテオ!≫))




「チッ! 大地の精霊よ、我が言葉に耳を傾けたまえ。我が望むは大地の加護。敵から身を守る盾となれ!」

(大地の精霊よ、我が語りに目を向けたまえ。我が望むは大地の加護。敵から身を守る盾となれ!)


≪シールド!≫


 ≪メテオ≫の発動を阻止できなかったため彼女は落下物から身を守るために防御魔法を展開する。直後「大岩」とでもいうべき巨大な岩が空から彼女目がけて降ってきた。

 彼女が展開した≪シールド≫は2秒も持たずに砕け散り、岩が身体を直撃する。


「うおおおお! こんなものおおおお!」


 魔力でできた岩を全身の筋肉の力で強引に押し返そうと必死になるが、無駄な抵抗だ。足の骨がベキリ! と音を立てて折れ、体が崩れ落ち、岩の下敷きになった。

 岩が地面に着弾する轟音が周辺に響き、しばらくして魔力でできた大岩が力を失いバラバラに砕け散った後で岩が落ちた場所を見てみると、潰されたはずのマルゲリータの身体はきれいに残っていた。

 鎧がバラバラに砕け、全身のいたるところから多量の出血をしている程度で済んでいるのがある意味不気味だ。

 俺と学院長が2人協力して放った強射の≪メテオ≫だ。城壁ですら粉微塵こなみじんになるほどの威力で、まともに人間をやっているのならかけら1つ残らず粉砕されていてもおかしくは無いのだが……。


「ころ……して……やる……」


 彼女は起き上がり、血だらけになった状態で折れた右足を引きずりながら俺に向かって歩いてくる。


「ころ……し……て……」


 あの女は剣を振り上げるとそのままの姿勢で地面にぶっ倒れ、動かなくなった。念のため瞳孔どうこうを見たが開いてはおらず、首筋に触れると脈があった。


「嘘だろ……気を失っただけでまだ生きてる。≪メテオ≫の直撃を食らったはずなのに」

「ちょうどいい。生け捕りにしよう」

「俺としてはさっさとトドメを刺したほうが良いと思うんですけどね。学院長殿がそうおっしゃるのなら従いますが」


 俺たちがマルゲリータを捕縛するのとほぼ同時刻……




≪≪≪フレアバースト!≫≫≫


 辺境伯軍から炎の弾が十数発、敵軍に向かって飛び兵士たちを燃やす。魔導学院OB達による魔術師隊の威力は絶大で雑兵はもちろん、王国近衛兵をもねじ伏せる。


「勝利を……マルゲリータ様に……勝利を……」


 うわごとのようにそうぼやくだけの国王とドートリッシュ辺境伯が相まみえる。


「やはりあの魔女に操られているようだな」

「マルゲリータ様に……栄光あれ!」


 意を決したのか国王は剣を抜き僅かな手勢である衛兵とともに敵に襲い掛かる! 辺境伯も自らが率いる兵士たちに指示を送り戦わせる。

 単純にその場にいた兵数で辺境伯側は大きくリードしていたためか国王側はあっという間に全滅し、王もその場で捕縛されてしまう。


 こうして、後の歴史に残る魔女マルゲリータによる王国乗っ取り未遂事件の幕は下りた。




【次回予告】


戦いは終わった。英雄の凱旋だ。


第37話 「傭兵と辺境伯、帰還する」

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