第34話 傭兵、戦場に出る

「全軍、進撃を開始せよ!」


 辺境伯率いる軍が動き出す。それに呼応するようにマルゲリータ率いる王国軍もまた動き出す。


「では行こうか、イザベラ」

「ふふっ。私の研究成果のお披露目には絶好の機会ですね」


 マルゲリータとイザベラは戦闘用の鎧を着て戦場に立っていた。

 マルゲリータの物は男物の鎧を参考に作られた全身をしっかりと覆えるものだが、イザベラのは胸や股間を隠すだけのずいぶん露出度の高いものだった。

 イザベラは人間の耳には聞こえない低い音を鳴らす特別性の笛を吹いた。

 それに実験体たち……ストライフ伯爵やラピス第1王子、イラーリオ子爵など改造された者達が反応し、

 体がボコボコという肉が膨れ上がる不協和音を奏でながら人間の形をした化け物へと変わっていく。


「さあ行け! すべてを破壊しろ!」


 マルゲリータは肉の塊共に指示を出した。




「な、何だよあの怪物! オイ! コーネリアス! こんなの聞いてねえぞ!」

「アンドリュー、大丈夫だ! あいつらの攻撃は威力こそでかいが大振りだから当たらなきゃどうってことねえ! 援護してやるから行け! 行くんだ!」

「クソッ! 無茶苦茶言いやがる!」

「うるせー! 傭兵は1度契約したら契約のために死ぬまでが業務のうちだ! 職務に殉じろ! 腹くくれ!」

「クッ! わかったよ! 戦えばいいんだろ戦えばよぉ!」


 敵である「改造された人間」はその巨大な腕を振り回してくるという単純だが強力な攻撃を仕掛けてくる。だが単純なだけに熟練者から見れば避けるのはたやすい。

 アンドリューは鎧を着こんでいるにも関わらず俊敏な動きで怪物たちの攻撃を避け、反撃を食らわせている。

 彼を含めた前衛の連中が化け物の相手をしている間に魔法の詠唱を始める。


「風の精霊よ。わが言葉に耳を傾けたまえ。我が望むは風の加護。目の前に立ちはだかる敵を切り裂く風の力。敵を切り刻む風の刃となれ!」

(風の精霊よ。わが語りに目を向けたまえ。我が望むは風の加護。目の前に立ちはだかる敵を切り裂く風の力。敵を切り刻む風の刃となれ!)


≪エアブレイド!≫


 小型ではあるが真空の竜巻が肉でできた化け物の身体を、特に脚をズタズタに切り裂いた。

 倒れた化け物に仲間がトドメを刺して終わりだ。

 アンドリューも俺の指示通り攻撃を受け止めるのではなく回避し、うまく立ち回ってる。この辺はさすがだなと思う。俺同様、長生きしているのは伊達ではない。




「そうだ、グスタフのオッサンは?」


 俺が戦場にいる彼の姿を確認すると、1人で化け物を相手にしていた。

 巧みな動きで盾の動きや受け止め方に工夫して、敵の腕力を「真正面から受け止める」のではなく「受け流す」ようにベクトルを散らす。

 そして反撃で確実かつ的確に相手の心臓、肺、もしくは首という致命傷になる場所をミスリルの剣で突き、あるいは切り裂く。

 滑らかかつよどみも無駄もない鮮やかな動きだ。さすが『黒錆のグスタフ』なんていう二つ名がつくくらいだから相当な実力者だ。動きに年季が入ってるな。


 化け物は軽く見ても7~8体以上はいる。でもこのメンツなら負ける気はしなかった。


「風の精霊よ。わが言葉に耳を傾けたまえ……」

(風の精霊よ。わが語りに目を向けたまえ……)


 俺は続けざまに魔法の詠唱を始めた。




 辺境伯軍の左翼を担当していたテラ率いる魔術師がいない(魔術師は辺境伯の部隊に組み込まれている)一般兵と少量の弓隊で構成された部隊は敵隊と接触する。


「風の精霊よ。わが言葉に耳を傾けたまえ。我が望むは風の加護……」

(風の精霊よ。わが語りに目を向けたまえ。我が望むは風の加護……)


 テラは呪文を詠唱する。


「……目の前に立ちはだかる敵を切り裂く風の力。敵を切り刻む風の刃となれ!」

(……目の前に立ちはだかる敵を切り裂く風の力。敵を切り刻む風の刃となれ!)


≪エアブレイド!≫


 暴風雨とでもいえる真空の刃の嵐が彼から放たれる。10人近い敵兵が巻き込まれ身体をズタズタに切り裂かれ、あるいは吹き飛ばされる。




 その兵を率いる剣と盾を持った女は小麦色の肌にまさに今が女の盛りと言える肢体で、鎧を着ているものの胸部や股間を申し訳程度に守る程でボディを見せつけるような恰好、そして若々しい濃い青色の髪。

 10代後半に見える彼女の肉体は実際には魔導学院長とほぼ同い年とは到底思えなかった。


「テラ、老いたわね。もう完全に弱っちい老人そのものじゃない。枯れ木のように細くなってしまって、不憫ふびんなモノね」

「イザベラ……その肉体を得るのに何人犠牲にしたと思ってる!?」

「フフッ。人類最大の敵である『老い』に打ち勝つことが出来るのよ? 何にもない、何物にもなれない凡人がそのための「いしずえ」になるなんて実に、実に光栄な事だとは思わないかしら?」

「そうか。そこまで言うか……イザベラ、もうお前は私にとって学友でも何でもない。倒すべき敵だ」


「炎の精霊よ。わが言葉に耳を傾けたまえ……」

(炎の精霊よ。わが語りに目を向けたまえ……)


 学院長は呪文の詠唱を行う。それを見てイザベラは持っていた剣を彼に向け魔法を発動する。


≪フレアバースト!≫


 呪文の詠唱も無しに人間の上半身ほどもある火球が学院長を襲った。


「学院長を守れ!」


 配下の兵たちは密集し盾を並べて対抗する。命中すると1名大やけどを負い継戦不能になるほどの損害が出る。


「我が望むは炎の加護。あらゆるものを燃やし灰へと変える炎の力。敵を焼き尽くす炎の弾となれ!」

(我が望むは炎の加護。あらゆるものを燃やし灰へと変える炎の力。敵を焼き尽くす炎の弾となれ!)


≪フレアバースト!≫


 彼の手からイザベラの背丈に匹敵する火球が放たれ、イザベラとその取り巻きである兵士に襲い掛かる!


≪シールド!≫


 だが彼女の盾から防御魔法が放たれる。

 矢や魔法を防ぐ透明な盾は敵の雑兵を巻き込んでいくらか弱くなったテラの魔法で砕かれたもののクッションになり、イザベラ自身はかすり傷で済んだ。


(おそらく武器や防具に羊皮紙に書き込むように魔法が書き込まれているのだな。それもかなり魔力が高い物を複数回使用可能なのだろう)


 テラは冷静に目の前の敵の兵装を分析する。




「オイイザベラ、オレにもエサを寄こせよ。独り占めするんじゃねえよ」

「ハイハイ分かりましたよお嬢様。どうぞお好きなように」


 今度はマルゲリータが前に出る。それを見た弓兵達が彼女を狙って矢を放とうとした、まさにその瞬間!

 神速の速さで戦場を駆けた彼女がいともたやすく前列の兵士をすり抜け、後列にいた弓兵5人を一瞬で斬り捨てる。


「!?」


 弓兵たちは訳も分からずバタバタと倒れていった。


「どうした? この程度か? もっとオレを楽しませてくれよ。こんなんじゃ弱いものいじめになっちまうぜ? オイ、テラ。おめえの事は今すぐでも『トれる』けど特別に最後にしてやる。少しでも長生きできることに泣いて感謝しろよ?」


 マルゲリータは余裕綽々しゃくしゃくとした顔と態度を取る。残りの弓兵がつがえていた矢を放つが、全く当たらない。逆に彼女の剣で次々と一方的に斬り殺されていった。

 その惨状を前にしてテラは、この戦いは負けるだろう、そう読んでいた。そこまで読めても冷静であった。




【次回予告】


改造された人間たちを退治した後、テラ学院長からの救援要請が入る。


第35話 「黒錆、狂気の錬金術師をねじ伏せる」

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