第33話 決戦を控えて

「……というわけだ。前にも言った通り、我々は明日決起し王都に向かい王家と戦うことになる。各自、準備を怠らないようにしてくれ」


 冬になり朝の冷えが厳しい季節になったころ、ミーティングでグスタフのおっさんがこれからの予定について話す。


「グスタフさん、いよいよですね」

「ああ。お前も出るんだろ?」

「お嬢様はそのために俺を雇ったようなものですからね」


 明日、辺境伯率いる軍が王都めがけて進軍を開始する。エレアノールが言うにはおそらく王家を裏で操ってるマルゲリータが戦場に出るらしく、そいつを潰せばすべては終わるという。




「ねぇコーネリアス。傭兵って寝返ったりしないの?」


 通常勤務であるボディガードの仕事が終わった夕方、エレアノールが聞いてくる。

 不本意な話だが昔から傭兵というのは金次第でコロコロと裏切る、というイメージがついて回っている。

 無論、それは営業妨害で訴えたいくらいの嘘なのだが。


「寝返りは傭兵にとっては絶対にやってはいけないことです。信用問題に関わりますからね。他の傭兵に粛清されても仕方ない行為です。

 傭兵はカネのために戦い契約のために死ぬところまでが仕事ですから。

 そういうのはある雇用主が契約金を払うのを渋って契約解消になって、強さを知ってる敵に雇用されるのを他人が見て裏切ったと思われるんじゃないんですかね?」

「ふーん、そう。コーネリアス、あなた死ぬのは怖くないの?」

「誰だって死ぬのは怖いですよ。もちろん俺だってそうです。でもそういう仕事ですからね。そこだけは傭兵の誇りってやつですよ。寝返りする奴は傭兵崩れの野盗のやることです。そこまで落ちぶれてでも生きたくはないですね」




 正直な話、死ぬのが怖くない奴なんていないだろう。イカレた宗教と教義を信じている狂信者でさえそうだ。

 ましてや普通の人間においては死ほど怖いものは無いだろう。

 俺だって昔は特にそうだったし、今でも程度の差こそあれ、そうだ。死ぬのは怖い。でも傭兵を家業として仕事をしている以上、生き恥を晒してまで生きるつもりはない。


「契約が有効であるうちは命を失う事になってでも契約主を決して裏切らない」これは傭兵が持っている最低限度にして最も強い契約である。

 これがあるからこそ傭兵は傭兵としてやっていける、傭兵という仕事が成り立つ最低にして最高の「信用」である。

 職務に殉じて死ねば家族を、俺の場合は弟や妹たちついでのオマケに両親を路頭に迷わせることにならなくて済む。だから傭兵は自らの命を天秤てんびんにかけて戦場を駆けるのである。


「コーネリアスもお父様と一緒に戦争に行くんでしょ? 帰ってくるよね?」

「こればっかりは無事でいる保証はないです。傭兵ってのは雇用主の元で死ぬところまでが業務のうちですからね」

「死ぬなんて言わないでよ! 縁起でもない。コーネリアス、絶対帰ってくるって約束して!」

「はっきり申し上げて出来ませんね」

「もうっ! こういう時はウソでもいいから絶対帰ってくるって約束してよ!」

「俺は嘘つきにはなりたくないんで辞めときます。裏切った際余計に傷つけるだけですから」

「……」


 お互いに黙る。エレアノールは色々と考えた後、俺に向かってその言葉を言い出した。


「……帰ってきてよ。私、コーネリアスの事が好きだから。大好きだから!」

「……あの時、舞踏会で助けられた時以来ですか」

「うん。あの日からずっと貴方の事を思ってる。本音を言っても許されるのなら、私にとってコーネリアスはラピスよりもずっと大切な人だから」

「俺みたいな男なんて忘れたほうが良いですよ。またラピス王子とよりを戻すかもしれないのですから」

「!! コーネリアスのバカッ! もう知らない!」


 エレアノールは怒って自分の部屋へと行ってしまった。

 まぁいいだろう。俺みたいな男の事なんて嫌ってくれたほうがちょうど良い。辺境伯の娘というやんごとなき人からの愛は、準爵である俺の身には重すぎる。




 そして迎えた決起当日の朝。ドートリッシュ辺境伯が出陣式を行う。


「今回の出兵は王族や貴族をたぶらかし、国を転覆させんと目論む魔女マルゲリータを討つためである。

 あの女は狡猾な方法で罪のないものを洗脳し配下にへと作り替えている。その卑劣な行為は断固として止めなくてはならない!

 正義は我らの方にある! 魔女を討ち、真に国を平和にし、そして勝利の旗を手に再びこの地に戻り、凱旋がいせんしようではないか!」


 スピーチが終わり出兵が始まる。1日かけて行軍し、王都に攻め込む手はずだ。




「ククク……そうか。辺境伯軍が来るか」


 マルゲリータは知らせを聞いてにやりと笑う。


「キヒヒ……この戦争ドンパチに勝てばドートリッシュ家は国家反逆罪でお家断絶。予定よりも前倒しになるがエレアノールも処刑出来るから都合がいい。

 変にカマトトぶってシナリオに従う必要なんて無かったな。魅了で国中の男を落とせばこの国はオレの物だ。

 白馬の王子様なんていらねぇ。オレが女王になりゃすべて解決だ。

 おい国王さんよ。戦争ドンパチやるからうまくやってくれ。表向きにはお前が総大将なんだからよ」

「はい分かりました、マルゲリータ様。貴女様の仰せのままに」


 マルゲリータは国王をアゴで使い、うまくやれと指示を飛ばした。




【次回予告】


ついにマルゲリータ率いる国王軍と、辺境伯軍とが衝突する。

第34話 「傭兵、戦場に出る」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る