第26話 傭兵、夕食を取る
森の中にいくつかある小川。そこにウサギなど小動物たちが水を求めて集まっていた。その時……!!
「ギッ!」
1羽のウサギに矢が突き刺さり、地面に倒れ動かなくなる。鮮血の臭いをかぎ取った他の小動物たちはクモの子を散らすように逃げ出す。
倒れたまま動かないウサギに純白の髪をした狩人が近づいてくる。エレアノールだった。
いつものようなドレス姿ではなく、男物の動きやすい狩人の恰好で、髪は邪魔にならないよう束ねていた。
「今日はこの辺にしておきますか。遅くなっちゃうし」
本日3羽目の獲物を前に彼女はそう言ってその場で慣れた手つきで血抜き、解体を行い帰路についた。
「今日はパンとカブのスープに……お、ウサギのもも肉のソテーか」
俺たちボディガードの食事には結構な頻度でウサギや鹿などの肉が出る。辺境ならではの自然の恵みというやつだ。華の王都とは正反対の位置にある辺境においては、娯楽らしい娯楽は数少なく、食事はその中の貴重な1つだ。
そのためか辺境伯殿は俺たちボディガードの食事にもずいぶんと気を配ってくれている。
食事に出されるパンは常に毎日焼き立てのアツアツだし、スープもおかずも火を通すものならこれもまた出来立ての温かいものばかり。
今日の夕食も焼き立てのパンにウサギの肉、カブのスープもウサギの
パンは薪代をケチるため保存がきくようにわざと水分を抜いてパサパサのカチカチに仕上げて、スープに浸けてふやかさないとまともに食えるものではない昔の頃のパンとは違い、しっとりとした食感でほのかに甘味すらあるほど上質な小麦から作った白パンだ。
おかずである肉は貧乏していた昔の頃ではもちろん貴重品であり、月に一度腐りかけの少し嫌な臭いがするクズ肉をほんのひとかけだけ食えるという感覚だ。猟師の血抜き解体が上手いのか臭みがなくこれも文句なく美味い。
中でも特に美味いのはスープだ。
カブのスープは幼少のころから食ってたがあの頃の味付けはやたらと薄い塩味しかしなくて、もちろん出汁などという
具のカブも果たして「カブのスープ」と名乗れるのか? と思う位申し訳程度にしかないという悲惨なものだった。それを考えると同じ名前の料理でもまるで別物。
さすがだ。辺境伯殿は
一人でメシを食ってると、エレアノールが俺の様子を見るためにやってくる。
「どう? コーネリアス。ウサギ、おいしい?」
「このウサギ、何かあるんですか? お嬢様自ら調理した、とかですか?」
見た限りではごく普通なウサギのもも肉のソテー、それに対しに何かこだわりでもあるかのような表情だったので試しに聞いてみた。返ってきたのは意外過ぎる一言だった。
「おしいね。私が採ってきて、調理したのよ」
「へー。お嬢様はハンティングもたしなんでおられるとは。大した猟犬ですね」
「猟犬? そんなの必要ないわ。弓を持って待ち構えて……ってね。血抜きも解体もしたわ」
そう言って彼女は弓を射るジェスチャーをする。つまりは料理どころか自らの手で狩って血抜きに解体までやったらしい。
狩りだけならまだしも、普通の考えだったら血抜きや解体は下層の人間のやることで貴族、ましてや国のNO.2にもなる名家の関係者がやることではない。
「……そんなことまでできるんですかお嬢様は」
「うん。いざというときには1人でも生きていけるように教わってるわ」
「……」
さすが辺境伯の娘、ある意味英才教育といえる。
「差し障りの無いお話ならいいんですがお嬢様の食卓に上がったものってどんなものがあります?」
「うーん。パンに肉に野菜に、あとサンマが出たわ」
「!? サンマですか!? こんなところで!?」
「うん。私もよくわからないけど保存の魔法で特別に持ってきてもらっているらしいわ」
見渡す限り森しかないこの辺境において魚は川魚ですらだいぶ希少なものだ。ましてや海の魚というのは黄金に匹敵するくらいの価値といっても過言ではない。
こんなところまで持ってくるには難度の高い保存の魔法を使わない限り食卓にあげられるような鮮度で出すのは不可能だからだ。
さすがは名家、金持ってんだな。
【次回予告】
傭兵たるもの貸し借りが命と同じくらい非常に大事になるのだ。
第27話 「傭兵、貸し借りを語る」
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