第27話 傭兵、貸し借りを語る

 俺は相変わらずアンドリュー相手に敬語がなっている、なっていないでもめていた。


「相変わらずお前は先輩に対する敬語や態度がなってねぇなぁ」

「どの口が言うんだ。お前は昔、仕事の立場上俺が先輩だった時も敬語がなってなかったじゃねえか。お返しだよ」

「そう言うか……よし分かった! 『借り』を無かった事にしてくれるってんなら俺の事を先輩付けで呼ばなくてもいいぞ!」

「寝言ほざくんじゃねえ。その程度で『借り』を返せると思ってんのか? お前の『借り』は命にかかわるものだぞ? その程度でチャラにされてたまるか」


 お互い1歩も引かない。


「コーネリアス、アンドリュー、2人とも止めにしないか。お互い同じチームのメンバーなんだぞ? 仲良くしないか」


 見かねたグスタフのオッサンが割って入る。こうなると文句は言えない。


「ああ、すいません。つい口が過ぎてしまって……」

「すいませんグスタフさん。俺もちょっと言い過ぎたな。わるかったよ」


 俺たちはその場で取りつくろった。変にごねてもデメリットばかりでそうせざるを得ない、というのが正確なところだが。


「まぁ私も元傭兵だったから貸し借りや上下関係についてはわかってるつもりだ。だがそれが原因で足並みが乱れたら仕事にならなくなる。それだけは忘れないでくれ。いいな」

「「はい、分かりました」」


 ……やれやれ。これじゃあまるで兄弟げんかを親父に止められる子供じゃねえか。情けない。




 後日、その話題をエレアノールが振ってきた。


「ねぇコーネリアス、アンドリューと昔何かあったの? 貸し借りがどうのこうのって聞いてるけど」

「昔アイツと契約上で敵対した時に俺が本気を出せばアイツを殺してしまうところを手加減して大けがで済ませたんですよ」

「手加減? 傭兵ってそんなことするの?」

「いつ敵や味方になるか分かったもんじゃないからそういう互助ごじょシステムが上手くいってるんですよ傭兵ってのは」


 傭兵同士の戦いでは、例えば本気でぶつかり合ったら死んでしまうところを手加減をして大けがで済ますといった八百長もごく普通に行われている。

 中には故郷では隣人であろうと、契約上敵同士になったら遠慮えんりょ躊躇ちゅうちょも無く殺し合いを始めるという、骨のずいまで傭兵なガチの中のガチという連中もいるにはいる。

 だがそれはごく少数の例外事項であり、大抵の傭兵は契約に違反しない限りは八百長などをやって極力戦いにならないよう誤魔化ごまかしたり、仮に戦になっても手加減して命までは奪わない、といったこともごく普通に行われる。


 そういった「貸し借り」を作るのも傭兵として長くやっていくための処世術というやつだ。

 傭兵家業を務める中でそういう貸し借りは時に命の危険からも守ってくれるのでこの業界ではそういう行為が苦手な奴から死んでいくと言われている。


「へぇ。そんなことがあるんだ」

「これも先輩方が編み出した生き残る上での処世術ってやつですよ。借りがあれば後で敵対された時も命だけは勘弁してもらえる事もあるんでかなり役に立ちますよ。上手いもんでしょ?」

「ふーん。でも八百長やるってことはまじめに戦うつもりはないってことになるけど?」

「雇う側もその辺の事は織り込み済みだと思いますよ」


 隠したって何か得があるわけでもないので俺はエレアノールに傭兵の裏事情とでもいうべき内情を話す。傭兵が八百長をやるのは昔からの事なので雇う側もそれを承知の上で雇っているだろう。


「命を懸けて戦うにしても前もって死なないように色々細工はするものです。戦場で活躍するのが傭兵の役目だとしても、実際に戦争が起きれば必ず人が死にますからね。人が死ぬってのは傭兵にとっては日常ですけどそれでも嫌なものは嫌ですからね」

「ふーん、そういう事ね。今日はお話聞かせてくれてありがとうね」


 エレアノールは話す前よりも機嫌がよさそうになって帰っていった。御令嬢もあろうお方が聞いても大してためにもならないような無駄知識だというのに。

 内容がどうとかではなく何か俺と話をしたこと、それ自体が楽しいと思っているのだろうか?




【次回予告】

コーネリアスの目は前髪で隠れているように見える。なぜなんだろう?


第28話 「傭兵、素顔を見られる」

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