第19話 傭兵、襲撃される

 俺が今住んでいる場所はドートリッシュ辺境伯の屋敷があるためかこの辺では一番賑わっている町だが、それでも夜になると明かりはまばらで人通りもぱたりとなくなる地域だった。


 その日、酒場で程々に酒を飲みほろ酔い気分で寝床へと帰る途中の出来事だった。背後から誰かに見られている感覚がする……誰かが、俺を尾行している。


「……ネズミが、隠れてないで出てこい!」

(炎の精霊よ。わが語りに目を向けたまえ……)


 俺が念のため炎の魔法をハンドで詠唱しながら暗闇に向かって怒鳴るように言うと、目の前に出てきたのは赤くてコシの無いペタンとした髪をした元勇者様。

 トレードマークの豪勢な装備品は身に着けておらず、ほぼ丸腰だった。


「何だお前か。こんな夜中に何の用だ?」

「た、頼むコーネリアス……人間としての意識があるうちに……俺がまだ人間でいられるうちに……俺を……殺してく……アゴガギゲグガ!」


 そこまで言ったところでアイツの体中の筋肉がボコボコと耳障りな音を立てて膨れ上がり、

 舞踏会の時エレアノールを襲った化け物よりも1まわり以上全身の筋肉がパンプアップした筋肉の化け物とでもいうべき異形の姿へと変わった。




「な!? ……!! 風の精霊よ。わが言葉に耳を傾けたまえ……」

(我が望むは炎の加護。あらゆるものを燃やし灰へと変える炎の力……)


 その異常な光景にうろたえながらも俺は呪文の詠唱を始める。同時にそれを知ってアイツが駆けだす!

 あらかじめハンドで詠唱していた炎の魔法の詠唱でも相手が攻撃するまでに終えることは出来ないだろうが、問題ない。

 俺はふところに隠し持っていた投げナイフを相手の顔面目がけて投げる。思った通り、相手は目をつぶった。


 いくら訓練や経験を積んでいたとしても、ほとんどの人間はとがった物を突然目の前に投げつけられたら反射的に目をつぶるかそらすものだ。その瞬間に俺は横に跳び退く。

 予想通り相手は誰もいない空間をぶん殴り、空振りに終わる。その隙に魔法を発動する。


「我が望むは風の加護。目の前に立ちはだかる敵を切り裂く風の力……」

(敵を焼き尽くす炎の弾となれ!)


≪フレアバースト!≫


 炎の球が相手の顔面を直撃するのを見て、間髪入れずに追撃を放つ。


「敵を切り刻む風の刃となれ!」


≪エアブレイド!≫


 続けて真空の刃が相手を切り刻む。直撃したものの、まだまだ相手は止まらない。

 普通の人間だったら致命傷になるはずだが身体が大きく膨れ上がっているせいかその傷をものともせずに襲い掛かってくる!

 振り下ろされる丸太のように巨大な鈍器になりうる腕の一撃をかわすが形勢は非常に良くない。

 1対1、しかも接近戦となると魔術師である俺は圧倒的不利だ。ろくに魔法を詠唱する時間を稼げない。


「こうなったら……」


 最後の手段に打って出る。俺は相手を背にして駆け出した。要は……逃げ出したのだ。

 もちろんただ闇雲に逃げているわけではなく、ちゃんと計算づくの事で「戦略的撤退」とでもいうべき奴だ。


 屋敷周辺の地図はすでに頭の中に入っていて、どこに行けば何の建物があるのかをほぼ完ぺきに把握している。街中で怪物との命をけた追いかけっこをして、俺は衛兵たちの詰め所にたどり着き、中へと飛び込んだ。




「アンタら! 俺の事を助けてくれ! 怪物に襲われてるんだ!」

「ハァ? 怪物だぁ? そんなのどこに……」

「お、オイ! あれを見ろ!」

「!? な、何だありゃ!?」

「オイ! 起きろ! 仕事だ! それもとびっきりの奴だ!」


 俺の事を追いかけてきた『それ』に気づいて慌てて兵士たちが詰め所から飛び出してきた。衛兵たちを盾に俺は呼吸を整え、呪文の詠唱を始める。


「風の精霊よ。わが言葉に耳を傾けたまえ。我が望むは風の加護。目の前に立ちはだかる敵を切り裂く風の力……」

(風の精霊よ。わが語りに目を向けたまえ。我が望むは風の加護。目の前に立ちはだかる敵を切り裂く風の力……)


 俺は口で呪文を詠唱する「オーラル」と手で印を刻むことで発動する「ハンド」で同じ呪文の詠唱を同時に行う。


「ウゴゥアアアアアア!!」


 もちろん相手も黙ってみているつもりはない。その怪物は雄たけびを上げながら剛腕を振り回して衛兵たちに叩きつけるように攻撃してくる。

 丸太ほどもある腕は怪力でただ振り回すだけでも十分すぎるほどの凶器となる。衛兵の一人は運悪く直撃を食らい吹っ飛ばされて建物に叩きつけられてしまう。


「敵を切り刻む風の刃となれ!」

(敵を切り刻む風の刃となれ!)


 だが魔法の詠唱の時間稼ぎには十分だ。俺は魔法を発動させる。


≪エアブレイド!≫


 先ほど撃ったのとは威力は大違いで、規模や範囲こそ小さいが嵐とでもいえる暴風が吹き荒れ、巨体の怪物をズタズタに切り裂く。

 口の詠唱「オーラル」と手の詠唱「ハンド」を同時に行うことで優に3倍以上の威力を引き出す、界隈では「強射」と呼ばれる手法だ。

 魔力の消費が激しく燃費が悪いためそうポンポンと使えるものではないが上位の魔法を使うほどではない、あるいは覚えてなくて使えないが瞬間的な火力が欲しい時によく使われるものだ。


 さすがの怪物も効いたのかぐらりと姿勢を崩し、ズズーンという音を立てて倒れた。念のため衛兵がトドメを刺して終わりだ。


「……やったか?」

「ああ、やった。念のためにトドメを刺しておいたから大丈夫だろう」


 そいつが死んでから少し経つとボコボコに膨れ上がった筋肉がどんどんしなびれていくように縮んでいく。

 伸びきった皮膚や膨れ上がった筋肉は完全に元には戻らなかったが、何とかアイツだと本人確認できる程度には顔や体は原形をとどめていた。




 夜も更けてきたがまだ家には帰れない。事情聴取があるからだ。

 正直ヒマだった連中にとって珍しく大きな事件が起きたと活気づいている衛兵たちに混ざって、どこで事件をかぎつけたのかは知らないがエレアノールとグスタフのおっさんが顔を出す。


「コーネリアス! 大丈夫!? ケガとかしてない!?」

「コーネリアス! 襲われたと聞いたが大丈夫か!?」

「大丈夫ですよお嬢様にグスタフさん。俺はこんな奴に後れを取るような弱い奴じゃないですって。ちょっと取り調べを受けますんで席を外しますね」

「う、うん。わかった」


 エレアノールは不安げな瞳で俺の事を見つめていた。


「……なるほどね。夜道を歩いていたら急に襲われた。というわけか」

「ええ。そうです。個人的には正当防衛だとおもうんですが。それと……」

「……ん、分かった。コーネリアス、とか言ったか? 今日の所はこの辺にしよう。後日また聞きたいことがあったら来てほしい。事件の捜査協力、感謝する」


 かなりあっさりと事情聴取は終わり、俺は解放される。


 その後も何度か事情聴取で呼ばれ、話をした後の調査で正当防衛が認められ、俺は無事に無罪となった。

 一方、襲撃してきたあいつに関しての調査もあったが一か月以上も前に一身上の都合を理由に退職しているとして、マルゲリータとの関係性は低いとなった。

 もちろん表で取りつくろっているだけで、絶対裏ではかかわってるはずだ。それも狂気の錬金術師マッド・アルケミストイザベラの手も。

 許さねえからな。絶対に追い詰めて、あの世であいつに詫びを入れさせてやる。




【次回予告】


事件から数日。コーネリアスは葬式に参加していた。

復讐の炎をその心にともしながら。


第20話 「傭兵、葬式に出る」

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