第18話 悪役令嬢、傭兵に恋する

 熱くて、胸が高まって、それでいて少し痛い禁断の果実。

 ……恋って、こんなにも苦しいものだとは思わなかった。




 私の許嫁いいなずけである王家の第一王子であるラピスは物心ついた時から私のそばにいた。そう、そばにいるのが当たり前な存在だった。

 まるで新鮮な水や空気みたいに、本当はなくなったら困るものなのだろうけど、でも普段からはそのありがたさにはなかなか気づけないもの。それが私にとってのラピスだった。

 彼とは一緒にいて心が落ち着き、安らぐ感じがするから、それが恋だと思ってた。


 ……でも、違った。


 本当の恋というのは燃え盛る炎だ。その熱で下手したら自分もやけどを負うかもしれないほどのメラメラと燃える炎。それが本当の恋だった。

 私は今まで恋というのがどういう物なのかわかっていなかった。あの人と出会うまで……正確に言えばあの事件が起きるまで、恋を知らずに生きてきた。


「ハァ……」

「おや、お嬢様。浮かない顔をしていますが何かあったのですか?」


 ……鈍い人。私の事に気づいてないのか平然とした顔で私に接してくる。何よコーネリアス、あなたが原因なのに。


「……ごめん。1人にさせて」


 違う。あってるけど違う。彼と一緒にいる時間が増えると少しずつだけど冷静でいられなくなる。でも一緒にいることが何よりも嬉しい……ラピスと一緒にいることよりも、ずっと。

 これは発作のようなもので時々強く出ることはあるけれども今は押さえられる。けどこのまま押さえ続けられるかどうかはわからないというか……自信がない。

 もしかしたらこの発作が止まらなくなってしまって、人生がうんとメチャクチャになって破滅してしまうかもしれない。とさえ思ってしまう。

 ラピスと一緒にいることよりも、コーネリアスと一緒にいることを選んでしまうのかもしれない。そうなったら何もかもおしまいだ。




 ラピスは私にとって大切な人で、将来を一緒に歩む人。でも、特別な人じゃない。私にとって特別な人は、コーネリアスだ。

 あの時、舞踏会で怪物に襲われた際に文字通り身をていして救ってくれたのはラピスではなく、コーネリアスだったから。

 もし私を救ってくれたのがラピスだったら、こんな事にはならなかったかもしれない……「たら」「れば」の話をするなんて私らしくも無い事だけど。


 もしかしたら結婚相手や子供がいる身なのに浮気や不倫に走る人の心理って、こういう事なのかもしれない。

 お父様が「私は生涯、妻であるエレン以外の女を愛さない」と言って今でも後妻をめとらずに亡くなったお母さまに愛を貫いている影響か、昔は浮気や不倫というと「結婚相手がいるのに信じられない!」とか思ってたけど、今ならその気持ちになるのも分かる気がする。


 私のような貴族たちの表向きの結婚なんて結局は親が決める政略結婚、それでも愛し愛されの関係を築くのが女の役目。と言われているけど中にはそれがどうしてもできない人というのもいて、そういう人が浮気だの、不倫だの、身分を捨てての家出、なんていう「禁断の果実」を口にしてしまうのだろう。

 もしかしたらそっちの恋愛の方が実は普通で、家の名を保つだけの婚姻関係よりもずっと正しいものなのかもしれない。今までは騎士ものの恋愛小説は作者の妄想の垂れ流し、だと思ってたけど実際のところは案外真理をついているとさえ思ってしまう。


 どうしよう。こんなの他人に相談するなんてとてもじゃないけどできるわけがない。誰にも頼れないから私一人で何とかしないと。

 出来ればこれがきれいさっぱり無くなってまた向き合う相手がラピスだけになればいいんだけど……多分無理かもしれない。

「もしも」だなんて考えるのは私らしくも無い事なのかもしれないけど、それでも考えてしまう。もしもこの恋が冷めないのならどうすればいいんだろう? と。

 恋ってすっごく難しい。




【次回予告】


悪役令嬢の手により変わりつつある運命に、チート転生者はそれに対する修正を加え、傭兵は抗う。


第19話 「傭兵、襲撃される」

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