第15話 傭兵と悪役令嬢、第2王子に会う

 朝、俺とアンドリューとエレアノールはドートリッシュ家の馬車に乗り、王都目指して屋敷を発った。


 馬車の中では最近使い始めたという、値段からほぼ王族やお貴族様専用と化している香り付き石けんと、14歳の少女特有のラクトンの香りが混ざった匂いが彼女の純白の髪から風に乗って鼻をくすぐる。

 幸か不幸かは定かではないが、それに無反応でいられるほど俺は鈍いヤツではない。


(バ、馬鹿野郎。相手は『予約済み』物件なんだぞ)


 心臓がドキリと音を立てるのを必死でこらえ、自分に言い聞かせる。立場が天と地ほどある上に、一国の王子の許嫁いいなずけである相手。

 うっかり惚れて手を出したら俺はおろか準爵である弱小貴族の我がアッシュベリー家もが一瞬で消し飛ぶ。

 家のため、というか弟や妹のために我慢せねば……と思うと余計に気になるのが人のサガ。

 早いとこ王都まで着いてほしいと願いながら馬車の中を悶々としたものを抱えながら過ごしていた。


(あー……早く王都まで着いてくれ。これを我慢しなきゃいけないなんて何かの拷問かよ……)


 傭兵といえば口減らし同然で捨てられた連中も多い中、平民育ちとは違って比較的TPOをわきまえているであろう俺は悶々とした時間を過ごしていたが……


「フガフガフガ……んはぁ~~~~~お嬢様の香りたまんねぇ~~~~~」


 そんな俺の事はお構いなしにアンドリューはフガフガと鼻を動かし、漂う香りを逃がさまいと吸い込んでいた。ハッキリ言って、変態の所業だ。


「オイ変態、そんな態度とってるとクビになるぞ。お前がクビになるだけならともかく俺まで巻き込んだら一生恨むからな。いやお前が死んだ後でも許さねえからな!」

「大丈夫大丈夫。バレなきゃ大丈夫だって。あぁ~~~~たまんねぇ~~~。お前もやれよ。こんな匂い嗅げるのはめったにない機会だぜ?」


 俺たちエレアノールに聞こえないよう小声でやり取りするが、バレないか不安だ。コイツがクビになるだけならいいが、俺まであらぬ疑いをかけられるかもしれない。それだけはゴメンだ。

 こういう変態行為に及ばなければコイツは見た目も実力も折り紙付きのいい奴なんだがなぁ……。




 こんな事になった発端は昨日の夕方だ。


「……よし、完成だ。うー疲れた」


 作業机に置かれていたのは15個近いアミュレット。

 ケガで入院したりといろいろあって長引いたがようやく指定数の数が出来たのであとはエレアノールのもとに納品するだけだ。

 夕方になりそろそろ1日の終わりという時刻だったが俺は疲れた体にもうひと踏ん張りかけて彼女のもとへと向かう。


「失礼します。お嬢様、アミュレットの件で指定された数が出来たので納品いたします」

「分かったわ。お疲れさま。報酬は小切手でもいいかしら?」

「ええ。構いませんよ」


 俺はそう言ってアミュレットの束を小切手と交換する。3ヶ月は毎日酒場で飲めるほどの額だ。


「じゃあ明日、王家の人たちに配るから身辺警護をお願いね」

「かしこまりました」


 そう言って俺はエレアノールの部屋を後にする。




 そしてその日の翌朝から昼まで馬車に揺られ、ようやく王都の城前にたどり着いたのだ。


「エレアノール様でございますか? 急なおいでですね。このたびはどのようなご用件でしょうか?」


 城門を守る衛兵が声をかけてきた。エレアノールは将来王族に入る身だから衛兵たちが顔を覚えているのはある意味当然だろう。


「王族の人たちに渡したいものがあるの。通してくださる?」

「かしこまりました。中へとお入りください」


 そう指示されるとエレアノールは城の中へと入っていく。俺達もそれに続いた。

 時刻は昼を少し過ぎたあたり。なのに城内は城そのものが防衛拠点としても使用するためか窓が小さく、薄暗い。その中を歩くこと少しして王の間へとたどり着く。




「エレアノール様、連絡もなしに来られるとは珍しいですな。あいにく国王陛下も王妃様も、そしてラピス王子も公務で城から離れておられます。マイク第2王子でしたらお会いできますがいかがいたしましょうか?」


 王の間には王族一同はおらず、代わりに玉座を守る衛兵が立っていた。


「分かったわ。マイク王子と話をさせてくださる?」

「かしこまりました。ご案内いたしましょう」


 衛兵はそう言って部下に指示を送り、エレアノールを先導させる。

 しばらくして、マイク第2王子の部屋へとたどり着いた。

 ドアを開けると、そこには本を読みながらすすり泣く6歳の少年がいた。(後で知った話だが読んでたのは最近発売された悲恋ものの小説らしい)


「ヒック……ヒッ……お、お姉ちゃん!?」

「マ、マイク。お姉ちゃんと話をして大丈夫かしら?」

「う……うん。大丈夫。大丈夫だから」


 無理やり涙を引っ込めて机から離れ、エレアノールのもとへと向かう。


「お姉ちゃん、今日は急にどうしたの?」

「渡したいものがあってね。これをお父さんとお母さん、それにお兄さんに渡してくれないかな? できればいつも身に着けていてほしいとも伝えて頂戴」


 そう言って、俺が作ったアミュレットを4つ渡す。


「珍しいね。異国の首飾り? お姉ちゃんやそこのボディガードさんが付けているのと同じようだけど……」

「詳しい話は後でするわ。今はみんなに渡すことだけしてくれればいいから」

「う、うん。分かったよ」


 この辺は王族と言えど年相応の純粋な少年なのか、裏を勘繰ることなく素直にエレアノールの言うことを聞く。育つ環境が良いと俺みたいにひねくれた子供にならずに済むのだろうか? はっきり言ってうらやましい。


「じゃあお姉ちゃんは帰るから。お兄さんによろしく言っておいて」

「え? お姉ちゃんもう帰っちゃうの? ……うん、わかった。みんなに渡しておくから安心してね」

「お願いね、マイク。じゃあね」


 彼女は笑顔で手を振ってマイク王子の部屋を後にした。




「ふぅ。これで少なくとも王家は大丈夫ね」

「とりあえず今のところは、という感じですがね。応急処置にしかならないでしょうがね」


 舞踏会であったことを忘れてはいない。あれと同じようなことがまた起きないとは言い切れない。アミュレットを配るのはあくまでマルゲリータという諸悪の根源に対する「対処療法」であって根本的な治療ではない。

 その辺はエレアノールも俺も同じ意見であった。あとはあの女の出方次第だな。出来れば先手を打ちたいが相手を「しょっ引ける」ほどのボロは出していないため今は我慢だ。

 まぁ、どんな手を使ってこようがエレアノールの事は守ってみせる。傭兵として契約を結んだ以上、そこだけは絶対に譲れないが。




【次回予告】


運命を、変える。

エレアノールの意志と行動は着実に運命を変えつつあった。

多くの人にとっては気づきもしないことだったが、それをこころよく思わない人物もいた。


第16話 「傭兵とチート転生者、互いを敵視しだす」

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