第10話 傭兵、魔導学院長に会う

 エレアノールからマルゲリータの「魅了スキル」とかいう能力について聞かされてから数日後、俺は彼女と共に王都にある魔導学院へと顔を出す事になった。


「いやぁ~さすがドートリッシュ家の馬車は何とも乗り心地が良いですなぁ。民間の乗合馬車とは大違いですな」

「へぇ。そういうものなの?」

「そりゃもう大違いですよ。乗合馬車は揺れるわ段差で天井に頭をぶつけるわで座っていてもこれっぽちも気が休まらないですよ」


 実に乗り心地のいいドートリッシュ家専用馬車で王都まで直通運転で進むこと半日。ようやく華の王都にそびえる魔導学院までやってきた。

 この魔導学院というのは才ある(実家が太いというのも才能の一つだが)若者たちに魔法に関する教育を施し、一流の魔術師を輩出する学校だ。

 噂ではよその国からも入学希望者が後を絶たない程人気で、周辺各国においてはかなりの名門校として名をはせているそうだ。


 俺も通いたかったが実家は火の車な家計で、その日の飯にも困るような生活を送っていた我がアッシュベリー家では入学費をひねり出すことなど出来るはずも無く、諦めるしかなかった。




「エレアノール様ですね。お話はお聞きしております。どうぞこちらへ」


 秘書であろう女に案内されて通された学院長室に彼はいた。

 見た目こそすっかり白くなった長いあごひげにモノクルの眼鏡、枯れ木のように痩せた老人にしか見えないという老魔術師としてはありがちのものだが、その瞳は下手な若者よりも精気に満ちているように感じた。


 同職である魔術師だからこそわかる。産まれ持った魔法の才能をその生涯ほぼ全てをかけて鍛え上げた成果である凄まじい魔力だ。

 老いてはいるが決して衰えても枯れてもいない、まともにやり合うとしたら俺ですら手も足も出ない程の強者だ。魔導学院長の名はダテではないという事か。


「フム。マリゲリータ嬢を止めるために雇った傭兵か。確かコーネリアス、とか言ったか? まぁまぁじゃな。わしの事はテラと呼んでくれ」

「分かりました。あと褒め言葉として受け取らせていただきます」


 まぁまぁ、か。その辺の連中から言われたら心外だが、この人からすれば俺レベルでも「まぁまぁ」なんだろう。




「さっそくだが本題に移ろう。エレアノール嬢から話は聞いているな?

 あの子は……マルゲリータ嬢は異常なまでに男たちから愛されている。あのストライフ伯爵ですら彼女には笑顔を見せるという噂すらある程だ」

「ストライフ伯爵? どんなお方なのですか?」

「彼が笑顔を見せる時は『国が滅ぶ時』とか『天変地異の前触れ』などと言われてるような常に仏頂面の男だよ。私も笑っているところを見たことが無い」

「なるほど。となるとあの女による「侵食」は大分進んでるようですね」


 この人が言うには「魅了スキル」なる能力の影響は他の貴族の間にもぽつぽつとだが広まっているらしい。


「お主はマルゲリータ嬢の事を肌で感じているのか?」

「はい。彼女は周りに呪いとでも言うべき何かをばらまいています。アレに長く接触してると俺ではどうこうできるかどうかは、正直わかりません」

「フム。お主、これから情報交換をしないか?」

「喜んでお受けしましょう。味方は多い方がいいっていうのは俺も貴方も同じでしょうから。おっしゃることが確かなら彼女は放っておくのはあまりにも危険すぎます」


 俺達二人は固い握手を結ぶ。そこへ秘書らしき人物が入ってくる。


「テラ様、もうじきお客様との面談時間となりますがいかがいたしましょうか?」

「お客様? 我々以外にも会って話をしたい方でもいるんですか? ご多忙ですな」

「まぁこの地位にいる以上話をしたいと言う者が多くてな、すまんの。十分な時間を取れなくて」


 まぁこれからは協力してくれるという目的は果たしたから、十分だろうと思い俺達は部屋を後にする事となった。




◇◇◇




 しばらくして彼の部屋を訪れたのは……マルゲリータだった。案内してくれた秘書が部屋を去り、

 外部に部屋の中の状況が漏れる心配がなくなったのを見て彼女は外見にそぐわないドスをきかせた声をテラ目がけて吐く。


「とりあえず、あいさつ代わりに靴を舐めろ」

「はい。かしこまりました」


 そう言ってテラはひざまずき、彼女に言われたことをなんのためらいも無く実行する。それを見た彼女は彼の顔面を蹴飛ばして叱りつける。


「オイオイ! 靴がツバで汚れちまったじゃねえか! 拭けよ!」

「し、しかし靴をお舐めと申しておりましたけど……」

「オレでも思いつかねえナイスな方法を考え付けよ! 長生きしてんだろ!」

「も、申し訳ございません!」

「それと、さっきエレアノールの奴と話をしてたそうじゃねぇか。詳しく聞かせろや」

「かしこまりました」


 彼はさっきエレアノールとそのボディガードと交わした内容を全て吐くことになった。


「へぇ。コーネリアスとかいうやつは相当に腕が立つとのことか」

「はい。かなり優秀な人材でしょう」

「よしわかった。引き続きエレの内情を探れ。んじゃあオレは帰るからあとはうまくやってくれよ」

「かしこまりました」


 マルゲリータは去っていった。


(ククククク……エレの奴、色々嗅ぎ回ってるらしいが次の舞踏会で詰みチェックメイトだ。せいぜい無駄なあがきをすればいい)




【次回予告】


コーネリアスは舞踏会に参加することとなった。

もちろん社交界デビューというわけではない。


第11話 「傭兵、舞踏会に出る」

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