第11話 傭兵、舞踏会に出る

『いた』




「それ」が天窓の上に陣取っていた。

「それ」は比較的人間のシルエットに似ていると言えば似ているが、明らかに上半身を主体をした身体全体、特に両腕が大きく膨れ上がっているという異常な存在だ。

「それ」は天窓を拳でぶち破り、急襲してきた。狙いは運悪く真下にいる、エレアノール。

 俺は「それ」を見上げた瞬間、直感的にヤバい事になると悟り、反射的に駆け出していた。


 天窓のガラスの破片と共に降ってきた「それ」はちょうど真下にいたエレアノールに襲い掛かろうとしていた。

 ガシャーン! というガラスの砕ける音に反応し顔を上げた彼女の目の前に「それ」が迫っていた。

 そして「それ」の毒牙が彼女にかかろうとしたその瞬間、俺は彼女を突き飛ばし、寸でのところで助けることが出来た。


 今回ばかりはあの女には感謝してやる。アイツが上を見上げていなければ、俺も上を注視することはなかった。

 そうだとしたら……目の前で彼女が爪で切り裂かれるところを見る羽目になっただろう。


 彼女目がけて狙いすました「それ」の右腕の爪が俺の左肩に直撃する。痛みはなかった。いや、正確に言えば一瞬だけあったが、すぐに消えた。

 ついでに言うと肩から下の腕の感覚も一緒に消えた。どうやら完全に左腕が『逝った』らしい。護衛対象は守れたから、まぁいいだろう。


 エレアノールの護衛のために舞踏会に出たが、まさかこうなるとは正直思わなかった。




 俺がドートリッシュ家に雇われて2ヶ月が経ち、夏の暑さにもだいぶ慣れた頃、今夜は国王主催の舞踏会に参加することになった。

 と言っても華麗に社交界デビューというわけではない。あくまでボディガード、身辺警護の任務での参加だ。


 闇夜を照らす魔法の照明で照らされた室内をこの日のために呼び寄せた楽団が奏でる退屈なワルツに合わせてお貴族様達がクルクル回ってる。

 一応は俺も準爵という最下位とはいえ貴族ではあって踊り方も教わってはいるが、その良さは全く持って分からない。


 魔力を動力源とする照明はオイルランプとは比べ物にならない位明るいが、かなり値が張るものだ。とっくの昔に太陽が沈んで月が出ているというのに会場は真昼のように明るい。

 その高級品を惜しげもなく披露し、権力の誇示ができる絶好の機会が舞踏会だ。だから決まって夜に行われる。

 この国は「昼間のように明るい」程度だが、もっとでかい国では「サングラスが必須な程まぶしい」位明かりがつけられるそうだ。


 そんな舞踏会は正直言って退屈だ。各地の王侯貴族が一堂に集まる場所ゆえ警備はとてつもなく厳しく、城周辺に用も無く近づくだけで取り調べの対象になる。

 だから会場には文字通り「アリ一匹入る隙間」すらない。俺みたいな人間に出番が回ることはほぼないだろう。


 さらに言えば俺はボディガードという立場だから食事に手を付けることは許されない。豪勢な食事から漂ってくる臭いは腹を景気よく刺激するが我慢しなくてはならないというのは結構きつい。

 今なら「おあずけ」を食らってる犬の気持ちがわかる。




 とはいえ気を抜くわけにもいかないので周辺を警戒し続けると、ほんの少しだけ、普通の人間だったら気にも留めないであろうくらいの、本当にほんの少しだけ奇妙な光景を見た。

 マルゲリータのヤツがチラッ、チラッと頻繁に上を見上げていたのだ。今は月明かりが射す天窓に何かあるんだろうか? そう思って上を見上げると……




『いた』




 そして「それ」に気づいた俺はエレアノールを突き飛ばし守った後、こうなっていたのだ。

 落下してきた「それ」の着地位置はちょうど俺のいた場所で、俺は「それ」に押し倒されるような恰好になった。

「それ」の足が倒れた俺の腹にあたっている。


 猛獣のような叫び声を上げながら「それ」は俺の顔面目がけて左腕を振るうが、8年以上にも及ぶ傭兵生活の間でこういう修羅場を何度も潜り抜けてきたのは伊達ではない。


 俺は冷静に身体をひねって直撃を避ける。と同時に、生きている右手で懐から羊皮紙を取り出す。

 こいつには魔法が書きこまれており呪文の詠唱をすることなく即座に魔法が放てるという便利な代物だ。魔法を発動させる。


≪フレアバースト!≫


 俺の頭ほどもある巨大な炎の球が羊皮紙から飛び出し、「それ」の顔面を直撃する。


「ブギュウッ!?」


 さすがに顔面に食らうとなると相手も無事では済まないようで、身体の力が緩む。俺はその隙に突き飛ばして転がり「それ」から逃れ、距離を取る。

 ここまで経ったとしてほんの10秒かそこら。その間は世界がスローモーションになったかのように、時がゆっくりと流れていた。

 元々聡明そうめいな俺の頭もフル回転していて、自分でも異様なくらいにえていた。


 それからしばらくして、ようやく女達の悲鳴と兵長の怒号が耳に飛び込んできた。槍を持った兵士たちが次々と「それ」目がけて駆け出していく。

 「それ」は兵士達に360度ぐるりと囲まれ、槍でグサグサと刺されている。いくら化け物と言えどこうなったら大人しく刺し殺されるのを待つしかない。




 俺のやれることは全部やった。そう思いホッとすると急に眠気が襲ってきた。

 グスタフのおっさんが叫びながらこっちに近づいてきて、エレアノールが俺に気付いて金切り声をあげているらしいが、完全に世界は無音だ。

 俺が何か言おうとした瞬間……世界が消えたようにぶつりと意識が切れた。




【次回予告】


エレアノールを救うことが出来たコーネリアス。

彼は名誉の負傷で入院中の身であった。


第12話 「傭兵、入院する」

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