第2話 傭兵、採用試験を受ける

 俺は口で風魔法を詠唱しながら手で炎魔法の印を結ぶ。


「風の精霊よ。わが言葉に耳を傾けたまえ。我が望むは風の加護。目の前に立ちはだかる敵を切り裂く風の力。敵を切り刻む風の刃となれ!」

(炎の精霊よ。わが語りに目を向けたまえ。我が望むは炎の加護。あらゆるものを燃やし灰へと変える炎の力。敵を焼き尽くす炎の弾となれ!)


≪エアブレイド!≫


 風でできた真空の刃が相手を襲う。直撃だ。

 更に俺は間髪入れずに炎属性の攻撃魔法を放つ。炎で出来た球が相手に襲い掛かった。


≪フレアバースト!≫


「ぐっ!?」


 魔法の連続攻撃を喰らって屋内だというのに重厚な鎧を着た試験官はがくりとヒザを折った。

 大抵の魔法を使うには詠唱が必要だが主に口で呪文を詠唱する「オーラル」と呼ばれる方法と、手で印を結んで発動する「ハンド」という方法がある。

 俺はオーラルとハンドで別々の魔法を同時に詠唱し、連射することも可能だ。魔法を1~2年かじった程度の素人には絶対できない大技だ。


 なぜそんな大技を披露するかって? 実技試験だからだ。



◇◇◇



 その日の前日。民間の乗合馬車を乗り継ぐこと丸1日かけてドートリッシュ家の屋敷までたどり着いた。

 ドートリッシュ家は辺境伯へんきょうはくなだけあって見渡せば森、森、森、そのまた先も森、というもので人工物は圧倒的少数派だ。


 面接日の前日に王都を発った俺はお屋敷のある町の宿で1泊し、面接に臨む。

 投げナイフや魔法が書きこまれた羊皮紙が仕込んであるインナー、その上から濃緑色で染められた前開きのローブと、服と同じ色で染められた三角帽子という魔術師としては良くある格好の服を着て、他人からは目が隠れて見えるほど伸びたこげ茶色の前髪をとかし身支度を整える。


 今日は大事な日なのでいつも以上に身だしなみに時間をかけるのは当然のことだ。




 周囲の環境から考えるとかなり立派な領主様のお屋敷……本来なら俺みたいな傭兵などという職業の連中には縁のない場所だが、今回は採用試験のためやってきた。

 イスとテーブルしかない部屋に通されると面接官と思われる者が2人いた。

 屋内だというのに重装備な黒い鎧(おそらく黒錆加工だろう)を着こんだ短くまとめられた黒い髪、それと同じ色のあごひげを生やした大男と、腰辺りまで届く長い純白の髪と深紅の瞳が特徴的な上物のやや派手な暖色系のドレスで着飾ったお嬢様。

 もし試験に通ればおそらく彼が上司で、彼女が護衛対象となるだろう。


「そんな緊張するな。面接と言ってもいくつか聞きたいことに対して正直に答えればそれでいいからな」

「は、はい。わかりました」


 こちらが緊張してるのが伝わっているのか大男はそう俺に言葉をかける。

 傭兵生活は13歳の頃から8年以上と長いが多くは交渉しつつもその場で契約を交わすので、面接とかいう御大層なものはほとんどしなかった。そのため改めて面接となるとある程度の緊張はしてしまう。


「フム。コーネリアス=アッシュベリー、か。もしかしてあのアッシュベリー家の者か?」

「そうです。その直系でひ孫にあたります。次男坊ですがね」

「ふ~む。なるほどねぇ」


 面接自体は滞りなく進行し、3~4個の軽い質問に答えるだけで終わった。多少ぎこちない部分は出てしまったが、まぁ大丈夫だろう。


「では最後に、何か聞きたいことはあるかね?」

「合否の通達はいつ頃になりますか?」

「まだ面接は終わってないぞ?」


 男はそう言って立ち上り、構えた。


「口頭での面接は終わりだ。今度は実力を見せてもらおう……私を倒してみせろ」

「実技試験ですか」

「そうだ。手加減はいらんぞ。私の事は親の仇だと思って来い!」


 言われるがまま俺はイスから立ち上がり、呪文の詠唱を始めた。



◇◇◇



 魔法を撃ち終えて俺はヒザを折った面接官に声をかける。


「うう……」

「大丈夫ですか?」


 見た限り彼も相当な手慣れだから簡単に死ぬような相手ではない。だからこそ相手も『親の仇だと思って来い』つまりは『殺すつもりで来い』と言ってきた。

 やはり大したけがは負ってはいないようで、彼はすぐに軽い足取りでスッと立ち上がる。


「ふぅ、驚いたよ。血は薄れたとはいえさすがはアッシュベリー家。ここまで出来るとはな」

「褒め言葉として受け取らせていただきます。それで、試験結果はどうなんでしょうか?」

「ああ。文句なしに合格だ! これからよろしく頼むよ!」


 俺達はがっちりと固い握手を交わした。




【次回予告】

無事に採用試験に合格したコーネリアス。

ボディガードとして新たなスタートを切ったのだが気になることがあって……?


第3話 「傭兵、仕事に就く」

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