少女たちの結末
「……さっきのあれ、本当なの?」
馬車が動き出してしばらくして、レイラはジュリアスに尋ねた。
「近隣諸国が聖魔女の復活を嗅ぎ付けたという話か」
耳元で囁かれる低い声に頷きながら、居心地の悪さに身動ぎする。珍しいことに、彼はレイラを向かいではなく隣に座らせ、腰に手を回していた。セラフィーナの魔法の所為でドレスはびしょ濡れで、ジュリアスの服まで濡らしてしまうことを理由に上げて拒絶したのだが、聞き入れてもらえず、この
「本当だ」
答えを聞いても、レイラは大して驚かなかった。もともとこの状況の気まずさから逃れたくてした質問だ。彼の言葉がはったりでないことは、庭園での会話を耳にしていて明らかだった。
が、ここで改めて確認できたこともある。
「じゃあアンタが、アタシがユフィを助けるのを許してくれたのは、アタシの行動がアンタにとっても、この国にとっても、むしろ
あのときレイラの願いをあっさり認めたものだから、おかしいと思っていたのだ。だが、これで納得がいった。加えて、安堵した。レイラの身勝手な行動で、ジュリアスに何らかの不都合が起こることはないのだ。随分と我が儘を言った覚えがあるので、困らせていたらどうしようかと思っていた。
すっかり気が抜けたレイラの顔を見て、ジュリアスがなんとも意地の悪い笑みを浮かべる。
「まあ、彼らに聖魔女復活の情報を提供したのも、俺だがな」
さらり、とまたとんでもないことを口にするのだから、レイラはもう呆れるしかなかった。
「つまり、アタシはアンタの茶番劇に乗せられたってわけ」
レイラが是が非でもユーフェミアを助けに行くことを知った彼は、聖魔女の復活を阻止する方に利があるように状況を運んでいった。そうすれば、友人を救いたいがために騒ぎを起こしたレイラの行動は国の危機を救うためのものとなる。そして、国を救ったレイラを妻にするジュリアスは、慧眼を認められて周囲の株を上げていくという寸法だ。
全ては、彼の地位の確立のため。そうなるよう、彼は状況を利用して、裏でこの流れを作り上げていたのだ。
ふう、と一つ溜め息を吐く。お手上げだ。どうやらレイラは完全にこの男の掌の上で転がされていたらしい。だが、不快感はなく、いっそ清々しかった。これからレイラはこの男に従う身だ。どうせ身を委ねるなら、自分をうまく転がせるくらいに理解してくれている奴の方がいいだろう。
「でも、良いわけ? アンタ、あの場でアタシのこと妻とか公言しちゃったけど」
「それが?」
全く意に介していないジュリアスの態度に、レイラは眉を顰めた。
「アタシは本来、アンタの愛人になるはずだった卑しい女だよ? そんなのを妻に迎えなくちゃいけなくなったわけだけど、大丈夫なのかって訊いてんだけど」
ジュリアスは今後の繁栄のため、もっと身分や影響力を持つ家の娘を妻に迎えたいはずだ。そうなれば、レイラの存在は障害でしかない。愛人であればまだ対処のしようもあるだろうが、一度妻に迎えたとなると、離婚するにしても面倒事はいくつか被るはずだ。
それを心配してやっているというのに、本人はまるで気にした様子がない。
「もとよりそのつもりだ」
「……え?」
「飼い殺すためだけの愛玩人形を持つ趣味は、私にはない」
思いも寄らない言葉に、レイラの思考は停止した。
「えっと……?」
確かこの男は、実父との繋がりが欲しくてレイラを引き取ったはずだ。だが、レイラは庶子であるため正妻にはふさわしくない。だから愛人の立場に納まる予定だった……はず。
硬直して視線をさ迷わせるレイラを見て、ジュリアスは嘆息した。
「お前でも噂に惑わされるか。少し、見方を変えた方が良いかもしれないな」
周囲の噂など関係なく、レイラ自身の生い立ちと、実父のレイラに対する扱いと、ジュリアスの取るだろう今後の施策を鑑みて導きだした結果なのだが。
じゃあ、やはりどういうつもりなのかと問い詰めようとして、
「さて、事が終われば、煮るなり焼くなり好きにすれば良い、と言ったな」
と思わせ振りに流し目をするジュリアス見た途端、レイラの肌が粟立った。ジュリアスの目は、まるで捕食者そのものだ。以前にも一度その目を見たことがある。あれは学院に入学する前、レイラがグレイスの邸に来た晩のことだ。早速相手を求められ、夜中翻弄されて、明くる日には男ってやつはと呆れるやら忌々しいやらとにかく恥ずかしい思いをした気が。
悪夢ではなかったが、夢のようだったとも言い難い数年前の体験を思い出し、レイラは気が遠くなった。学院であれだけ
覚悟はしていても慣れていない所為で、反射的に身が固くなってしまう。
そんなレイラに気付いているのかいないのか、手を取り迫ってくるジュリアスに、思わず身を引いた。
「えっと……ちょっと待って、心の準備が」
「約束を違える気か?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」
一日……いや、一時間で良い。とにかく時間が欲しかった。どう言い訳したものか、と迫る男にわずかばかりの抵抗をしながら思いを巡らそうとした瞬間、馬車が停まった。さあ、と血の気が引く。窓の外を見れば、暗がりのなかでも見覚えのある邸の姿。
「着いたようだな」
一瞬約束のことなどすべて吹っ飛んでしまい、ここから逃げ出そうか、なんて頭を
その後、周囲に助けを求めたりしてみたが、敵陣で誰も助けてくれるはずもなく、されるがままに部屋の中に連れ込まれてしまった。
◆ ◇ ◆
目を覚ますと、泣きはらした両親がそこにいた。
「お父様……? お母様……?」
どうして二人がここに居るんだろう、と思って辺りを見回す。随分と見慣れた、だが久しぶりに見る部屋の内装。実家の自分の部屋にいることに気が付いた。
目を閉じる前、ユーフェミアは王城の庭園にいた。気を失った後、ドレイクの邸宅に運び込まれたというのか。
でも、何故?
「ああ、ユーフェミア」
「よかった……本当に良かった」
そのユーフェミアの惑いを感じ取ったのか、ハンカチで涙をぬぐっていた母がユーフェミアの手を取った。碧い瞳に涙と後悔を滲ませながら、口を開く。
「ユーフェミア、お前を守れなかった私たちを許してちょうだい。元老院にダニエルを盾に取られて……貴女を手放さなければ、私たちばかりか、ドレイクの家が」
そういうことだったのか、と腑に落ちた。父は男爵。その爵位は、ユーフェミアの祖父が苦労して獲得したものだ。それを知っている父が、安易にその地位を手放すことができるはずもない。だから、国の中枢たる元老院に脅されたとき、両親は仕方なく自分を手放した。共倒れするよりは、せめて跡継ぎである弟だけでも守ろうと考えたのだろう。
「わかったわ、お母様」
ユーフェミアは身を起こし、右手を撮る母の手にもう一方の手を重ねた。
「わかったから」
自分の命よりも
だから、少し傲慢かもしれないが、ユーフェミアは両親を許すことにした。見捨てられたことでどれくらい辛かったのか訴えるようなことはせず、ただ両親の決断を受け入れることにしたのだ。
そうしなければ、これから送るユーフェミアの日常は、元通りとは言い難いものになるだろうから。
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