第3話 帰還

 キャロフローネさんは床に突っ伏しながらもまずは洞窟から立ち去る事が優先だと伝えた。俺は慌てて捨てていた小手と破った閃光符を回収した。閃光符は全て使い捨てなので持っている意味はないけれど、村を出る際に同世代の皆からお守りとして渡してくれたものだし、命を助けてくれたのだから捨ておくなんてできない。

 効果はなくとも今後も持ち歩こうと心に決めた。

 魔物の首と衣服はキャロフローネさんが持ってきてくれた袋に詰めるて持ち帰る事にした。証拠の持ち帰り方法も考えてなかったので初心者と熟練者の差を見せつけさせられる。

 準備ができたらキャロフローネさんを背負って歩き出す。女性を背負う事で何か言われるか不安だったけれども何も言われなかったことに心中で安堵する。年上の女性の息遣いが耳元で聞こえるのでドギマギしているのが気づかれていたりしないだろうか…。

「お話は洞窟を出てからにしましょう。街までの道のりは数時間かかります。出るまでは念のために警戒しましょう。」

 そういって周囲に神経をとがらせて外を目指す。


 何もなく洞窟の外に出られた。一度は死を感じた洞窟の中から出て日差しを浴びると目に染みたせいか熱い涙がこぼれる。

 背中から今は昼くらいと声がかかる。そうなると俺が入ってから1時間程度しか経っていないと事になる。あれだけの出来事がたったそれだけの時間だったなんて…。

「今からなら、ゆっくり歩いても日が落ちる前には街に着きますね。

それでは何から話しましょうか。」

「どうしてここに来たんですか?」

 真っ先に俺の生死を分ける要因となった事を訪ねる。

「それですね。依頼を受ける事に対して私はかなり渋ってましたよね?」

「ぇぇ。今思うとキャロフローネさんの懸念が完璧に当たった形になりますが。キャロフローネさんの不安を押し切ってまで受注した俺はただの馬鹿です。」

「ケインさん以外でもPTならDランク以上、ソロならBランク以上だと考えていました。不安要素があるのと依頼報酬が高すぎるのが引っかかっていたんです。期間指定だとしても依頼内容通りなら高額すぎます。

逆に私の想定ランクの人が動いてくれた場合には価格が安す過ぎるので引く受ける人はいないでしょう。相場を知っている下位ランクの人ならば胡散臭くて受けません。なので私の中だけにして業務の間に聞き込みなどで確証を得ようとしていました。」

「そこに俺が喚きに来たという事ですね。」

 苦笑の吐息が耳にかかる。声よりも吐息が耳にかかる方がドキドキする!いや、話しに集中手中!

「本来ならそれでも出してはいけないのです。ギルド的にはともかく私の主義として。もう分かってると思いますが、私も以前冒険者をしていました。」

「【アメジスト】のキャシー=リースハイン」

 ずっと気になっていた事だったので、つい口を突いて出てしまった。

「……その話は後にしましょう。

私も冒険者だったので初心者の人の気持ちが分かります。しかも何度もたらい回しにされた後でしたしね。迷ったのですがこのまま腐っている所を犯罪集団等に声をかけられると危ないと思ってしまいました。

ですので調査不足ですが案件を出す事にしました。気にはなったのであの後直ぐに今日まで休暇にして聞き込みを開始しました。村長から口止めされているけれどと前置きをしてコボルトの特徴を話してくれる人が見つかりました。

話してくれた村人より上質な服を着て火の魔法を使ったということから恐らくコボルトロードだと判断しました。人間社会の貴族に当たるコボルトロードが少数の仲間と行動しているわけがありません。単独のハグレだと判断しました。

そうなるならばランクが跳ねあがります。ソロの場合ですがBでも行けるかもしれませんがハグレの危険性を加味して、私ならAランク以上の案件に指定します。」

「そんな相手だったんですか…。」

「すみません、ギルド側…私のせいで危険にさせてしまって。」

「いえ、俺の心配をしてくれていたのは分かっていますから。それに助けに来てくれたじゃないですか。そんなことまでしてくれる人に文句なんてありません。」

「ありがとうございます。……ところで私が渡したリストってどれだけ用意されました?」

 今までの流れを無くすような質問が来て言葉に詰まり、目の前に相手がいないのに目が泳いでしまう。ある程度分かっているだろうし、嘘をついても仕方ないので正直に話すと相当怒られた。

 命を懸けるのにお金をケチった事についてはこっちが口を挟む暇がない程の勢いだった…。家賃問題については今の時期は街の中で寝ても死なない。長期冒険なら野宿当たり前と激高された。

 洞窟内で今しがた反省したばっかなので返す言葉がない。

 ひとしきり怒りを吐いた後に閃光符の事を聞かれた。どうやら使った時には既に洞窟内に入っていたらしい。

「村の同世代の人たちからお守りにって渡されたんです。まさか命が助かるかどうかの分かれ目になるとは思いませんでした。」

「その閃光符回収してましたよね?見せてもらえませんか?」

 片手で取り出してキャロフローネさんの前に出すのは困難だったので、休憩も兼ねて木陰で確認する事にした。

「やっぱりそうだ。ケインさんの村ってお金持ちの子多いんですか?」

「え?そんなことないはずですよ。特産品があるわけでもないですし、ただの田舎の村です。」

「この閃光符のランク分かります?……というかランクがあること知ってます?」

 説明を受けたところ符の種類によって色々だけれど、威力や指向性、汎用度の高さ等により符の現象の元になる魔術構造が複雑になるのでランクによって金額の桁が全然違うとの事。

「この閃光符なんですけど、私の見立てではAランクです。使用者が敵として認識した相手のみに発行の効果を発揮します。限定的になる分威力を集中でき相手が目を閉じていようがお構いなしに視力を奪います。逆に指定しなかった相手には効果がありません。洞窟以外にも日中の屋外で使用しても同様の効果があります。味方に合図をしなくても使えるのと確実に敵に効果を及ぼすのが最大のメリットです。逆に乱戦では相手を指定しにくい為、望ましくありません。」

 そんなスゴイ符だったなんて…。

「それで金額なんですけど、金貨10枚が相場です。高価な物なので常に大きな取引がある商人がいれば常連価格で安くなるでしょうが、一般の人が餞別とはいえ手にできる価格にはならないかと…。」

 ぇ、金貨って銀貨千枚だよな。安い所なら家が買える値段になってる…。

「どういう風にして村の人が手に入れたのかは分かりませんが、低ランクの符で上手くいっていたのかは分かりません。もしかしたら中にいた私も視力を奪われて駆けつけるのが遅くなった可能性もあります。

村の人には感謝しておいた方がいいですよ。」

 そんなスゴイ符だったなんて思いもよらなかった。あいつ等にもう生意気言えない…。

 符をしまうとまたキャロフローネさんを背負って歩き出す。半日と聞いてはいるけれどそれよりも早くにツボの効果が消えたら夜までに街に着けなくなる…。

「それでは次は【アメジスト】の話でしょうか?」

「お願いします。」

「ケインさんは受付の時に出した話から【アメジスト】のことを知っている事は分かってましたが、私の事も知っているとは思ってませんでした。」

「なんでですか?」

「第一王女と婚約したのは誰か知ってますか?あ、名前ではなくてクラスでお願いします。」

 名前ではなくてクラスって変な言い方だな。

「クラスは剣士ですよね。リーダーのライル=ノーツさんが婚約されます。」

「元々の方を知っているんですね。驚きました。

一般的に告知をされているのはアーチャーのクラスの人物です。名前は同じライル=ノーツですけどね。」

「どういうことですか?」

「……夢を壊してしまうかもしれませんが、いいですか?」

 俺が知っていること以外の何かが【アメジスト】にはあってそれが今のキャロフローネさんの現状に繋がっている。闇の部分を知る事で俺の憧れが壊れてしまうかもしれないけれど、今回の事を振り返るに俺は知識がなさすぎる。

 一度深呼吸をして夢が壊れる事を教えてもらう心の準備をする。

「お願いします。」

「まずは正しい【アメジスト】の構成です。

リーダーは剣士のライル=ノーツ

ウィザードのミリアリア=ファー

プリーストのウィリアム=ルーメン

ローグのキャシー=リースハイン

アーチャーのオベリスク=ハーフン

この五人です。

そして誰もが今は偽名を使っています。『誰もが』です。更にクラスを途中で変更したメンバーはいません。これでどういうことか分かりますね?」

「……元々オベリスク=ハーフンだった人がライル=ノーツの名前を騙っている。でもどうしてそんな事に!」

「発端は第一王女との婚約です。【アメジスト】はライルとミリアリア、それと私の三人が始まりでした。その三人の考えで【アメジスト】は冒険者の地位向上と俗に言う綺麗ごとを優先していく事になっていました。逆に言うと権力に関わるのを避ける事にしていました。

国内最高の権力を持っている王国が婚約を持ち掛けてきましたがライルは当然断りました。……王宮での事です。

第一王女は王族で継承序列1位の人物で能力もありますが、全ての民は自分より下という見下した見方をしています。彼女にとって断られることはありえない出来事です。そんなプライドの塊が公の場で拒否された事で黙って納得するわけにいかないでしょう。

取る方法としては脅して無理やりライルを婚約者に据えるか、別の人物をライルにして断られてなかった事にする。」

 婚約の陰にそんな話が合ったなんて思わなかった。その話を聞いた時には【アメジスト】の活躍が国すらも認めるものとなったと単純に喜んだだけだった。

 第一王女に関する時の声音に怒りが混じっているように聞こえるが、そんな事をされれば当然だろう。

「ライルの評判を聞いたかは分からないけれど、そう簡単に屈するとタイプではないです。仲間が脅しの材料になったとしても屈するよりも対抗する道を選びます。なので第一王女がとるべきは残りの男のウィリアムかオベリスクをライルとすり替える事です。ウィリアムはそもそも聖堂教会でも有名人で各所に顔が割れているので外したのでしょう。彼の性格を考えると話が来ても断ったでしょうけど。

 ただオベリスクは野心家でどうも【アメジスト】に加入したのも勢いがあって旨味があると思っていたきらいがあります。名声に繋がらない依頼はとても消極的で参加していません。そんな人物なので王女からの話は二つ返事だったでしょう。

 そして第一王女を支持しているギルド本部と協力して私たちを陥れました。

 ちなみに、その時にオベリスクの左腕を10本のダガーで切り付けて壊死させたのは私です。私は何もしてこない限りはどうこうする気はないけれど、アイツは相当恨んでるでしょうね。」

「そのくらい当然の報いでしょう。」

「私を含めて4人も重傷負いました。特にウィリアムが酷く襲われた時にも真っ先に行動不能にされています。ウィリアムの回復力を恐れたんでしょう。その後は第三王女に助けてもらってみんな各地で静かに暮らしています。ただ、後遺症は皆残っています。私は日常生活を送る分には何ともないのですが、戦闘は無理です。薬で無理矢理動かしているけれど10分だけしか戦闘行動をとれません。その時間が過ぎた後はご覧の通りって感じです。」

 さっきも乱入前に飲んだと言った。

 キャロフローネさんはとても辛そうな乾いた笑いをした。首筋に水滴を感じてキャロフローネさんを抱えているのについ力を入れてしまった。

「他の皆もそれぞれにあり、ある意味一番戦闘ができるのが私かもしれません。」

「その、聞いてはいけないかもしれませんが、第三王女の力を借りたのは良かったんですか?命がかかっていたのでそれどころではなかったのかもしれませんが。」

「あ~、それは第三王女は元々知り合いでした。」

 さっきの理念を聞いた後だと凄い違和感を感じるけれど、第三王女が共感してくれた人物だったという事なんだろう。

「正確には当人とは元々知り合いだったけれど、第三王女と知ったのはその時だったんです。友人として助けたいと言われて土下座までされて皆信用しました。婚約の事で第一王女が【アメジスト】に何かしないわけがないと判断して最も信頼できる少数の人間で私たちの為に動いてくれていたみたいです。

これが【アメジスト】解散と婚約、私が動けない理由です。ごめんね、憧れと事実は全然違って。」

 そう言っても申し訳なさそうに謝罪してくる。

「憧れのままですよ。オベリスク=ハーフンや婚約の事は違いましたけど、アメジストがしてきた事は俺が憧れた姿のままです!

そうじゃなければ正体がバレルかもしれないのに、自分の体が動かなくなって危険なのに、ただ一人の…しかも反対を押し切って受けた奴の為に助けに来るわけないじゃないですか!!」

「ありがとうございます。私たちの事見ててくれて。ケインさんの為にも【アメジスト】の事は口外しないで下さい。」

 少しの間お互い今の事を考えるように無言になった。

 まだしばらくあったので、キャロフローネさんのダガーが異なる状態異常を与えるようになっていて、懐には状態異常解除用の短剣を用意している事も教えてくれた。「一般的には10本で知られているけれど、本当は11本というのは秘密ね」と言われて知られていない事を知れて嬉しかった。

 後はキャロフローネ先生の冒険者講座になった。ローグのクラスのせいか特に閉所の立ち回り方とトラップや危機回避のレクチャーが濃かった。更にPTを組むことの重要性を再度説かれた。

 受付でも言われたけれど再度討伐以外の事を薦められた。昨日よりも深く説明をされたのと【アメジスト】が受けた依頼の多くは討伐ではないと言われて考え直そうと思った。

 装備についてもレクチャーがあった。特にソロなら軽装と取り回しのしやすさを優先すべきで重装備は動けなくなればただの足かせにしかならないという言葉はさっき既に体験したので心が痛い。餞別だと思うから、今の装備を元に加工してもらう方向にすれば送り出してくれた人の気持ちを無駄にしないと気づかいをしてくれた。

 そして何よりの恩返しは生きてまた村に行く事と言われた。依頼を受けるときと受けた後は故郷に手紙を出す事を約束した。死という事がどれだけ近くあるのかを感じた今は生きている事を知らせる重要性がわかるようになった。住所がない間はキャロフローネさんが受取りをしてくれると言ってくれてありがたかった。

 そうして憧れの【アメジスト】のキャシーに教えを受けるというありえない体験を喜びながらメルリダの街の門を通った。


 街に入ってからはキャロフローネさんの誘導で彼女の家に向かった。空を見上げると星が瞬き始めている。

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