第2話 討伐
予定通りの翌日に討伐先の洞窟についた。
洞窟の正面は森になっているので、身を潜めながら周囲を伺う事ができたのは幸いだった。魔物が襲って来ようとすれば木のざわめきで気づく事ができる。伊達に田舎の村から出てきたわけではない。
昨日キャロフローネさんから渡されたリストのアイテムは結局買わなかった。討伐を翌日にしたのは寝床を確保するためだった。不動産ギルドに扱い物件の確認をしたら安い賃貸で相場が月に銀貨80枚って!うちの村なら3ヶ月は借りれる金額だ…。手持ちが足りないので、仕方なく宿にしたがそこは銀貨1枚…。都会高い…。
魔道具ショップ等に見積もりをしてもらったが合計で銀貨50枚かかると言われた。クエストを達成できても手元に残るのは銀貨50枚。家を借りる事も出来ない。生活の基盤である家は直ぐに手に入れる必要があるので、アイテムを買っている場合ではないと判断した。
ギルド職員の人が言っている事だから、安全を取りすぎているだけでコボルト討伐には過剰だったら後で泣いてしまう。村を出てくる時にお祝いで貰った剣と鎧を身に付けているのだから弱い部類に入るコボルトなら必要ないと思う。有名PTから王女と結婚した人の本を読んだこともあるけれど、初心者時代はお金がないからあるモノで対応したとある。俺もその気概で行くんだ!
洞窟の前で不安の種を吐き出して頭を目の前の事だけに集中してから洞窟に足を踏み入れる。肌に触れる空気が冷気を帯びたものに変わる。
未整備な足元に注意しながら注意すべき事を考える。そう深くない洞窟ということなので注意する事は集団の存在だ。数が多いと不利になるからそれは上手く小道などに誘導して1対1の対決に持っていけるかどうかがカギになる。相手はコボルトで、体格が俺より勝っているわけでもなく、魔法が使えるわけでもないので今の装備で問題はない。
長らく道なりに進んでいたが開けた場所に出た。開いた場所という事は生活スペースにしている可能性も大きいので今まで以上に慎重に周囲を伺っていたがコボルトの姿は見当たらなかった。極力足音を消して広間に足を踏み入れる。
火を灯していないので、相手方に気付かれる危険性も低くなる。これまで以上に目と耳に神経を集中して周囲の反応を伺うが何も感じない。少しづつ奥に進んでいくと座りやすく加工された石や食べかけの食料が目に入ったのでここで生活をしているのは間違いはない。
もう少し進んでいくと壁に突き当たってしまった。どこかに他の道があるのかここで終わりでコボルトは外に出ているのか分からない。前者を警戒して付近を調べようとすると何かがすれるような音が聞こえきた。振り返ると暗闇の中動く姿が見えた。剣を構えて間合いに入るまで少しづつ距離を詰めようとするとコボルトが声を発する。
「ギャッギャッ」
声を出すと共に火の玉がコボルトの周囲に発生し俺を目掛けて飛んでくる。慌てて横に飛んで回避したが少し髪の毛が焼けたのか焦げた臭いが自分から発せしているのが分かる。
コボルトが魔法を使った?コボルトは魔法を使わず非力な為に初級冒険者の討伐向けになっている。そのコボルトが魔法を使った。昨日のキャロフローネさんの言葉を思い出す。
『一匹で生活をしている場合はハグレの可能性があります。ハグレは一匹で生きていける程の力をつけていますので、通常の個体より遥かに強いです。』
『コボルトの場合は身体的特徴が出にくいので難しいです。しかし、コボルトに限らず他種族同様の事なのですが、高貴な身分になると華美な衣服や装飾品を身につけるようになります。』
背筋に冷や汗が流れるのを感じる。さっきの火の魔法の時にコボルトの姿が見えた。相手は一匹で貴族が着るような服装をしている。キャロフローネさんが言った特徴と一致する。一匹なのでハグレで衣服と魔法を使う事から上位種である可能性が高い…。ヤバイ。
最悪な状態なのに口と膝に笑いがこみあげてくる。逃げるような状況になっているけれど、相手は広間の出入り口の前に立っている。最悪でも位置を入れ替えないとも逃げる事もできない。逃げようとしても背を向けた時に魔法を撃たれては避けようがない。
つまり戦いは避けられない…。こっちは剣で近距離戦を挑まないといけないけれど相手は射程のある魔法を使えるのでこの面でも不利だ。コボルトは元から短剣主体の戦闘を得意としているので近接戦の実力もあると考えた方がいい。
「ギャッギャッ」
どうしていくか考えていると再度コボルトが声を発生して魔法を使用する。今度はさっきよりも火の玉の数がさっきよりも多く6球ある。避け切れるか…。コボルトが全ての玉を俺に向けて放った。一つ目は横に体をそらして避ける。二つ目と三つ目は胴体を狙って飛んできたのでしゃがんで避ける。4つ目は避けた後の詰めとして足を狙ってきたので飛んで避ける。…コイツ知性が高い!
残りは二つ!慌てて視線を巡らすと5つ目が直ぐ側で上体を狙ってきているのが見えた。距離が近すぎて横に避ける事は出来ないので、体を捻って直撃を避け
「ガッ!?」
左足の膝裏に衝撃と共に熱さを感じる。5発目の囮にして6発目を死角から当てに来たのだろう。膝裏は動きを阻害しない為にも鎧の継ぎ目になっているのでダメージも大きく、膝をついてしまう。視界の端に光るものが見えたので慌てて剣を振り上げると金属と金属が当たった高い音が響く。魔法を撃った後に距離を詰めてきたのだろう、とっさに振り上げなければ首が飛んでいたという事実に血の気が引く。膝をついているのでコボルトの剣を下から押し返す形になる。同程度の膂力だとしても下になる方が不利になる。その例に漏れず少しづつ押し返されてくる。
相手の態勢を崩すために一瞬に全力を込めたがコボルトはタイミングが分かっていたように剣を外して俺の右腕を二度切り付けてくる。俺の行動が読まれていたが、一度は鎧のおかげで怪我はなかったが二度目は鎧の継ぎ目に当たったため出血し痛みで剣を取り落としてしまう。
コボルトの顔が好機に喜んだ顔になるのが見えた。
『討伐を……生き物から命を奪うという事を軽視しすぎていませんか?そんな気持ちですと、死にますよ?』
キャロフローネさんの言うとおりだ、俺は相手も生きているという事実を全く認識していなかった。追い詰められ、相手の感情を実際に感じてようやく理解する事ができた。
(俺は死にたくない!!)
コボルトの攻撃が届く前に素早く腰のポーチにしまっていた閃光符を取り出し目をつぶって目の前で破く。
カッ!!
目をつぶっていても周囲が光に包まれているのが分かる。足をやられていなければ一目散に外に飛び出すところだけど、少しの時間だけで逃げ切れる自信がないが、広間の出入り口に向かって必死に歩き続ける。足が痛むけれども構ってられない。
瞼の裏に感じていた光が弱まってきたのを感じたので目を開き身を隠せる場所がないか、光のあるうちに目を走らす。暗いところでいきなり強い光を浴びたから目が焼けているはず。閃光符からの発光が止んでも少しの間は俺の姿は分からないはず。その内に身を隠して逃げる機会を伺うしかない。
広間の出入り口の側に横穴を見つけたのでそこに向けて歩を進める。コボルトの視力が戻るのが早いか俺が先に横穴に隠れるのかの勝負だ。洞窟に歩を進めた時よりも心臓の音が早く打っているのが分かる。
ドクッドクッ!耳の横に心臓があるんじゃないかと思うほど大きく聞こえ、自分の呼吸音でさえとても大きく聞こえる。痛みからか焦りからか額から流れる汗が止まらない。コボルトに俺の心音と呼吸音が聞こえて位置がばれているんじゃないかという不安が付きまといながらも横穴を目指す。
横穴が目の前になった時に右手の小手を外して逆手で広間の出口に投げる。小手が床に落ちて転がる音が大きく響く。外に逃げたという偽装が上手くいけばいいと思いながら横穴に身を隠して音を立てないように座り込んで息を殺す。
歩いていた時よりも心臓の音が大きく聞こえる。自分の体自体が心臓になったような気さえする。広間に入ってからさほど時間が経ってないはずなのにもう何時間も経ったように感じられる。
横穴から別ルートで外に上がる道がないか奥に目を向けるが奥には道がなくただのちょっとした横穴のようだ。横穴の入り口に出っ張りがあって簡単には俺がいるところまでは見えないようになっているのは救いだ。
逃げるにしても痛みがある現状では相当安全を確保しないと厳しい。
痛みを何とかできれば逃げるタイミングの選択肢も取れるんだけど……。
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・アウローラの根から作られた飲み薬
※一度に数滴迄の服用とする事
痛み止めとして使用
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今になって昨日言われたリストの一つが思い出される。
あの時は毒になる物を使うなんてハイリスクを取れるかと思ったけれど、今になって思えばこのような状況でも活動できるためにという事だったんだろう。本当に俺の事を考えてのアドバイスだったのだとようやく分かる。言う通りに揃えるべきだったな…。背後を取られたのも足音でコボルトに気付かれて先手を打たれたのかもしれない。
…
……
………
横穴に潜んでからどれくらい時間が経ったんだろう。数分?数時間?
今はまだ見つかっていない。まだコボルトが動いているような足音が聞こえないのでまだ視力が戻っていないのだろうか。一番いいのは外に出ているタイミングでこっそりと逃げていく事だ。
一本道だからタイミングをミスれば終わる。耳を澄ませて間違えないようにしないといけない。
…
……
ペタリペタリ
こっちに向かって足音が聞こえてくる。視力が戻ったのだろうか。危険かもしれないが身を隠しつつ外を確認する。
小細工をしておいたのだが、コボルトの体はこちらを向いている。
恐らくは場所がばれているのだろう。嘆息しながら覚悟を決める。
最後のチャンスにかけて飛び出すタイミングを伺っていると頬に風を感じる。
疑問を持っているとコボルトに向かって突っ込んでいく影が見え「グギャ」という音が聞こえた。何が起こったのか分からず、フラフラと不確かな足取りで横穴から外に出る。
「ケインさんご無事ですか!?」
苦しんでいるコボルトの方に目を向けるとここにいるはずのないキャロフローネさんの姿が目に入った。しかし、服装はギルド員の制服ではなくて身軽な冒険者のような軽装をしている。腰回りにはたくさんのダガーを差していて両手にもダガーを持っている。装束は暗色だけれどイヤリングとダガーには紫水晶製のようで鮮やかだ。
足音から場所を判断したのだろうこちらに体を向けて歩いてくる。
「怪我をされているようですがご無事ですね。よく頑張って生き延びました。」
安心させるように優しく微笑んでくれた。胸元には紫水晶のペンダントトップが見える。
俺の驚きと喜びが最高潮になる!
生き残った事から来る喜びではない。目の前の女性がただの冒険者ギルドの受付員ではない事に気付いたからだ。
間違いない、俺が間違えるはずがない!!
この人は俺が憧れた5人PT【アメジスト】のキャシー=リースハインだ!!
「言いたい事があるでしょうが、後にして下さい。今は時間がありません。討伐を優先します。」
そう言って持っていたダガーを鞘に差し、別のダガーを2本取り出して構えを取りながらコボルトに向かって歩いていく。
「キャロフローネさん注意して下さい!あのコボルト魔法を使います!!」
コボルトの先入観から不意を突かれないように注意をすると予想外の返答が返ってくる。
「大丈夫です、シールとパラライズのダガーで斬り付けています。耐性があったり、対応策があるとその限りではありませんが…。」
コボルトの方を見ると苦しんでいる。麻痺の効果が聞いているのかもしれない。警戒をしつつもキャロフローネさんは距離を詰めていく。
近接のレンジに入る直前にキャロフローネさんが姿を消したと思ったらコボルトの両腕が空を舞う。コボルトは悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちる。
速すぎて動きを目で追えない…。トップクラスの冒険者の実力を目の当たりにして戦慄する。
俺が死すら感じた相手をこうも簡単に倒すなんて、さすが【アメジスト】の一人だ。今の追い切れなかった動きから実力差を感じていると共になんで今は冒険者をしていないのかという疑問が湧いてくる。
近くに落ちていた俺の長剣を拾ってキャロフローネさんはこちらに歩いてきて俺に手渡す。
「とどめはケインさんが刺して下さい。」
「…俺がですか?」
「あなたは狩猟もしていないと言っていました。ならば魔物の命を奪うという経験が必要です。そこを乗り越えないといざという時に踏みとどまり、隙になってしまいます。
討伐と言えば聞こえはいいですがその実態は命を奪うという行為です。躊躇って死んだ初心者の話を何人も聞きました。頭でわかっているつもりでも実際に行おうとすると心が抵抗をするんです。それを乗り越えないと討伐活動を続ける事はできません。その一歩を今から行ってください。」
そういって俺の剣を受け取ってコボルトの所に行く。苦しんでいるコボルトの姿を目にするとさっきまで殺されかけていたのに躊躇したくなる気持ちが湧き上がってくる。
俺の逆の位置にはキャロフローネさんがダガーを構えて警戒している。不意を突いての行動をとられた時に対応できるようにする為だろう。
俺は他の事を頭から追い出してコボルトの命を奪う事に集中する。コボルトは目から涙を流している。その姿を見ているとキャロフローネさんが来なければ俺がコボルトと同じ姿になっていたと考えてしまい怖くなってくる。目をつぶって長剣を振り下ろす。
「アアァァァァァーーーーーー!!」
「グギャー!!ギャ…ギャ……。」
大きな叫び声をあげた後に体を大きく動かしてもがいた後、徐々に声と動きが弱くなっていく。ピクピクと動いた後に止まり、目からも光が失われた。返り血を浴びたことによる気持ち悪さがあるが、手に残る感触の方が生々しく胃の中の物がこみあげてくる。
「念のために首をはねておきましょう。頭と衣服を持ち帰るのが証拠としていいです。」
長い冒険者生活の中で育まれた確実性の行為なのだろう。一刻も早くこの場を立ち去りたい気持ちの俺を刺すような瞳で制する。
吐き気に耐えながらコボルトの首を跳ねる。今度は死んだ後の行為だったからかさっきのような気持ちの悪さは感じられない。
キャロフローネさんはさっきのような優しい目に戻ってねぎらいの声をかけてくれた。キャロフローネさんの腰のポーチからクスリと包帯を取り出して手早く治療してくれた。
「足を怪我しているので痛みが残ってしまいますので、痛みを感じなくするツボを押して半日ほど感じなくさせます。ただ効果が切れた時にそれまでの累積した痛みが一気にきますので覚悟して下さい。」
ケガをした近くの鎧を外して肌を露出させる。ポーチから針を出して消毒用の薬を針に振る。言われた通り針でツボを押してもらえると痛みが消えた。
……半日後が怖いけど。
「なんとか、間に合いましたね。」
急に辛そうな顔をしながらキャロフローネさんは言う。
「来ていただかなければ死んでました。ありがとうございます。」
「いえ、そっちではないんです。すみません、私はもう動けなくなるので、家まで運んでもらえませんか?」
そういってバタンと倒れる。一体何が起こったのか分からない。
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