第1話 受注
「あ~、私の手持ちではそういうのないですね。初心者用なら5番窓口の受付の人間に相談してみて下さい。」
通算三度目のお断りだ。
碧皇歴894年の4月、寒い冬の時期が終わり人々の活動が活発になってくる時期に合わせて田舎から出てきた。目的は男なら一度は憧れる英雄譚に描かれるような賞賛を得る事だ。
と言っても英雄譚に出てくるような魔王はいないし、メイアス王国では大きな争いはない。
しかし、冒険者ギルドで以前王都の冒険者ギルドで活動していたPT「アメジスト」のリーダーは第一王女と数年前に婚約をしている。第一王女からの指名だったらしいが、冒険者ギルドで実績をあげればそういう事もあるという証明である。
そう思って冒険者を志したのだけれど、窓口でたらい回し中である。
仕方ないので、順番が来るまで再び待合席で待っている間の暇つぶしに少し物思いにふける。
「ケイン=ブルームさ~ん。」
呼ばれたので、今度こそはと意気込みつつ呼ばれた席に行く。
「お待たせしました。担当のキャロフローネ=ライツです。
えっと、本日冒険者ギルドにご登録でお仕事を探しておられるという事でよろしいでしょうか?」
回された先は細身の若い女性だった。ただ今までの受付の人と違い、どこか隙のない感じを受けるのは何故なのだろう。俺が不思議に思っている間にキャロフローネさんは書類に視線を送りながら確認をしてくる。
「はい、簡単な討伐依頼をしたいと思っています。そういうのは他の人に持っていないと言われてしまいまして……。」
「討伐ですか……。PTを組まれるご予定はありますか?」
「いえ一人で行う予定です。」
キャロフローネさんは少し悩むそぶりをしてから口を開く。
「今まで狩猟等をされたことはありますか?」
「いえ、そういう事はしたことがありません。」
「それでしたらまずはあちらの掲示板に掲示されている討伐以外のご依頼はいかがでしょうか?近場の採種の手伝いもあります。まずはお仕事に慣れたり皆さんと関係を作ってから討伐任務に望みましょう。」
「俺は討伐がしたいんです!!」
今日数回たらいまわしにされた上で自分の希望を拒否されたことに気が立って、机を強く叩いて立ち上がってしまった。
周囲からいぶかしげな視線を投げかけられる。
「座ってください。」
キャロフローネさんに促されるまま座り心情を吐露する。
「昔から英雄譚を読んで物語の人みたいになりたいと思っていました。数年前に冒険者ギルドのPTが王女と婚約を聞きました。冒険者としてそのようになりたいと思って討伐任務をしたい思います。」
「有名PTだからと言って討伐任務しか受けていないわけではありません。他にも様々な依頼を受けていった結果、ケインさんの仰るようになった例もあります。」
言葉を切って俺の方を見つめてくる。キャロフローネさんの体から冷気が出ているように感じられ背筋が震える。
「しかし、討伐を……生き物から命を奪うという事を軽視しすぎていませんか?そんな気持ちですと、死にますよ?」
「……」
「まあ、今のは私個人の見解です。それとは別に私が持っている依頼で初心者でも受けられる依頼があります。内容は洞窟に住み着いたコボルト討伐です。」
討伐と聞いて目を輝かせる。
「正直に言って私はケインさんに受けて欲しくありません。ですが、規定として条件は満たしている事になるので受ける事ができます。いかがされますか?」
脅されても夢は夢だ。ようやく望んだ冒険者としての人生を始められるので俺は直ぐに答える。
「受けます。」
「そうですか。ではこちらが依頼書になりますので目を通してください。命にかかわりますので質問があればして下さい。」
不満な感じを隠そうともせずに俺の前に依頼書を出してくる。
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討伐依頼
■概要
洞窟にコボルトが住み着き近隣住民に被害が出ているので討伐を依頼する。
■達成条件
洞窟に住んでいるコボルトの討伐
■期日
4月中の討伐
※5月に近隣の鉱山で採掘を行う為
■報酬
銀貨:100枚
■受注条件
・Fランク以上の冒険者及びPT
■補足情報
洞窟内部は複雑な構造ではない為、生息している個体は数匹だと考えられる
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「数匹とありますがギルド側としてはどの程度の数だと考えているのですか?」
「被害にあった方の話や農作物への被害から多くても4匹です。最悪は1匹の可能性もあります。」
「数が少ない方が最悪というのはどういうことですか?」
普通数が少ないのはメリットだろう。
「これは魔物の種類にもよりますが、コボルトの場合は集団で生活をしています。一匹で生活をしている場合はハグレの可能性が高いです。ハグレは一匹で生きていける程の力をつけていますので、通常の個体より遥かに強力です。」
冒険者になると決めてから書物で魔物の情報を得ていたが、ハグレというのは初めて聞いた。
「初心者ですと経験が少ない為に違和感に気づきにくいです。ハグレがいよういまいと危険を感じたら直ぐに逃げてきてください。特にハグレの場合や上位種の場合には受注条件が最低でもDランク以上になります!いいですね絶対ですよ!!」
「その見分け方はありますか?」
「コボルトの場合は身体的特徴が出にくいので難しいです。しかし、コボルトに限らず他種族同様の事なのですが、高貴な身分になると華美な衣服や装飾品を身につけるようになります。それで判断をして頂ければと思います。」
つまり、本で読んだ情報と違う服装をしていたりすると逃げればいいという事か。
「質問は大丈夫です。」
「でしたら、こちらの受注名簿への記帳をお願いします。」
そう言ってファイルを開いてこちらに差し出し来る。必要事項を記入して戻すと別の紙が差し出されてくる。
「これは個人的な要望ですが、こちらのリストにある道具を揃えてから望んで欲しいと思います。」
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・シーフ/レンジャー用のブーツ
靴底に消音加工を施す事で代用可能
・街の魔道具ショップで「43番」の香水
洞窟の臭いに紛れるため
・街の魔道具ショップで「2番」の火の呪符
止血用
・アウローラの根から作られた飲み薬
※一度に数滴迄の服用とする事
痛み止めとして使用
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渡されたリストを見てみたが、これを揃えるとなると手持ちで足りるか不安な物だ。
「一応確認ですが、これ全部ですか?」
「全部です。大体銀貨5枚程度で揃えられると思います。手持ちが不安でしたら今回の依頼で必要な為と言ってください。銀貨100枚ですので後払いに応じてくれる可能性が高いです。もし応じてくれなければ私が保証人になると言えばまず大丈夫でしょう。」
こちらが懐具合を気にしているのに気づいたのかお金の事を説明してくれた。保証までしてくれれば店側としては請求先があるので断らないだろうけど、なぜそこまでしてくれるのか逆に不安になる。
もう一つの不安な点を解消しておく
「アウローラの根を自分に使うんですか?」
「そうです。一般的には毒薬として使用されるものです。しかし、ごく少量であれば死ぬことはありません。実際にそういう使い方をしているのを見ているのでご安心下さい。」
ご安心と言われても多く飲んだらと思うと怖すぎる…。キツメの言い方をしているけれど、俺の事を心配てくれる感じはある。しかし、このアイテムを持っていけと言われるととても不安になる…。
「ケインさんはソロでクエストに挑まれます。当然ですが、ソロは誰も助けてくれません。ソロで一番怖いのは行動不能になる事です。ソロの行動不能は死と同義と思って下さい。
こんな事を言うと依頼者から怒られそうですが、冒険者の最優先事項は生存して戻ってくることです。その次にクエストの達成を考えて下さい。」
最後に討伐クエストの注意を説明された。討伐クエストの場合は誰か達成の証明をしてくれるわけではないので、討伐した証明としてその魔物だと証明できる部位や象徴する装飾品を持ち帰る事と言われた。
クエストの達成詐欺が横行すれば冒険者ギルドの信用が落ちてしまうので手間だけれど仕方がない。
説明が終わった後に礼を言って席を立つ際に、再度生きて戻る事を念押しされた。何はともあれこれで俺の冒険者生活を無事に始める事ができる。
そういえば、記帳先に予定討伐日があったけれどどうしてなんだろう。
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