第41話 「極小のサーカス」
清涼な風が肌をさすり、夏の終わりを感じる日の0時を回った頃、
お客様をお送りしていた。
何度もお送りしたことある地域へ向かう道は、
いつもと変わらぬままだった。
いや、少しだけ車の台数が少ないだろうか。
お客様は静かで、一言も喋らないこの時間は、
心地良い訳でも、退屈でもない、ただただ凡常の時間だった。
そういう時は大体、今見えているものか、最近気になっていることについて
考えを回していないと気が済まない。
これもいつものように頭の中を回しだそうとした時、
視界の右側に何かがスッと邪魔する感覚があった。
物体が見えるほどではなく、目がかすむかのように視界に入ったそれに
大して気にはしないが、目を何度かこすり、瞬きをしても消えない。
するとその何かが上から下へ伸びるような動きをした。
一瞬チラッと右に眼球を回すと、ちょうど顔の右先、真っ直ぐ前を見た視界のギリギリの位置に糸が伸びていた。
物体としては認識できない程の大きさの糸へ目のピントを調節してみると、少し大きめのアリほどのクモが糸の先についている。
「(えっ、、カワイイ)」
僕史上最少のクモを目にした。
僕は虫が嫌いではないが、
虫嫌いでもこれならカワイイと言えると思う。
一般的なクモ、、、というモノが分からないが、脚だけやたら長いとか
バランスの悪さはなく、ちょうどいい見た目。
そんなクモを見たときに思った。
そういえば、これまでいろんな虫たちがやってきたなー。
蚊が入ってくることもあれば、テントウムシが入ってくることもあった。
ある時は、線路沿いの草が生えたところに止まっていると、ゴ〇ブリが入ってきたこともあった。
飛ぶタイプの虫は窓開けて逃がすことが出来るが、
歩くタイプは厄介。
しかも暗がりを好むから、逃がそうとすれば隙間へ入り込む。
だが、結局これまで全ての虫たちは逃がしてきた。
今回の小さいクモは運転中だったこともあり、特に対処しなかったが
居ても居ないようなくらい存在だからそのままにした。
右側に居たクモは、車内の天井から垂らした糸を登ったり降りたりしていたが、その様子を間近という間近で見ていると
サーカスのように感じた。
世界で最も近い距離で見るサーカスが、
凡常の時間を少しだけ格別に変えてくれた。
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