第37話 「笑っててくれよ」

笑っていてほしい。

僕は悲しい顔を見るより笑っている方が好き。


ヘラヘラという意味ではなく、

常に楽しむように過ごしているという意味で。


街中で、暗い表情で歩いている人を見たら、

あの人が楽しめるようなエンタメを作りたいと思う。


そんな綺麗事なんて、と思われるかもしれないが

こればっかりはしょうがない、思ってしまうのだから。

そんな自分に自分でも気持ち悪く感じたりはする。


そして、それはタクシーに関しても同じ話。


乗ってきたお客様が4人もいるのに一切無言なんてこともあるが、

ちょっと気になる。


楽しく話していると嬉しくなる。


この間はもっと気になってしまった。


深夜にお酒を飲み終わったサラリーマン。

乗ってそうそう静まり、イスに浅く腰かけてるため、バックミラーにも様子が見えない。


きっと寝ているのだろう。

そう思いながらお送りしていると、

「ヒック」

しゃっくりのような声を出した。


お酒を飲み終わった人にありがちで気にはならない。

しかし、一分後に

「ヒック」


また

「ヒック」


「ンッ!」


しゃっくりを無理やりおさえる声まで聞こえてきた。

これは危ないかもしれない。


もしかしたら、飲んだ時に食べていたものが戻ってきている可能性もある。

そんな想像をしながら目的地まで走るが、時間的にはあと10分ほどある。


「ヒック」

まただ。


「ンッ!」

少し強めのしゃっくりを押さえた。


最終的には車内で吐く可能性もある。

少し怖いが、男のしゃっくりのような引きは止まらない。


「ヒック!、ンッ!」

少しずつ大きくなっていく。


やめてくれ、吐かないでくれ。


そう願い、後方を確認するようにバックミラーを見ると、微かに顔に光が当たっている。

スマホをいじっていることが予想できた。


体調的には大丈夫か。

本当に吐きそうなら、スマホすら触れないはず。


少し安心したが、再び

「ヒックックック」


しゃっくりが長引いた。

ん。

待て。

笑っているかもしれない。


スマホで何かを見ながら笑っているのかもしれない。

でも何も音は聞こえないし、バックミラーで表情を確認するにはあからさまに後ろを見ようとしない限り見えない。


どうするべきか。


「ヒックックック!」


あれ、やっぱり笑ってる?

というか笑っててくれ。

頼むから笑っててくれよ。


吐かれるのは嫌なんだ。


そうの願いは届いたのか、

吐くことはなく目的地まで近づいてきた。




すると、

「ッヒッッヒッヒ!」

声まではでないが喉の奥から出るキッとした音で笑い声が聞こえた。


良かった。。

ホントに良かった。


無事に送り届けることが出来た。


やっぱり僕は、みんなに笑っていてほしい。

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