第十一章 汝の終焉を愛せ(6)姉、妹、そして母

 ラミザは、再び人の姿をとったソレスに感心する。


「時空干渉が効かないと悟って、小回りの利く人型に戻したのね。判断はいいみたいね」


「あれが、『星の悪魔ミンソレスオー』? 女の子じゃないか」


 フィズナーは驚いていたが、無理もない。彼はソレスが『星の悪魔』の姿になってからここへ来たのだから。


 ミオヴォーナがフィズナーに説明する。


「彼女はソレス。リサの娘、のようなもの」


「ちょっと待ってくれ。いろいろ理解が追いつかないんだが」


 フィズナーの言うことはもっともだと、リサは苦笑する。



 真剣な表情のソレスは、手に黒い光の槍を出現させ、それを構える。


 それを見たリサがふっと溜息をつく。


「ソレス、まだやる気?」


「やる。絶対に、トモシビは要らない。ラミザも要らない。フィズナーも要らない。ママには、わたしがいればいい」


「それって逆なんじゃない? 『わたしにはママがいればいい』じゃないの?」


「——ッ!」


「ソレス、自分がやってることは解ってるよね? ソレスが生まれるには、わたしが生き延びなきゃいけない。でも、ソレスがトモシビに危害を加えたことで、わたしは死に、冥界に来た」


「でも、でも嫌なの。わたしはずっとひとりだったのに、なんでトモシビばっかり」


 新たな世界の神としてトモシビを滅ぼしたというのは欺瞞ぎまんだ。ソレスはただ、親の愛を欲していただけなのだ。なんて単純。そして、なんて痛々しいのだろう。


「ソレス、それはでなんとかする」


「え?」


「でも、いまのあなたに必要なのは、かな」


「おしおき……。でも勝てるの? ママがわたしに? この形態のわたしは、回避力はママと同等。攻撃力では優ってる。そして、生物としての強さは比べるべくもない」


 ソレスが強がっている間に、リサは立ち上がり、一歩一歩、歩いて行く。その手には、すでに『可能性の右腕』が握られていた。


「いつの——間に!?」


「ソレスが空を飛んでいる間に回収させてもらったよ」


「そんな——!?」


「さあ、少し痛くするよ!」


 リサは『可能性の右腕』を掲げる。すると、それは輝く槍の形に変化する。



 リサとソレスはそれぞれの槍で打ち合う。リサにとって、ソレスは気を抜けない強敵だ。

 

 だが、哀れにも思えた。リサが初めて光の槍で悪漢退治を始めたのは十八歳のころだ。だが、このソレス——黒髪の少女はそのころのリサよりもまだ幼く見える。


 宇宙の終わりから人類の黎明期まで生きてなお、この幼さ。時の海原の広大さを思わずにはいられない。


 リサは『未来視』を、ソレスは『思い出し』を使用して、互いの手を読み合っている。そして、リサは『神護の盾』を、ソレスは増える腕を使って身を守っている。


 能力の性能はほぼ互角。ここが冥界だという地の利はある。もし、通常宇宙であったなら、『星の悪魔』に対して勝ち目はなかっただろう。



「おかしい……」


 ソレスはそう言って、黒い光の槍を手から落とした。槍は消え去る。


 彼女はもう一度言う。


「おかしいよ……」


「そうかな?」


 リサの輝く槍が、ソレスの心臓を穿うがっていた。勝敗は決していた。


「痛い……。わたし、死ぬの?」


 ソレスの問いに、リサは首を横に振る。


「違うよ。これは『可能性の右腕』。そうあれかしと願って振るうだけで『そう』なる神性の槍」


「ママは、わたしがことを望んだの……?」


「それも違うよ。わたしは、ソレスがを取り戻せるように願っただけ。こんな冥界まで来ることもなく、トモシビお姉ちゃんを恨む必要もないくらいに」


「そっか」


「うん」


「そう、なんだ……」


 ずるり、と、ソレスは冥界の地面に倒れ込む。彼女はそこから動けない。そして、その姿が黒い光の粒となって消えていく。


「また会えるといいね、ソレス」


「そう……なんだ……。こんど、は、しあわせ、に……」


 そうして、ソレスは消え去った。


 リサ自身が片付けるべき問題だった『星の悪魔』は、ここについえたのだった。



 戦いを最後まで見届けたラミザが、リサのもとへ駆けて来る。


「リサ、あなた、その『腕』を使って帰りなさい。あなたには、生きていて欲しいのよ。だって、あなたはわたしの特別だから——」


「うん。ありがとう、ラミザ。でも、もう少し、やるべきことがあるんだ」


 そこへ、ミオヴォーナもまた駆け付けて来る。


「リサ、あなたは本当にすごいのね。あなたは自ら最も卑賤な神と言ったけれど……。きっとソレスは幸せになる。それに、いまもラミザの魂を癒やしていることはわかる」


「そうかな。そうだといいな」


「わたしはまだ神だもの。元人間、神話の神、ミオヴォーナ。そのわたしが言うのだから間違いない。……もし、また人間になるなら、あなたのような人になりたい」


「そんなおおげさな」


「ううん。ラミザだけじゃない。わたしの罪も、あなたは癒やしてくれている。あなたの愛。それこそが、どんな恩寵をも超えた真理」


 リサにとって、ミオヴォーナはかつての自分の到達点だ。その人生が過酷だったことは知っている。それゆえ、その過酷さを生きた者にさえ手放しで讃えられることに、むず痒さを感じるのだった。


「それで? もうひとつの仕事って?」


 剣を鞘に収めたフィズナーがリサのそばにやって来ていた。


「ソレスの母親の顔を拝みにいくことかな」


「おっ、いいね」


「でも、それってどうやるの? 遥か未来にいるという話だったけど、それじゃあこの冥界で出会うのは難しい……。あっ」


 そこまで言って、ミオヴォーナは感づいたようだ。


 ラミザが溜息をつく。


「リサ、『可能性の右腕』を使うつもりね」


 半分怒ったような、呆れたような顔をするラミザを相手に、リサはいつものように頭を掻いて苦笑いする。

 

「お見通しか。さすがだね」


 カツ、カツ、カツ、カツ――。


 『時の神』の心音が聞こえる。これを活用しさえすれば、あとはなんとかなるはずだ。リサはそう確信していた。



 リサは、ラミザとミオヴォーナ、そしてフィズナーに笑顔を向ける。


「ラミザ、ミオ、フィズ。みんな、ありがとう。これからも、みんなのことは忘れない。大事に、大事に思ってるから。それじゃあ」


 そして、リサは、時を刻む『音』に、輝く槍——『可能性の右腕』を挿し込んだのだった。


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