第十一章 汝の終焉を愛せ(5)女神、天使、騎士

 空を泳ぐソレス、いや『星の悪魔ミンソレスオー』は旋回しながら地上の様子を伺っている。


 リサが知っている昔の『星の悪魔』と違うのは、いまのそれが地上の三人——リサ、ラミザ、ミオヴォーナに対して、明確な敵意を持っているということだ。


 

 事ここに及んでは、冥界の女主人エリナーも黙ってはいられない。


「あの巨大なナマズを撃ち落とすのだ! 撃て!」


 冥界の兵士たちに命じ、彗星砲に似てはいるが単発で弾が出る大砲で撃ち落とそうとする。だが、『星の悪魔』の身体表面の時空断絶によって、すべて無効化されてしまう。


 逆に、『星の悪魔』のいくつもの目から放たれる光線によって、冥界の兵士たちが次々と焼かれていく。焼かれた兵士たちは次々と、『死の門』への行進へと加わる。


 一撃で死ぬような光線が雨のように降り注ぐ事態。


 ここが冥界——死者の一時的な待機所であることを喜ぶべきだろうか。それとも、生と死の緩衝地帯がこのようなありさまになったことを嘆くべきだろうか。


 『星の悪魔』の咆哮。


 それだけで、前線の兵士たちが吹き飛ぶ。


 そして、リサをめがけて突撃してくる『星の悪魔』。あまりの大きさに目眩がしそうだ。まるで、月が落下してくるような感覚だ。


 だが、ラミザは退かない。リサの『神護の盾』が持続することを信じて、リサの前に出て彼女を守る。黒い八枚翼が閃く。


 リサはラミザの背に直接手を触れることで、意識を集中し、『神護の盾』と『神の選択』を掛け続けている。


 周囲の兵士たちや死者たち、果ては地面までがえぐれて吹き飛ばされていく。それほどまでに、『星の悪魔』の落下衝撃は激しいのだろうか。あるいは——。


「あれはだ。触れるなよ。星辰界のどこに飛ばされるか、わからないからな」


 聞き覚えのある声がして、リサはとっさに、その人物にも『神護の盾』と『神の選択』を掛ける。


 フィズナーだ。彼は抜剣したままラミザに並び、リサのための防御に徹する。


 リサは驚いて声を掛ける。


「フィズ、どうしてここへ!? 星辰遊撃艦アビエルがロストしたって——」


「どうやら俺は死んだらしい」


「じゃあ、遊撃艦アビエルのロストって、クルー全滅? ラルディリース参謀官も!?」


「……そこは大丈夫だ。俺が死んだのは、俺が身体を張って守った結果だからな。ちゃんと敵は倒しきった」


「莫迦なフィズ。それでまた、ここでも身体張って守ってんじゃん」


 リサは目を潤ませる。


 同じくリサを守っているラミザが、フィズナーに言う。


「……呆れたわ。ここで戦っているのは、神の域に達した者ばかり。あなたのような者の出る幕はないわ」


「心配ご無用。俺はこれでもリサ姫殿下の近衛騎士でね。そんじょそこらの天使よりは、いい護衛になるはずだ」


「あら、そう。じゃあ、見せてもらおうかしら」


 ラミザは笑った。お手並み拝見というところだ。


 リサはフィズナーに問う。


「フィズ、『星の悪魔』は時空干渉をするとさっき言ったよね。『星の悪魔』について何か知ってるの?」


「少しばかりな。『星の悪魔』の体表面の時空干渉に飲まれれば、とにかくどこか遠くへ吹き飛ばされる。遊撃艦アビエルもこいつに巻き込まれそうになって大変だったんだ」


「ほかには? 時空干渉以外にどんな力があるの?」


「ほか? 時空断絶で身を守ったり、あととにかく食う」


 それを聞いて、リサは考える。ソレスがなぜ『星の悪魔』の姿をとったのかを。時空断絶や悪食はこれまでももっていた要素だ。つまり——。


「ソレスは、時空干渉の能力でなら優位が取れると考えたわけか」


 リサの言葉に、ミオヴォーナがうなずく。


「ええ、そうであるなら——」


「時空干渉が有効な手段ことを理解させればいい」


「ミオ、精密射撃」


「狙いは?」


 ミオヴォーナはリサの指示通りに天弓を連射していく。そしてそれは、時空干渉も受けず、時空断絶すらも貫通する。


 一射ごとに無数の細かい針のような光の矢が出るような攻撃だった。そして、そのいずれもが、『星の悪魔』の身体に刺さっていく。


 リサとミオヴォーナの『遠見』が、時空干渉と時空断絶の穴を発見して、そこを的確に突いているのだ。。ミオヴォーナは、すべての「弱」が揃った極小のポイントに矢を打ち込んでいるのだ。


 『星の悪魔』の悲鳴。悲鳴すらやり過ごすのに『神護の盾』を展開しなければいけないという狂気的な状況だ。だが、攻撃は確実に効いている。


 フィズナーはリサたちに言う。


「時空干渉を受けないためには、徹底的に距離をとることだ。巻き込まれないように」


「ミオ、もう一度」


 リサの指示を受けて、ミオヴォーナは天弓を構える。


「わかった」


 ミオヴォーナによる再度の斉射。


 『星の悪魔』の悲鳴。ついにあきらめたのか、ソレはリサたちの上にただただ落下してくる。向こう傷は問わないというわけだ。


「そうはさせない!」


 ラミザは黒い大剣を回転させると、『星の悪魔』の眉間に向かってそれを打ち込んだ。


 大質量の『星の悪魔』の落下を、八枚翼の黒天使の大剣が跳ね返す。



 『星の悪魔』はその姿を巨大なナマズから少女ソレスのものに戻す。地面に倒れ込んだ彼女はよろよろと立ち上がる。額からは血を流している。

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