第十一章 汝の終焉を愛せ(4)育児放棄

「ソレス!」


 戦いの火蓋を切って落としたのはリサだった。彼女は、そうするが自分にあると思ったのだ。未来の自分の不始末のために、ラミザやミオヴォーナに最初の攻撃は頼めない。


 しかし、リサの光の矢の直撃を受けても、ソレスはまったく動じない。攻撃が通っていない。


 ソレスはくすくすと笑う。


「ママったら可愛い。たかだか生まれて二十数年のだものね。……わたしの身体は時空断絶をまとっているの。何であれ、この断絶を超えられるものはないの」


 次の瞬間、リサが『神護の盾』を展開する。有無を言わさず、ソレスの両手が巨大な口になり、鋭い牙でラミザとミオヴォーナを捕食しようとしたからだ。リサが守っていなかったら、いまごろふたりは消滅していたはずだ。


 ソレスの攻撃を読めたのは『未来視』のおかげだ。リサは冷や汗をかく。


 あまりにも躊躇ちゅうちょなく繰り出される無慈悲な攻撃。ソレスの精神はその身体の外見よりも、未発達だと言えそうだ。


 ラミザが黒い大剣を手に走り出し、ミオヴォーナが天弓の連射を放つ。


 天弓の矢の一撃一撃で冥界じゅうに激震が走る。だというのに、ソレスには攻撃が通らない。


 ラミザの大剣の横薙ぎも、同じく無効だった。ソレスの片手に簡単に止められてしまう。


 さらには、ついと自然に頭を動かし、ソレスは自分の脳天を狙った一射を回避した。この矢を放ったのはリサだ。『遠見』と『未来視』を使って確実に当てに行ったはずなのに、それをかわすとは異常だ。


「『未来視』が効かない……!?」


 愕然とするリサに対し、ソレスは笑う。


「わたしにとって、あなたたちの未来は。数秒前にあったことを『』いい。わたしには『未来視』なんて特別な能力も必要ない」



 ここで、一連の戦いを見ていた冥界の女主人エリナーが壇上で立ち上がる。冥界の兵士たちを集め、指揮を始めている。


「あやつめは死者ではない。いったい誰がこの冥界に侵入を許したというのか」


 兵士たちの中で答える声がする。


「冥界の門を破ったようです」


「莫迦な!? あそこには——」


 ソレスがくすくすと笑う。


「六〇〇層の侵入防衛システム? 七七の相互防衛ネットワーク? 魂を絡め取り粉々にする五九二の星砕槌? どれもこれも、時間を遡行しているわたしにとってはつまらないものだったわ」


「真正面から門を破っただと——!?」



 ソレスは再びリサたち三人を視界に捉えなおす。


「とはいえ、この冥界の時間の流れは、『時の神』が干渉するのが難しいように、わたしだって制約を受けてる。本来、あなたたちの未来は無限にわたしが、ほんの数秒しか『思い出せ』ないのはよ」


 リサは乾いた笑い声をだす。


「はは、ハンデね。ととればいいのかな」


「嬉しいでしょう? こうして会いに来ただけでも、孝行娘だと思ってほしいわ」


「孝行娘なら、ちょっと、ママの用事を待ってほしいかな」


「それは。トモシビは要らない」


「……親の顔が見たいね、これは」


 リサは瞬時にソレスの攻撃を回避する。ソレスの腕が伸びて、リサの心臓を捕食しに掛かってきていたのだ。


 リサは手から光の弓を消し去り、自分は守りに徹することに決めた。ラミザとミオヴォーナに『神護の盾』と『神の選択』を掛け、守りと攻撃を底上げする。


 そのおかげで、ソレスの攻撃が、ラミザの前に展開された『神護の盾』に阻まれるようになった。さらに、黒い大剣によって押し返されるようにもなった。


 ソレスの表情がここでようやく真剣なものに変わる。事態が動いていることを理解しつつある。


 ミオヴォーナの放った矢の一撃が、ソレスを一歩退かせる。ソレスはそれにも気づく。


「ママの攻撃が、時空断絶を超越しつつある……? この世界の規範を越えつつあるということ? ママが、未来のママを越えているの!?」


「ものごとはね、変わらないものじゃない。変えていくものなんだ」


「そんなのずるい!」


「もちろん、無制限とはいかないよ。だけど、世界を変革するためには、新しい叡智を取り込んでいけるんだ! 人生の外からでも、世界の外からでも!」


「嘘だ! ママはそんなことを教えてくれなかった! ママは、あなたよりずっと未来にいるのに! ママ! ママ!」


 ソレスの叫びの中、リサは全力でラミザとミオヴォーナを強化し続ける。


「わたしは! そんなことさえ子供に教えずに、子供と向き合うこともせずに、子供の声に耳を傾けもせずに、野に放ったあなたの母親に怒ってるんだ!」


「——!」


 怒りを覚えたのか、羞恥を覚えたのか——。ソレスは顔を真っ赤にすると、背中から腕を生やした。八本、十六本、三十二本、……。それらが瞬く間に巨大な口と牙となって三人を襲う。


 しかし、リサの『神護の盾』がそのことごとくを防ぐ。その力はミオヴォーナの姉、ヴェイルーガの不死性の域に達している。


 それこそが、この世界の規範を超えたものだ。リサがそれを実現できているのは、少なくない時間をヴェイルーガと過ごしたからだ。


 けっして無から生み出した技ではない。


 再び、ソレスが悲鳴のような、怒号のような声をあげる。


「ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい! ずるい!」


 リサは、本当に、ソレスは子供なのだと思った。確かに、頭は回るほうなのだろう。古代ガリアッツ文明を成立させることで、ドミノ倒し的にトモシビを殺す策を考えることはできるのだから。


 だが、情緒はまったく幼児のそれだ。五歳児のトモシビよりもまだ幼い。


 

 地鳴りと共に、ソレスの姿が変貌していく。身体が空に浮かび上がり、巨大化していく。そして、服の模様だった無数の玉飾りが身体に埋め込まれていき、ぐるぐると動く目玉になった。

 

 完成したのは巨大なナマズ——『星の悪魔』だ。


 空を覆うほどの巨大なナマズが冥界の安寧を脅かしている。


 リサにとっては懐かしさすら覚える姿だった。これこそ、リサが十歳のときに地球に出現し、日本を食べた『アクジキ』そのものなのだから。だが、そのときのものよりような気もする。


 『アクジキ』——『星の悪魔』は未来で生まれ過去で朽ちる。そして、ソレスは遥か過去からやって来た。そうであれば、リサが知っているものよりも大きくなっていてもおかしくはない。

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