第八章 宴は誰とするものか(4)星空に踊る
出発の日、リサたち四人はヴェーラ星辰軍の星辰港で、ベルリスから星辰艦を一隻、借り受けた。
星辰遊撃艦バーレア。
最大五人乗りの小型艦で、その代わりに次元跳躍性能が高いしろものだ。また、妖精型空冥術支援ユニットと呼ばれる管制システムが搭載されていて、人間による操舵の補助を行ってくれるとのことだ。
次々乗り込んでいく仲間たちに、ベルリスは声を掛ける。
「では、私はここで見送りです。私のほうで、出航艦の偽装を行っておきます。出発時にヴェーラ星辰軍と一悶着あってはたまりませんからね」
リサは驚き、彼のことを心配する。
「だ、大丈夫なんですか? ベルリスさん」
しかし、ベルリスのほうはからっとしている。
「なに、たいしたことはありませんよ。こう見えて、私はヴェーラ星辰軍の中佐。八大佐官級将校のひとりと数えられる者です。この遊撃艦を配置転換の名目で回送中という扱いにするのは
「そうですか……。ありがとうございます」
「いえいえ。それよりも、みなさんです。神界突入なんて、ヴェーラ惑星世界の歴史でも類を見ない話です。それこそ、『哲人委員会』七氏族の一部が神界に行ったことがあるとかないとかという程度。有史以来の大事業です。気をつけてください」
「はい。気を引き締めます。何が起こっても、切り抜けられるように」
「ええ、ぜひ。ここが歴史の転換点たることを期待していますよ」
一度、右手を胸の前に添えるヴェーラ星辰軍式敬礼をして、ベルリスは去った。飄々としてはいるが、彼も彼で危ない橋を渡っているのだろうと、リサは思う。
乗艦するのはリサが最後だった。彼女は艦に乗り、ハッチを閉めた。
++++++++++
リサが艦橋に着くと、ラミザたちは各々席に座るところだった。
ラミザが選んだ席はいわゆる艦長席。中央のやや高い場所にある席だ。この艦の場合、主機関と操舵の制御を行う機能がここに直結している。
艦長席のコンソールに、きのうのパーティーの写真が置いてあることに、リサは気づいた。ラミザはそれがよほど気に入ったらしい。
ラミザはリサに言う。
「リサ、あなたは艦橋の中央の席に座って。あの席は主砲の制御と繋がっているみたいだから」
「……主砲担当ってこと?」
「あなたの空冥力を活かすのよ。彗星銃と同じく、彗星砲も使用者の空冥力で威力を上昇できるから」
「それだったら、ラミザでもいいんじゃない?」
「わたしの空冥力は主機関のブーストに使うわ。艦全体の機動力を上げられるはず。対して、あなたは遠距離射撃は得意でしょう? 絶対に外さないもの」
「……たしかに」
ラミザの言うことは正しかった。純粋な空冥力の比較ではラミザがリサを上回っている可能性はあるが、リサの場合は高威力かつ百発百中だ。リサを主砲担当にするほうが理に適っている。
リサ、ラミザ、フィズナー、ベルディグロウの四人がそれぞれの席に座ると、ラミザが艦を起動する。
それとともに、ラミザの席のコンソールから桃色の髪をした妖精が現れる。妖精型空冥術支援ユニットだ。
妖精は艦橋を跳び回り、自己紹介をする。
『みなさま! みなさま! お初にお目にかかります! わたくしは妖精型空冥術支援ユニット、型式S−12、通称シズでございます! 生まれは銀河連合のオラド=カドリ惑星世界。銀河連合を離れ、こうして星辰同盟でご活用いただいております。妖精といえば、人様をからかう者も多いのですが、わたくしとしましては、互いの能力を引き立て合う美しい関係性として——』
リサは、めちゃくちゃ喋るなあと思った。人格を持った管制システム——元は妖精、それが妖精型空冥術支援ユニットだ。
このシズという妖精型空冥術支援ユニットも、れっきとした妖精だ。人をからかいはしないのだろうが、しっかりとおしゃべり好きのようだ。そこは妖精らしい。
ラミザは落ち着いて指示を出す。
「シズ、管制の補助をよろしく。本艦はこれより出航します」
『はい。存じております! ベルリス中佐のご指示を拝見したところ、カディン惑星世界に向けて回送中であるとか』
「目的地は神界レイエルス。その指示書は無視して構わないわ」
『え? では、指示書の変更申請を』
「申請不要。これもベルリス中佐との約束です」
『しかし規則が……』
「規則については問題ありません。これは極秘ミッションですから」
それを聞いた妖精・シズが目を輝かせる。極秘ミッションという言葉の響きに魅了されたのか。
『極秘ミッション……! 了解いたしました! 極秘ミッションを遂行いたします! なにやら重大任務の予感。わたくしも参加できて光栄の至りであります!』
嬉しそうに艦橋内を跳び回るシズ。それを見て苦笑いするリサとフィズナー。いつも通り、表情のあまり変わらないベルディグロウ。
星辰遊撃艦バーレアはそれから滑空し、ヴェーラ惑星世界の大気圏外へと飛び出した。艦はヴェーラ星辰近海に配備された艦隊の合間を縫って航海する。
そういった基本的な操作はシズによる制御だ。彼女はただ『極秘ミッション』に向け、気を踊らせている。
一方、リサたちはこれから来たるべき神界での戦いに、気を張り詰めさせていた。
シズが乗員に向けメッセージを発する。
『それでは、次元跳躍に入ります。再度ハーネスをご確認ください!』
++++++++++
次元跳躍先で待ち構えていたのは、赤い塗装の艦隊だった。無数の砲口が遊撃艦バーレアを捉えている。
驚きのあまり、リサはハーネスを外し、座席から立ち上がった。
「そんな、ヴェーラ星辰軍に包囲されてる!?」
リサは、ベルリスの情報工作は失敗したのかと思った。しかし、ラミザが静かに述べる。
「……どうやら違うようよ。ほら」
彼女の言葉とほぼ時を同じくして、艦橋前方のスクリーンに、通信を経由して、敵艦隊のボスの姿が映し出される。
五十代、と見てよさそうだが、その割に生命力に満ちあふれたように見える、白い礼装の男だった。
『私は私設武力行使機関「ゴルマーン」の総執行責任者、ルバーノ・ガウ・シューグル。貴様らにはわが「哲人委員会」の委員を六人も殺した罪がある。よって、この場で粛清する』
ルバーノの登場により、面食らったのはシズだ。平静を失い、艦橋中を飛び回っている。……それでも、遊撃艦の制御は手放していないのはさすがだ。
『次元跳躍先が上書きされて、牽引されたみたいです! こんなことって……! しかも、「哲人委員会」のルバーノ様が出ていらっしゃるなんて! いったい、どんな極秘ミッションだったんです!? 本当に大丈夫なんですか!?』
しかし、ラミザはまったく動じない。当然だ。彼女は自分の強さを誰よりも信じている。そして、『哲人委員会』を殺して回ったのは他ならぬ彼女自身だ。
「ルバーノ、自己紹介ご苦労。わが名はラミザ。ラミザ・ヤン=シーヘル。アーケモス第十代大帝にして魔界の前女王サリイェンの娘。こちらは『旧き女神の二重存在』の
当然、ルバーノが首を縦に振るわけはない。彼は怒りを露わにし、宣戦を布告する。
『許せるわけがあるものか! 命乞いをしようが貴様ら全員処刑し、「神界の鍵」を返してもらうぞ!』
通信は切れ、艦橋前方からルバーノの姿が消える。それと同時に、敵艦隊が動き始める。まるで、惑星ひとつを相当するかのような数の艦船数だ。
それを見て、ラミザは笑う。
「さあ、宴の始まりよ。このメンバーで楽しく踊りましょう」
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