第七章 星辰同盟本部・衛星リグナ(3)ソラへ

 星辰政塔の階数を上って行くにつれて、敵の反撃は激しさを増していく。


 だが、さすがに、軍需企業『アスロ=ラズルハーン』での戦いのように、大型兵器が天井を破って降ってくるような無茶はやってこない。腐っても政治の場だということだろうか。


 その代わり、無尽蔵に魔獣が出現するようになった。どこかに魔獣使いでもいるのだろう。その中には魔界の竜・ハルゴジェもいて、しかも群れをなして襲いかかってくる。


 かつて高校生のとき、これを一頭倒すのにどれほどの死闘を繰り広げたかと思うと、リサは気が滅入りそうになる。


 ハルゴジェというのは竜といっても水竜——リサの基準では中国の竜に似たタイプで、浮遊能力を使って飛びかかって来る巨大な敵だ。


 だが、リサは敵のハルゴジェの群れの動きが手に取るように解ることに気がついた。攻撃を回避するのも、防御するのも容易たやすい。防御といえば、『神護の盾』を展開するまでもない。


 リサは光の槍を手元につくり出しては、片っ端からハルゴジェに投げつけて串刺しにしていく。あっけない。


 それはフィズナーやベルディグロウにしてもそうだった。彼らも腕が上がっている。フィズナーは巨大な竜を前に危なげなく回避しては痛打を見舞い、ベルディグロウは真っ向から斬り掛かって一撃で仕留める。


 チーム全体の戦闘能力が上がっている。


 リサにとっては信じがたかったが、これほど解りやすい成長指標もない。かつて苦戦した魔獣を、ここまで簡単に倒していけるのだから。


 ラミザに至ってはいつもどおりだ。大魔剣の一振りで、何頭ものハルゴジェが赤い血だまりに変化する。それだけだ。この世に魔法の杖があるとすれば、ラミザの能力と大魔剣のことだろうと、リサは思う。まるで、一振りで巨大な竜が消えるマジックショーだ。


 人間を攻撃するよりはずっと気分がいい。リサはダンスのステップを踏むように駆け回りながら、楽しさに叫び出したくなる。



 ベルディグロウとフィズナーが先陣を切って突っ走っていく。空冥術で身体強化していれば、足はいつまでも軽やかだ。


 ガラスのような透明な外壁の向こうは星空だが、階数を上って行くにつれて闇が濃くなり、星の数が増えていく。


 不思議な体験だ。


 リサは一応、立場的には後衛だ。だが、非戦闘員を発見しては、フィズナーやベルディグロウには攻撃しないように指示している。


 一方、ラミザはハルゴジェのような巨大魔獣を一掃したり、星辰同盟会議の再起を遅らせるために施設を破壊しながら進んでいる。一見無駄なようだが、この破壊っぷりは、あとで立ち去るときに役に立つだろう。


++++++++++


 二百階。それが星辰政塔の最上階だ。


 階数表示を見たとき、リサは驚いた。まさか自分の足が、そこまで動くとは思ってもみなかったからだ。


 リサたちの前にはトランスポーターがあり、それが球体人工衛星リグナへと運んでくれる。


 ラミザがリサたちに言う。


「では、リサたちはここで待ってて。リグナの中は複雑な構造をしていて、下手をしたらバファールに逃げられかねない。だから、トランスポーターで下りてくる者は片端から尋問してね」


 そう言われて、リサは理解した。ラミザはこれまで三人の『哲人委員会』メンバーを単独で殺している。だというのに、今回は助っ人を求めてきた。その本当の理由がこれだ。


 複雑な内部構造をもつ衛星リグナでは、バファールに逃げられるかもしれない。だから、追う者と待ち構える者に役割分担をしなければならないのだ。


 リサは首を横に振る。


「ううん。衛星リグナにはわたしが上がるよ」


「でも、リサ、バファールの顔も知らないでしょう?」


「知らない、けど」


 リサはそう言いながら、ラミザに近づく。そして、星芒具をはめたラミザの左手を両手で握る。


「な、なな」


 顔を真っ赤にするラミザに構うことなく、リサは彼女に頼み込む。


「ラミザは持っているんでしょう? バファールの写真。もらえないかな?」


「……わかったわよ」


 しぶしぶながら、ラミザはリサに——リサの星芒具にバファールの写真を転送する。バファールは五十代くらいの男。黄色の髪で、少しばかりふくよかだ。


「ラミザ、ありがとう。衛星リグナで、この人から『鍵』を取り上げてくるね。だから、ここで待機するのはラミザのほう」


「わかった、わかりました。ここで口論をするのは避けたいわ。その代わり、衛星リグナから下りてくる敵は、ひとりも逃がさないから」


 リサはうなずく。


「うん。待ってて。ラミザはただでさえ、ずっと潜伏と暗殺をしてたんだから。ここで一息ついてて」


「別にこれくらい——ええ、わかったわ、そうさせてもらうわ。『鍵』はバファールの星芒具の中にあるはずだから」


 ふう、とラミザの溜息。珍しい。


 リサは踵を返し、衛星リグナへのトランスポーターへと歩みを進める。


「グロウ、フィズ、行こう」


「了解した」


「おう」


 そうして、ラミザを残し、リサたち三人は人工衛星リグナへと向かうのだった。


++++++++++


 トランスポーターの扉が開くなり、彗星銃の掃射という歓迎を受けた。


 だが、リサは当然予見ずみだ。『神護の盾』でフィズナーとベルディグロウを守りつつ、光の槍から光弾を撃ち出して敵兵を倒していく。


 衛星リグナの床に足をついて、リサは違和感を覚える。そして、衛星リグナの内部構造とはと理解する。


 この衛星リグナは、内部構造が回転している。それゆえに、遠心力で重力をつくり出しているのだ。だから、構造の内側ではなく、外側に向かって足が引っ張られるようにできている。


 もちろん、空冥術による重力制御も作用しているのだろう。さすがに、遠心力だけで充分な重力を発生させられるほどの回転の速さではなさそうだからだ。



 リサたちは武器を手に駆け出す。


 さすがに衛星リグナそのものに敵襲があるとまでは本気で思っていなかったのか、事務方や議員のような非武装民が多く残っている。


 リサたちは彼ら彼女らを無視して突っ走った。だが、リサたちの進撃や『ゴルマーン』の私兵との戦闘を見て恐怖に叫ぶ非戦闘員たちを見て、これではまるでテロ扱いだと思う。


 いや、実際にこれはテロかと、リサは思い直す。



 乱戦の中、リサは敵の彗星銃を光の槍で叩き壊し、ヘルメットごと頭を叩いて昏倒させては、敵の星芒具の連繋言語を破壊する。こうやって、敵の戦闘能力を奪っているのだ。敵が戦線に復帰するには、新しい星芒具と彗星銃が必要になる。


 そんなリサを見て、フィズナーが笑う。


「ほんと律儀だよな。ここで敵を殺さなくても、下に逃げればラミザが殺すっていうのに」


 リサは顔をしかめる。


「……もしかしたら、戦闘が終わるまで気絶しててくれるかもしれないじゃない。そうしたら生き延びられるでしょ。当たり所がよくても悪くても……それは運がないけど……」


「まあそうだな。戦場で最大限の配慮をしてやってると思うよ、俺は。嫌いじゃない。だが、自分の身が最優先だからな」


「わかってるよ」


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