第七章 星辰同盟本部・衛星リグナ(4)正義と憎悪

 リサたちは球体人工衛星リグナの中を駆け上がる。


 この衛星の中は全部で七階層。リサたちがトランスポーターで降り立ったのは一番外の階層だ。そして、目指す場所は一番にある階層——そこが議場だ。


 防衛戦力としては星辰政塔のほうが多かったくらいだ。衛星リグナの中は、手薄になっている。少しばかりの数の敵を蹴散らしながら、リサたち三人は突き進んでいく。


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 議場に突入したときには、星辰同盟会議の議員たちの中に恐慌が走った。誰もかれも逃げ出そうとする。


「逃げないで! 逃げると危ないから!」


 リサがそう言っても誰も聞かない。聞くわけがない。武器を持ったテロリストの言うことなど誰が信じるだろう。


 だが、議場から逃げ出して衛星リグナから星辰政塔に降りれば、漏れなくラミザに殺されるはずだ。リサは彼らが哀れだと思った。


 フィズナーが言う。


「どいつだ、バファールは?」


 リサははっと我に返る。こうして逃げだそうとしている議員の中に、バファール・ドド・ダンテノスがいるはずなのだ。


 『遠見』の能力を使って人混みの中をはっきりと見定めると、リサは光の槍から光弾を打ち出し、ひとりの男の後頭部に当てた。


 威力としては少し痛いげんこつ程度だ。命を奪うほどではない。だが、「目を付けられた」ことは十分に伝わったはずだ。


「バファール・ドド・ダンテノス!」


 リサがその名を叫んだ。すると、観念したのか、バファールは立ち上がり、リサたちの方を向く。表情には恐怖が入り交じっている。無理もない。彼は戦闘員ではないのだから。


 他の議員たちが狼狽して逃げまどうなか、リサたち三人とバファールは向き合って、無言の数秒間を過ごす。


 先に口を開いたのはバファールだ。


「は、グルバキノンを殺した次は俺か」


「あんたが『神界の鍵』を持ってるって聞いたけど?」


「どうだかな」


「わたしは無益な殺生を好まない。ここで引き渡すならよし。引き渡さないのなら——」


「持ってないと言ったら?」


「……星芒具を調べさせてもらう」

 

 リサはあごをついと上げた。


 星辰政塔で、ラミザは『神界の鍵』は星芒具の中に入るものだと言っていた。そうならば、星芒具を調べるだけで真偽がはっきりする。


「……ご勝手にどうぞ」


 そう言ったバファールに対して、リサは近づいていく。だというのに、この男は星芒具を付けた左手を下ろしたままなので、リサはその左手を上げるようにジェスチャーをする。


 その瞬間、バファールはリサに掴み掛かる。だが、『未来視』が発動しているリサがそれを予見できないわけがない。思い切り押し返して、距離を取る。


「触るなっ!」


 リサの怒りの表情を見て、下卑た笑みを見せるバファール。


「ああ、惜しい、もう少しだったのにな」


「……何が!?」


「お前のはなかなかのものだったからな。これまでの女たちの五本の指……いや、三本の指に入れてやってもいいくらいだ。あと少しでまた楽しめたものを」


「お前、お前っ!」


 リサは光の槍を構える。彼女の背後にいるフィズナーもベルディグロウもそれぞれに武器を構えている。


「もっとも、快楽物質で頭がトンでたんだったか。なあおい、お前も楽しんでいたんだろう? 俺の味はどうだった? 上手かっただろう?」


 リサは自分の肩が震えるのを感じた。


 憎悪。


「お前、——だったのか」


 ことが正当化されるのなら。


 ことだって許されるはずだ。


「天使様のご下命でな。『哲人委員会』の七氏族の男たちはだいたい楽しんだぞ。俺みたいな遠縁にまで回ってくるくらいにな。喜べよ、数えるのも面倒な数の連中がしてたくらいだ」


「お前は、お前は、死ねえええええええ!」


 リサは我を忘れ、光の槍を振りかざす。


 だが、そんなリサに、ベルディグロウが止めに入る。彼は大剣を捨て、リサの胴に掴み掛かる。


「ダメだ、リサ!」


「放して、グロウ! わたしはあいつを許せない! 許しちゃいけない!」


「ダメだ! そんなことをしたら——」


「グロウだってフィズだって職業軍人でしょう! 殺しの何が悪いっていうの!」


 そうこうしている間に、ニタニタと笑ったままのバファールが逃げ出していく。


「逃げられる! 放して!」


 じたばたするリサを押さえ込みながら、ベルディグロウがフィズナーに言う。


「フィズナー、追ってくれ!」


 フィズナーはベルディグロウの指示を受けて、バファールを追って議場を出ようとし、一度振り返る。


「リサ。俺たちは、お前のそのの生き方まで含めて好きなんだ。悪いな」


 今度こそ、フィズナーは議場を出て行く。


 議場に残ったのは、リサとベルディグロウだけだ。依然として、彼はリサを押さえ込んでいる。


「リサ、あなたが言うように、私もフィズナーも軍人だ。ときに殺すことで身を立ててきた。殺しを悪だとは言わない。だが、あなたにはでいて欲しい」


「わたしのままって……」


「いまの状態のリサが殺しをすれば、きっと二度とを語れなくなる。私は、リサにそんな傷を負って欲しくない」


「でも、わたしは、わたしは——」


「リサ、軍人と殺人鬼は違う。軍人は国や民族を守って戦う、気高いものだ。だが、殺人鬼は違う。そのことにあとで気づいたら、もっと辛くなるだろう。私は、リサにそうなってほしくない」


「わたしは、あいつらに汚されて——」


 リサははっとした。ふたりとも床に膝をついている。そして、ベルディグロウは頭を下げている。彼の声は震えている。顔を見ていないが、リサにはわかった。彼は泣いているのだ。


「頼む。頼むから、リサ、汚されないでくれ……」


 リサには理解できた。ベルディグロウだって、バファールを憎悪で殺したかったに違いない。だが、それを押してでも、リサの心を守ることを優先した。


「グロウ、ごめん。ありがとう……」


 リサは自分のことを必死で守ってくれた大男の頭を、優しく撫でた。


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