第七章 星辰同盟本部・衛星リグナ(2)政塔襲撃
リサたちは瞬く間に門衛を撃破し、星辰政塔の襲撃を開始した。
襲撃は予想されていたのだろう。グルバキノン・ドド・ガマラが殺された直後なのだから、警戒態勢に入っていてもおかしくはない。
彗星銃や剣で武装した『ゴルマーン』の陸戦兵士たちがごった返している。その数は、以前、軍需企業『アスロ=ラズルハーン』を襲撃したときの比ではない。
なるほどなと、リサは思う。ヴェーラ惑星世界はずっと進んだ文明なのだから、兵士の主武装は彗星銃などの飛び道具ばかりだと思っていた。また、重機関銃や大砲に類するものは当然あるだろうとも思っていた。
しかし、空冥術があれば話は違ってくる。
なにしろ、リサたち四人が剣や槍といった近接武器で攻め込んでいるのだから、さもありなんだ。
「逃げる人は追わない! 非戦闘員は逃げて!」
リサはそう叫びながら、敵を斬り伏せていく。
事務方らしいヴェーラ人たちは逃げていく。一方で、アーマーベストを着て、武器を持った兵士たちが襲いかかってくる。リサは両者をきちんと峻別しながら、攻撃を行う。
問題なのは、明らかに事務官なのに、命を顧みず彗星銃で応射してくる勇敢な人だ。言うなれば、戦闘員と非戦闘員の中間。
ラミザ、フィズナー、ベルディグロウのいずれかに発見されれば容赦なく斬られるだろう。なので、リサはそういう敵を優先的に見つけては、光の槍で殴りつける。リサの槍であれば、出力を「ちょっと痛い」レベルから「建造物の破壊」レベルまで調整できるからだ。
リサは気を失った事務官たちを見て思う。願わくば、戦いが終わるまで寝ていてくれますように。変なタイミングで起きると殺されかねないから。
入口のホールで大乱闘をしてから、リサは奥のトランスポーターを調べた。だが、やはり止まっている。
リサは溜息をつく。
「まあ、これだけのことがあったら、おいそれと上にあげてくれないよね」
うなずいて返事をするのはベルディグロウだ。
「そうだな。階段で上るしかないだろう」
「……でもいいのかな、いまさらだけど」
思い悩むリサに、フィズナーが訊く。
「なにがだ?」
「わたしたちがやっていることって、政府機関への攻撃でしょ? ヴェーラには政府はなくても、星辰同盟には会議の場がある。それがここ。星辰同盟がめちゃくちゃにならないか心配」
「現にめちゃくちゃにしてるわけなんだがな」
「ははは……」
リサは乾いた笑い声を出すしかなかった。しかし、ラミザはここでも涼しげだ。
「リサ、問題ないわよ。ヴェーラの政治は、民衆による分散意志決定型だもの」
「……それはフィズから聞いた」
「なら話は早いわ。ヴェーラが仕切っている星辰同盟も、同じく、民衆による意志決定機構。ここは……そうね、民衆にとって『人気のある事業』を決める本部と言えばいいかしら。どんな事業がいくらの資金を集めたかを話し合っている」
「……星辰同盟の加盟惑星もみんな同じ分散意志決定型の政治をしているなら、星辰同盟会議って必要なの?」
「まあ、語弊はあるけど、なくて困るものではないわ。ここはある意味、賭場ね。グルバキノン・ドド・ガマラが賭博王であったように、バファール・ドド・ダンテノスは民主主義的賭博の管理者というわけ」
リサはうなる。星辰同盟通貨は日本の株式に似ている。いわば、通貨として使える株式だ。そこで仮に、日本の株式投資を賭博と呼んでしまうと語弊があるだろう。
だが、ここ星辰同盟会議は、『哲人委員会』の財力と天使信仰が力をもつ、イカサマの民主主義的資本主義の巣窟だ。ラミザの言い分はある程度正しそうだ。
「なるほど。通貨がそもそも分散型政策決定の機能を有しているのだから、それを管理する機関なんて、利権団体みたいなものってことか」
「そういうこと。詳しいことは知らないから、いつか困ることもあるのでしょう。でも、そうなる前にヴェーラ人が手を打つわよ。星辰同盟通貨が紙くずになるのは、誰だって避けたいでしょうから」
あいかわらず、ラミザは思い切りがいい。だが、それも的を射てはいる。世の中には、自分の利益を失わないために、必死でなんとかする貪欲な人間がいるものだ。
それならきっと、なんとかなるだろう。いまは、バファールから『神界の鍵』を取り上げるのが先だ。
リサはうなずく。
「わかった。すぐに上に行こう。バファールが衛星リグナにいるなら、追い詰めたようなものだね。衛星リグナのセキュリティを逆手に取ったんだ」
「ええ、これからもっと追い立てるわよ」
心なしか、ラミザは口角を結んでいる。リサとの共同戦線が張れて嬉しいのだろう。
だが、相変わらず、リサと一緒であれば戦闘であろうと殺戮であろうと楽しげにしてしまうラミザの姿に、リサの心が痛む。
++++++++++
リサたち四人は武器を手に、階段を駆け上がる。
「逃げる人は追わない! 非戦闘員は逃げて!」
敵の銃火の中でも、リサの口上は変わらない。事務方は見逃すし、『ゴルマーン』の私兵であっても殺しはしない。運悪く失血死する者がいるかもしれないが、そこまでは面倒を見きれないと割り切ってはいるものの——。
「ええい! 邪魔だわ!」
苛立ったラミザの声と共に、廊下の壁や部屋もろとも、大魔剣でなぎ払う。一瞬、視界に吹き出した赤い霧は、そのあたりにいた人間の末路だったのだろう。赤い霧はすぐに晴れ、床のシミになる。
「ちょちょ、ラミザ」
「いまのわたしたちには、階段以上に大事なものはないの。それ以外は全部邪魔」
ものすごく合理的だと、リサは思った。けっして自分は真似をしないとしても。
ラミザはアーケモス大帝で、魔界の女王の正統な後継者で、そして——もともとはオーリア帝国の皇女だったのだ。そして、元々の名前である「ラミザノーラ」は、アーケモス原産の花の名だ。いかにもお姫様ではないか。公の場には出ていなかったとしても。
リサは、自分が日本に住んでいた小中高校生のころに、隣国にこんな核ミサイルのようなお姫様がいたのだなと思うと、なんだか奇妙な感覚がするのだった。
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