第七章 星辰同盟本部・衛星リグナ

第七章 星辰同盟本部・衛星リグナ(1)チームと彼女

 ヴェーラ惑星世界『天上』層、第五層、最外殻。


 リサたちはそこへやって来ていた。こここそは、ヴェーラの中でも都市機能の維持に必要な重要施設が集まっている場所だ。


 陰ながら支援してくれているベルリス・リド・バルノン公爵の住居が第二層にあるというのだから、その特別性は歴然だ。そもそも、このヴェーラ『天上』では、住居エリアは第一層から第三層までのようだが。


 もっとも、リサはまだ、そのベルリスに会ったことはない。リサの捜索から救出、復帰に至るまでを支えてくれているのだから、感謝をすべきだろう。だが、ヴェーラ惑星世界の公爵が、こうしてリサたちの暴挙を看過しているのは不思議でしかない。



「あれか……」


 だだっ広い敷地の遙か向こうに見える塔、それが星辰政塔——星辰同盟会議の本部だ。


 リサは左腕に星芒具を装着し、歩いている。そしてその左右から、剣を提げたフィズナーと、大剣を背負ったベルディグロウがついて来ている。


 そこに待っていたのはラミザだ。彼女はいつものフード付きジャケットを着たスタイルだが、どことなく汚れている。やはり何日も潜入活動を続けていたからだろう。


 いまやアーケモス大帝で、魔界の女王の資格があるというのに、ラミザはたったひとりで潜伏と暗殺を続けていたのだ。


 リサは思う。ラミザは参謀部員であったときから、現場主義だった。もちろん、頭脳は誰よりも優れている。そのうえで、現場に出て、誰よりも泥臭く働くのだ。これが彼女の性分なのだろう。


 疲労困憊だろうというのに、ラミザは戦況を述べる。


「『哲人委員会』の七人のうち、ここまでで三人を殺したわ」


 それは恐るべきことだ。このヴェーラ惑星世界を、そして星辰同盟を牛耳っている『哲人委員会』。それを半壊させたというのだから。


「……すごいね。全滅まで行くつもり?」


 リサの問いに、ラミザは首を縦に振る。


「可能な限りはね。でも、本来的には、『神界への鍵』を持っている者を探り当てればそれでおしまい。そういう意味では、前回終わっていたはず」


「……というと? ああ、通信だと傍受されるおそれがあるから、そのあたりはまだ聞いてなかったんだよね」


「ええ。三番目に殺した『哲人委員会』のグルバキノン・ドド・ガマラ。星辰同盟全体の賭博界を牛耳る賭博王。これが『神界の鍵』を持っていた。本来、『鍵』は百年ごとに『委員会』の七氏族が持ち回りで保有するの」


「百年って……」


「天使は天使の尺度でしかものごとを見ていないのよ。人間の寿命なんか気にもしていないんだわ」


 ラミザはそう、涼しげに言った。愕然としているリサとは大違いだ。いや、天使のことをそう言い捨ててしまうラミザも、彼女の尺度をきちんと守っている。だから、ぶれない。


 リサは問う。


「じゃ、じゃあ、『神界の鍵』はもう手に入ったってこと?」


 ラミザは首を横に振る。


「いいえ。グルバキノン・ドド・ガマラは最後にこう言ったの。『鍵』はバファール・ドド・ダンテノスが保有していると。本来の管理者はグルバキノンだけれども、命を狙われるような非常時のために、同じドド氏であるバファールに管理させているのだと」


「……ってことは、グルバキノンにバファールの居所を喋らせたんだね?」


「いいえ。グルバキノンはその場で殺したわ」


 あまりにもあっさりと——表情ひとつ変えずに言うラミザに、リサが驚く。


「な、なんで!?」


「グルバキノンが嘘をついていない保証はなかったもの。それに、グルバキノンが『神界の鍵』を持っているかどうかなんて、殺してからでも検証できるでしょう?」


 なんということだろう。ラミザはグルバキノンの命乞いを意に介さなかったのだ。もしかすると、それが命乞いだったとさえ、気づいていないのかもしれない。


「……それで、グルバキノンは本当に『神界の鍵』を持っていなかったと」


「ええ」


「それじゃあ、バファールを探さなきゃならなくなったんじゃない?」


「だから、リサたちをここへ呼んだのよ」


「え?」


「バファール・ドド・ダンテノスは星辰同盟会議の常任構成員。だから、やつはここにいる」


 ラミザはそう言い、左手で天上を指さした。その先にあるのは、ヴェーラ惑星世界の衛星、リグナだ。


 衛星リグナは星辰政塔の直上に静止している球体人工衛星だ。


「あの衛星に……?」


「バファールがどこの誰かなんて、調べればすぐにわかること。『哲人委員会』の七氏族とその家族はどれをとっても。自分の権力を広げたくて仕方ないのよ。だから、すぐに役職も身分も居場所もわかる」


「でも、こんなときに出勤なんかしてるかなあ。グルバキノンが死んだことくらい、すぐに連絡が入っているはず——」


「だからなのよ」


「え?」


「衛星リグナは七層の防御構造をもつの。そして、外からの攻撃では、艦隊でも差し向けない限り墜とせない。となると、唯一の出入口は、その直下にある星辰政塔。そして、この塔には私的武力組織『ゴルマーン』の兵隊が常駐している」


「つまり、バファールにとって、衛星リグナほど安全な場所はないと」


「そういうこと。そして今回、わたしたちの目的は、星辰政塔を上って衛星リグナに入り、バファールを殺して『神界の鍵』を奪うこと」


 ラミザがあまりにも淡々と言うので、リサは止めに入る。


「ちょちょちょ、待って。もしバファールが『神界の鍵』を他の誰かに引き渡してたらどうするの? ドド氏って、きっと他にもいるんでしょ?」


「その場合は、当たりが出るまで全部殺すわ」


 あまりにもシンプルな回答にリサはどん引きする。


「そりゃそうだろうけど……」


「大丈夫。ドド氏族は意地でも、自分たちに割り当てられた百年を守り通すわ。つまり、『鍵』を他の『哲人委員会』氏族には絶対に渡さないということ。これだけでも、随分、捜索が楽になるのよ」


「楽、かなあ……」


 リサは顎を押さえて悩む。古代日本で藤原一族が栄え、現代日本で藤原姓の人が三十万人はいると言われるように、ドド氏とやらもどこまで増えているのやらと考える。


 リサはそこで気づいた。かつて日本でも姓と本姓があったように、ドド氏のガマラ家というのは藤原氏の一条家、ドド氏のダンテノス家というのは藤原氏の近衛家のようなものではないか、と。そうなると、もっと多いのではないかという気もしてくる。


 ラミザは振り返り、いまだ遠くにある星辰政塔を見やる。


「あんな塔も人工衛星も、大魔剣『ヴェイルフェイル』で打ち壊してから入れば、随分楽でしょうに。バファールの死体を残さなきゃならないというのが面倒だわ」


 言うことがいちいち物騒だ。だが、合点はいく。


「そう……。だから今回、わたしたちが呼ばれたんだね」


「ええ。どうしても内部に侵入して、丁寧に戦わないといけないから」


 。リサはそんな語の組み合わせを聞くのは初めてだ。


「まあ、政府の建物だし、非武装の人もいるだろうから、わたしの光の槍で加減をして戦うほうが合ってそうだね」


「リサには家で休んでいて欲しかったのだけど。フィズナーとベルディグロウを連れて行くとなったら、リサが黙っていないのだもの」


「だって、チームリーダーだし……」


 それを聞いて、ラミザは少し頬を膨らませる。


「行くわよ」


「……ラミザ?」


「行くわよ!」


 ラミザは星辰政塔に向けて歩き始める。リサたちもそのあとに続いた。


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