第一章 アーケモスの女(4)ここへ来た目的

 テーレの家は本当に街外れにあった。海沿いの道を町から離れる方へ歩き、さらに林の中の道なき道を行く。そのずっと先だ。


 薄暗い道だ。電化もされていないのだから外灯もない。ガスもないのでガス燈もない。明かりがない街なのだから、もっと早く家に帰すべきだったと、リサは反省する。


 その先に、小さな小屋があった。どうやら、これがテーレの家らしい。ようやく着いた。リサもテーレもそう思った。


 しかし――。


「魔獣……だ——」


 テーレは言った。そう言われて、リサが見る。白い小型のオオカミのような形状の魔獣――空冥力の歪みが、三体出現している。


「テーレ、こういうことってよくあるの?」


「年に数回くらいかな。お、男の人たち呼んでくるね。走って、すぐに! これくらいなら、警固団でなんとかできると思うから――」


 だが、リサは慌てているテーレを制止する。


「大丈夫、まかせて」


 リサは星芒具を起動し、左手の指先で空を切る。そこに稲妻が走り、黄金の光が槍の形をなす。


 リサは光の槍を掴み、テーレの前に出て、彼女を背後に護る。


 白い魔獣の動きはどれも緩慢だ。いずれも、魔獣のなり損ないといったところだろうか。


 リサはいつものように戦術を計算する。


 だが、優先度計算、危険度判定、戦術検討、いずれも一応考えたが、不要という判断となった。脅威度が低すぎる。


 リサは敵の群れに跳び込み、光の槍を一振りし、白い魔獣どもを一掃する。戦いにすらならない相手だった。すぐさま、彼女は光の槍を消す。


 それを見たテーレは衝撃を受け、リサを尊敬の眼差しで見る。


「す、すごい! 日本の女の子って、男の子みたいに、ううん、男の人たちよりずっと強いんだね!」


「ははは……」


 こんなことができる日本人は自分だけだと、どう伝えたものだろうかと、リサは思案する。しかし、結論として、そんなことはわざわざ言うこともないと判断した。


++++++++++


 テーレを見送ってから、リサは薄暗くなっていく道を歩く。完全に日が落ちるまでには、モリオン子爵領に帰れるだろう。


 もう少し遅かったら、自分だって暗闇の中を歩く羽目になっていただろう。運が悪ければ、林に突っ込んでいっても気づかないかもしれない。そういう意味では、危ないところだった——時刻的に。


 それにしても――。


 テーレとの会話がリサの頭を離れなかった。日本はまだ恵まれているほうなのかもしれない。昔はそうではなかったらしいけれど、いまは女も大学へ行き、望むものを学ぶことができる。能力があれば、社会で出世だってできる。


 わたしは、そういった『恵まれた』ものをすべて、背にしてきたけれど。


 そうだ。リサはこの大陸へ来た目的を思い返す。


 わたしは、ここにラミザの真意を問い質しに来た。わたしは、『黒鳥の檻』を追って来た。わたしは、神域聖帝教会の本部を訪問するために来た。


 そして、姉の逢川ミクラの足跡を追って来た。


 わたしは、ここでやるべきことがあるから来たんだ。決して後悔なんかしない。仮に、たくさんのものを捨ててしまったのだとしても――。


「……はやく、帰らなきゃ」


 きっと、子爵の屋敷ではフィズナーとベルディグロウが心配して待っているだろう。彼らは紳士なのだ。心配を掛けちゃいけない。


 無鉄砲なリサにしてはめずらしく、そんなことを思ったのだった。きっと、リサがテーレを守らなきゃと思ったのと同じように、彼らはリサのことを思っているのだから。

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